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女神転生

「ハロハロー、起きてくださーい!!」


 ぼんやりとした意識に声が届く。その声の美しさに、一気に思考が覚醒する。今までに聞いたことのない、まるで美しい楽器を発声に使ったような、そんな感動すら覚えてしまう。


「あ、いいですねそういうの。もっと褒めてください。私の自尊心が満たされますので」


 目を開けると目の前には美女がいた。それも、絶世の美女だ。今まで生きていて、こんな女性は見たことがない。

 目鼻立ちが整っているのは言うまでもなく、完璧なスタイルからはなにか後光のようなものまで差している。


「あらあら、そこまで言われたら照れますね。でもまあ、もうあなた死んじゃいましたけど」


 は……?

 声に出したつもりでも、違和感を感じる。確かに喋っているはずなのに、どこか妙な膜を通しているような、そんな感覚だ。

 そもそもここはどこだろうか。四方を壁に囲まれているが、どこにも出入り口がない。病室ではないことは確かだろう。


「ここは多重世界管理のための部屋ですね。普通、私以外は入れませんが今のあなたは特別に入室を許可しています」


 先ほどから俺の考えていることに返事があるんだが、心を読まれているのか。


「はい、読んでいます。私はあなたたちで言うところの神ですから。それぐらいは当たり前です」


 神……?


「厳密には違うんですけどね。私は多重世界の管理人……ですがまあ、一番近い言葉で言えば神になる、というところです」


 多重世界とはなんだろうか。


「多重世界はカテゴリです。あなたの生きていた世界、その他の世界、いろいろとひっくるめて私が管理をしています」


 つまり、地球を管理しているのか。


「地球、という惑星に人間が進化して科学という力を得た世界、と解釈して下さい。地球だけではなくその周りの惑星、宇宙の果て、そういう『世界』のそのものを多数管理している。そういう存在です」


 それって神よりも凄いような。


「そうですよ。でも神よりも凄い存在ってそちらの言葉にはないでしょう? だから麗しの女神、でいいです」


 麗し。確かにまあ、見ているだけで癒されるというか、こんな人を見たらその日一日は幸福になれそうだが。


「んふふ、素直ですね。まあその素直さが気に入ったからこそ、私はあなたを呼んだのですけれど」


 そんな人が俺になにか用なのだろうか。


「その前に、あなたは死にました。それは理解できていますか?」


 死。再度告げられたその単語で記憶が蘇る。反りの合わなかった同僚を助けてトラックに轢かれ――。


「そう、それで死にました。ああ、助けた女性は無事です。良かったですね、献身が報われて」


 それは良かった。素直にそう思う。けれど、俺は死んだのか。


「ええ、死にました。だからこそ、ここにいます」


 改めて自分の手を見ると、どこか薄ぼんやりとした幽霊のようなものになっていることに気付く。

 本当に、死んでいるんだな。


「それに関してはご愁傷様としか言いようがありません。ですが、あなたの行った事は紛れもなく英雄的行動、讃えられるべき行動、ヒーローです」


 ヒーロー。その言葉に心が沸き立つ。ほんの小さなものだけれど、一瞬のことだけれど、俺がヒーローになれたのか。


「誇るべきことですよ。とっさにあなたのような行為をできる人はそういませんから」


 それは嬉しい。けれど、なぜその後俺はここにいるのだろうか。


「そう。それです。唐突ですが、あなたは自分の生きてきた世界をどう思いますか? ああ、世界というのは大きすぎるので、地球としましょう。地球に根付く人類史。それをどう思いますか?」


 どう、と言われても。悪くはないと思う。貧困も差別も貧富の差もあるけれど、それでも即日滅ぶような歴史じゃない。

 そう思うと、目の前の女神はくすくすと笑った。


「ああ、いやごめんなさい。馬鹿にした訳じゃないんです。ただ、やはり私の見込んだ通りの人だなって」


 そうして居住まいを正し、俺と視線――今の俺に目があるのかは不明だが、ともかく意識を合わせる。そうすると女神の美しさが明確に感じられて、心臓が粟立つような感情が走る。肌があったなら、きっと鳥肌が立っていただろう。


「そう。あなたのいた地球を含む世界は悪くありません(・・・・・・・)。親に見捨てられて死ぬ子供も、犯される女も、理不尽に撃たれて死ぬ男も、差別も、貧困も、戦争もあります。けれど、悪くない(・・・・)


 そう言って少し笑う。ただそれは楽しさというよりは、どこかシニカルなものだった。


「それは、滅びないから。連綿と続く人類史はよほどの事が無い限りはすぐには滅びないでしょう。それは管理人である私にとって、なによりも賞賛すべきことなのです」


 手の平をかざし、いくつものウィンドウを呼び出す。何度か指でスワイプして、その内の一つを目の前に固定する。


「翻ってここに一つの世界があります。詳細を省きますが、この世界はとても危うくなっています。あなたには、ここに転生して欲しいのです」


 転生。唐突にそんな単語を告げられて目を丸くしてしまう。たしか会社の後輩がそんなライトノベルを良く読んでいた気がする。疲れた時にこういう物を読むと違う自分になれたようですっきりするとかなんとか。


「そう、その転生です。嫌いな同僚でさえその死に瀕した状況では自分の命を投げ出せる。そんなあなただからこそこの世界で生きて欲しいのです」


 つまり、俺にこの世界を救って欲しいということだろうか。


「まさか、まさか。そこまで望んでおりません。というより、人一人の力ではそこまでは影響を及ぼせません。ただ、バランスの話です」


 どういう繋がりなのか分からず、首を捻る。


「このままでは滅んでいくかも知れない世界に、あなたが生きて英雄的活動、ヒーローとして生きる。そうすれば良い世界になるかも知れない。冷たい言い方になるかも知れませんが、その程度の期待です」


 ヒーローとして生きる。その言葉に、また心が沸き立つ。


「科学の発展した世界ではヒーローは生まれようもありません。戦いは技術と鉄量が物を言い、争いもまた多数の人間によって制圧される。まあ、多少の個人的な力量は影響するでしょうけど、一個人がその力で及ぼせるものはありません。権力でさえ、それは多数の意志が絡む物になります」


 でも、俺が転生しても、先ほどは人一人の力は世界に影響できないと言っていたはずだけれど。


「世界には、ね。ただ、その世界において個々人の力の影響は強い。世界は変えられなくても多くの人は変えられる。そしてそれはうねりを産む」


 そこまで言って、どこか遠い目をする。それが意味することがなんなのかは、分からない。


「あなたには、多くのうねりを産んで欲しい。もちろん、ただ無為に転生してほしいとは言いません。この私、女神の権能で(あた)う限りの力を与えましょう」


 力――ヒーローになれる力。それがもらえるのか。


「ええ。その力でもって、あなたはその気質の赴くままに生きて下さい。私があなたに望むのは、それだけです。それだけでいいのです」


 やりたい。やらせて欲しい。死んだ俺がヒーローになれるのなら。

 即答のように思考した俺へ、女神はにこりと微笑む。それは今まで見たことのないほど、邪気のないものだった。


「やはりあなたを選んで正解でした。ふふ、その素直さは好意に値します」


 真正面からそう告げられて、照れてしまう。なんというか、女神というわりには随分フランクだ。


「神とて精神はそう変わりませんよ。長生きですから、気は長くなりますが」


 そういうものだろうか。


「そういうものです。で、あなたに授ける加護ですが……これとこれとこれ、あとこれがいいですかね。これぐらいあればあなたはヒーローとして生きられるでしょう」


 詳細は教えてくれないのだろうか。


「こういうのは生きながら理解していくから楽しいんですよ。ただ、基本的な身体能力はその世界の一般を遥かに超えたものである、ということは告げておきましょう。そうしてあなたがあなたのままに振る舞えば、私の望む結果となります」


 そういうものか。


「そういうものです。さて、長々とお話ししてしまいましたね。最後になりますが、私は私の基準においてあなたを選びました。それが間違いだとは思いません。ですが、あなたは次の世界で苦しいことも、嫌なことも、あるいは私を恨むこともあるかも知れません。それについては先に謝っておきます。ごめんなさい」


 いや、そんな。むしろ一度死んだ俺に次の命を与えてくれて、しかもそれが俺の望むようなものを与えられたのであれば本望だ。


「……そう言っていただければ救われます。本当に、ありがとう。管理権限として力は与えられますが、知識は与えられません。申しわけありませんが、あなたはこの地球世界の常識と思考で向こうで生きてもらうことになります」


 それもあなたが望む結果になるために必要、なんだろう。


「そう……ですね。ええ、そうです。あなたには色々と無理を言ってるとは思います。ですが、どうか。どうかあなたのままに。これだけは覚えておいて下さい」


 分かった。こちらこそ色々とありがとう。


「いえ。それではそろそろ向こうの世界にあなたを送ります。なにか質問はありますか?」


 いや――ああ、一つだけ。


「?」


 あなたの名前はなんだろうか、女神様。


「! ふふ、そうですね、名乗るのも忘れておりました。私はフィオフィレリア。長いのでどうぞ、フィーと呼んで下さい」


 フィー。それじゃあ、また。


「ええ、また会う日までお元気で」


 そうして今度は俺の意識は白に染まっていった。

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