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派閥

 ハミス商国から十日掛けてロルッセアへと帰還した。シュトルクでの滞在を含めると、都合一ヵ月半は留守にしていたことになる。

 ロルッセアも首都ではないとはいえ、それなりに大きな街だ。その程度の期間で大きく変わることはないと思っていたのだが――。


「なんか……どこに行っても見られてる感じだな」

「仕方ないわ。シュトルクでの事件はすぐに出回ったらしいから」


 商国であるハミスは当然物流が激しく人の出入りも多い。となると情報の行き来も激しくなる。さらには商人は情報が命であるから、大きな事件が起これば瞬く間に広がっていく。商国の首都襲撃という事件は当然の如く近隣諸国に出回った。

 そしてそこには当然、俺たちの戦いもついて回る。シャザムが自ら喧伝しているので、それも当たり前だ。

 俺たちがロルッセアに帰還する前に俺たちの噂が届き、お陰で街中で妙に注目されてしまっていた。

 そのせいで、なんというかやり辛い。帰還してまだ数日だが、周りからの視線がやたらと多い。荷解き、休息にあてたこの期間ですらこうなのだから、本格的に活動を再開したらどうなるのか、あまり考えたくない。

 今日も最低限の買い物を済ませ、こうしてクロエと二人で居間に座って溜息を吐きながら茶を飲んでいる。

 レンは工房に戻り、留守の間に溜まった注文を処理しているらしい。一度顔を出したら、シュトルクで買った道具を嬉しそうに使いこなしていた。なによりだ。

 そして、それ以外にももう一つ。


「トーヤ、いたか」

「ルヴェル。こんにちは」


 うむ、と鷹揚に頷いてルヴェルが入ってくる。この竜の姫君は故郷の竜人島が東にあるというので、シュトルクから東のロルッセアまで俺たちと帰路を共にしたのだが、なぜかロルッセアに到着した後は宿を借り、滞在している。

 ちなみにレン謹製の馬車はルヴェルとラゴウもいたく気に入り、ラゴウに至ってはレンに色々と仕組みを質問していた。ルヴェル曰く、ラゴウは凝り性な性格があるらしく、ああいったものを作ることもあるらしい。

 ともあれ、ルヴェルは滞在中、一日に一回は俺たちの定宿を訪ねてきては雑談をして帰っていく。一度、早く故郷に帰らなくていいのかと訊ねたが「一ヵ月も一年も我々にとって大した差ではない」との答えが返ってきた。どうも長命種というもの、竜人としての価値観はそういうものらしい。


「来てくれたところ悪いが、今日は俺たち、ギルドに呼び出されてるんだ。今から行かなくちゃならない」

「フムン……」


 旅装ではなく、シュトルクで見慣れた普段着に身を包んだルヴェルが指を顎へあてる。初めて会ったときの金色の瞳から、祖父の記憶を受け継いだ蒼い瞳へと変化した眼が、なにかを思慮する光を帯びている。


「ならば、私もついていこう」

「ん? うん? 別に構わないが……特段面白いことはないと思うぞ」

「そうかな? どうだろうな」


 なにやら意味深なことをいうルヴェルと共に、定宿を出て行く。シュトルクと違ってロルッセアでは竜人は珍しい。今の注目度と相まって、歩いているだけで視線が集中してくる。

 ルヴェル自身は注目されていることに慣れているのか、泰然とした態度で俺の右隣を歩き、クロエはやはり視線が気になるのか左隣で帽子のつばを忙しなく弄っていた。

 そんな中、ギルドまで到着して来訪を告げると奥の部屋に通される。この奥のギルドマスターの応接室は通されるたびにろくでもないことになっているので、今回もいい予感はしない。

 果たして俺たちの後に入ってきたロルッセアギルドのマスター、カムラスは難しい顔をしていた。


「どうも、ご無沙汰しております。クロエさんとトーヤさん。それと……」


 カムラスの視線がルヴェルへと移る。


「彼女は竜人のルヴェル氏で、現在私たちへ協力をしてくれている方よ」

「蒼鱗のルヴェルだ」


 ギルドマスターに対しても動ずることなくいつもの態度で挨拶をする。もっとも、竜人の姫君というルヴェルに、人間のギルドマスターなどさしたる地位とは思えないだろうが。


「……ともあれ、本題を。ハミス商国での騒動、聞きました」


 ひとまずルヴェルの存在は横に置いたらしいカムラスが改めて口を開く。


「ハミス商国でオルファノスなる組織の人間が暴動を起こし、あなたたちが活躍してそれを鎮圧したと」

「私たちだけじゃないわ。私たちの活躍が喧伝されているのは、商会議員のシャザム氏が意図的にそうしたからよ」

「ハミス商国序列一位のシャザム・ジェニリオス氏ですか。なるほど……」


 なにを聞いてもカムラスは難しい顔を崩さない。さすがに不穏なものを感じて、クロエも眉を顰める。


「では、あなた方が金空相当級の褒賞をシュトルクのギルドから与えられたのも、ジェニリオス氏からの推薦があったということですか?」

「どうかしらね。あの街は大きいし、なんでもかんでも彼一人の一存で決められるようには見えなかったけれど。まあ、反対はしなかったでしょうね」

「……そうですか」


 そんなカムラスへ、ルヴェルが冷めた視線をぶつける。


「なにか……クロエたちが褒賞を受け取ると都合が悪いような顔をしているな、お前」

「いえ、そういうわけでは……」

「ではなんだというのだ。さきほどからの態度、共に戦った私としては不愉快に過ぎる」


 ルヴェルが蒼い瞳を眇める。ギルドマスターという役職柄、相手の威圧には慣れてるだろう。だろうが、それでも竜人という種族の圧は並大抵ではない。隣にいる俺ですら、知らず背筋を伸ばしてしまうような貫禄が彼女にはある。


「……その、ロルッセアのギルドとシュトルクのギルドは今現在難しい関係にありまして」


 カムラスの言によれば、ロルッセアギルドのマスターであるアーバムナム女史の派閥と、カムラスの派閥はギルド本部で反目しており、ゆえにロルッセア所属の『黒い森』がシュトルクで功績を挙げた、というのがカムラスの派閥でいくらか話題になっていたようだ。


「つまり政治争いか。くだらん」


 そんなカムラスを、ルヴェルが一言で斬って捨てる。そしてそれには、俺もクロエも同意だった。俺たちは確かにギルドへ所属しているが、その俺たちがどこでどう活躍しようがギルド自体には関係ないしなにかを言われる謂われもない。犯罪を犯したというのならばともかく。


「そうですね……私もそう思います。ですが、そう思わないものもいます」


 反発するかと思ったカムラスだが、ルヴェルの言葉を素直に受け入れた。そうして小さく溜息を吐き、クロエの方へと視線を向ける。


「今の所、我々の派閥では二つの意見があります。『黒い森』をロルッセアの派閥から排除するか、あるいは『黒い森』にシュトルクギルドでの功績値相応のものを挙げてもらうか」

「……迷惑な話だな」


 どちらにしろ、直接的には俺たちとは関係のない話だ。だが、仮に後者の声が大きくなった場合、俺たちに指名依頼で過酷なものが要請される場合がある。

 やはり、ろくでもない話だ。


「ギルドの中で力を持ったパーティーには、こういった話がつきものですから……」


 カムラスが言うが、なんの慰めにもなっていない。たまたまロルッセアで活動を始めたからといって、そこの派閥に組み入れられたのではたまったものではない。


「それで、私たちにどうしろと?」

「それは……あなたがたで決めていただくしかありません。私としては、そういう話があるということだけをお伝えするしかできませんので……」


 カムラスにも彼なりの苦労と苦悩があるようだ。だからといって同情する気はさらさらないが。そうするには、初期の印象が悪すぎる。


「ふむ……ならばいい方法がある」


 押し黙った俺とクロエに変わって、ルヴェルが口を開く。その瞳は少し愉しげに輝いていた。


「ま、ここで言うことでもない。詳しいことは、出てから話そう。もう話はないのだろう?」

「え? ええ。お伝えしたかったのはそれだけですので」

「ならば、よし。さあ行こうトーヤ、クロエ」

「わ、ちょっ、待ってくれルヴェル!」


 一応は部外者であるルヴェルが仕切り、立ち上がって出ていくのを慌てて追いかける。クロエがついてきているのを確かめるために振り向くと、カムラスもどこか呆けたような顔で俺たちを見送っていた。

 ともあれ、ルヴェルは無意味な行動はしない。こういった振る舞いをするということは、なにか意味があるのだろう。

 颯爽と歩く竜の姫君の後ろを歩きながら、そんなことを思った。

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