ギルドマスター・カムラス
「なるほど。事情は理解しました」
俺たちの話を聞いてカムラスが小さく嘆息する。
ここに来るまでに茶屋で話をして順序立てて説明できるようにしているので、疑問を差し挟むことなく理解されている。
ゴルザがレンの店で狼藉を働いて、俺がそれを止めて恨みを買ったこと。
そのゴルザがカルブと組んでイルシュカを誘ったこと。イルシュカは企みを知らなかったこと。
ゴルザが冒険者の証を隠したままテッドから剣を奪い、オーク討伐を終えた瞬間の俺たちを襲撃したこと。
そしてそれを返り討ちにして剣を取り戻し、テッドへ渡したこと。
「あなた方の話を疑うわけではありませんが、きっかけとなったレン・ホルグという鍛冶師に話を聞いて間違いがなければ、その上でゴルザとカルブの冒険者身分の剥奪、そして彼らの規律違反の掲示を行いましょう」
言って、羊皮紙にペンを走らせる。恐らくはその文言を記しているのだろう。最後に印を捺してから卓上のベルを鳴らす。
「お呼びですか」
入ってきたのは、俺とクロエの棘を買取り拒否していた受付嬢だった。俺たちの顔を見て、僅かに身を固くしている。
「ああ、この書類を持って東地区のレン・ホルグという鍛冶師の所へ使いにやってください。要項は書き記しておりますので……そうですね、コーヴあたりが今日は詰めているでしょうから、お願いして下さい」
「はい、分かりました」
受け取り、そそくさと部屋を出て行く。出会った時の経緯が経緯なので仕方ないが、やはり好意は持たれていないようだ。
「レン・ホルグから裏付けが取れ次第、先ほどの処理をいたします。また、あなた方五人には累が及ばない旨も書き記しておきます」
カムラスの言葉でテッドとセリエは胸をなで下ろす。
「それはいいんだがな。このゴルザもそうだし、勇者だとか言われてるグレンもそうだが、上級の冒険者の横暴が過ぎないか? 一つ間違えればレンは商品を奪われ、テッドとセリエは殺され、俺たちも死んでいたかもしれない。ギルドって組織は実力があれば無法が罷り通るのか?」
「それは……もちろんそうではありません。ただ冒険者は荒事をこなすことが求められますから、どうしても力が優先という人たちが多く集まりまして……」
「そいつらを組織するからにはそれをどうにかするのがギルドの役割だろう? あんただけに原因があるとは言わないが、ギルドのお偉いさんである以上あんたにも原因はあるんだぜ?」
語気を強める俺をクロエはじっと見ている。イルシュカは我関せずとばかりに茶を啜っているし、テッドとセリエはどこか不安そうだ。
だが、これは言及しておかなければならないことだ。この状況がロルッセアだけなのか、あるいは一般的にそうであるのかは分からないが、どちらにせよ俺としては見過ごせない。
「耳に痛いお言葉です。改善のために動くことを約束しましょう」
カムラスの顔をじっと見る。真正面から見据えられても、カムラスの顔に揺るぎはない。
だからこそ、分かる。
この場限りの言葉だと。
それはグレンの時の対応があったからじゃない。それこそ、直感でしかない。前世の俺なら、そんな曖昧なものは信じ切れなかっただろう。少なくとも、様子を見ようと思うに違いない。
でも、今の俺なら信じられる。カムラスは、嘘をついている。
そして、同時に思う。フィーは俺にうねりを産めと言っていた。だからこそ、直感的に真偽を見抜く能力も付与したのではないかと。
人を変え、うねりを産み、世界へ影響を。そうするための様々な能力の、その細部までを俺へ教えなかったのは自分で考えさせるためではないかと。
フィーの意のままに動くのではなく、フィーの真意を理解した上で自分の意思で動く。それは似ているようで大きく違う。そしておそらく、フィーはそれこそを望んでいる。
フィーと短いやり取りだったが、そう確信している。
ただ、それを今この場で正したとしても、カムラスにはなんの痛痒も与えないだろう。なにせ、カムラスが改善するという言葉がなんら証拠がないのと同じで、俺が嘘をついていると断じるのもまた、確証がない。
ただ、俺がカムラスを信用できないと、そう思うだけだ。
「……期待してるよ」
全くそう思っていない声音でそう告げた。




