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甲斐性

「それじゃあ、各々の近況をお願い」

「俺は無事に予選突破したよ。まあそこで酔っぱらってるイルシュカを見れば分かると思うが」


 横目でイルシュカを見ると、クロエとレンの部屋であるのに勝手に寝台へ寝転び、うとうとと微睡んでいる。

 観光二日目を終えて、俺たちはまたリーダーであるクロエの部屋へ集まっている。依頼がないとはいえ、定期的な情報交換は当然だ。


「うへへへへへ、私はお酒一杯買ったよ。一杯……飲みたい……」

「今日はもう駄目だイルシュカ殿。これ以上飲むなら明日は禁酒になるぞ」


 ラ・ミルラの有無を言わせない迫力にイルシュカはなんとも言えない呻きを発してそのまま静かになる。後で部屋まで運ばなければならない。


「ラ・ミルラの方はどうだったんだ? オルファノスの情報はなにかあったか?」

「あると言えばある。オルファノスだろうと思しき事件、オルファノスかもしれない事件、手当たり次第に集めたが……どうにも奴らの狙いが掴めない」


 ラ・ミルラが地図を広げる。詳細なものではなく、カリガンドル王国を中心とした周辺国家の地図である。もちろん、今俺たちが滞在してあるハミス商国も大まかな位置で書きこんである。ただ、その中にいくつもの印がつけられてあった。


「これが奴らが活動したと思われる区域なんだが……まあ見事に場所も時期も規模もばらばらで統一性がない。丸印が確定で×印が恐らく……という区分けだが、それらを足しても引いても分からない。だから可能性として今日にでもここシュトルクで起こる可能性もあるし、何年先でも起こらない可能性もある」

「ふむ……」


 確かにラ・ミルラの言う通り、この傾向からはなにも掴めない。愉快犯と言われれば納得する、その程度のばらつきだ。


「あれだけの活動をしているのだから、ただ事件を起こして終わり、というわけじゃないだろう。だが、こいつらの活動の先、その目的が分からない。国家を侮辱する紋章を残しながら動乱を起こし、その先は……? 私にはどうにも掴めないな」

「そうだな……今の所、怪しい動きに警戒するしかないか。業腹だが」


 俺の言葉にラ・ミルラが頷く。そうして、トゥリアとシウを見やる。


「私たちは特になにも。シウ殿が色々な歌を聴いて満足していたぐらいだな」

「ええ、わたくしたちがお願いすると皆さん快く歌ってくださいました」

「ああ、そりゃまあなあ……」


 トゥリアとシウ、タイプは違えどこのような美人二人に頼まれれば断る男は少ないだろう。女性とて物腰の柔らかい二人なら心を開くはずだ。


「謝礼とは別でお礼にわたくしの知ってる歌を歌いますとそれは盛り上がりまして」

「その返礼に酒や食事を振る舞ってもらってね。まあなんというか宴会のようになってしまった」

「はは、いいじゃないか。観光なんだから楽しむのが一番だ」


 二人は満足げな顔で頷く。そうして最後のクロエを見ると、ヴェルと一緒に小さく肩を竦めた。


「私はヴェルと一緒に買い物してただけね。皆、ヴェルを見るともてはやしてくれるから楽だったわ」

「皆、優しい! 商人、好き! これ、くれた!」


 ヴェルがクロエの言葉を継いでクロエの肩をばしばしと叩く。見ればその首に小さなアクセサリが光っている。なにかの護石だろうか、黒いヴェルによく似合う、蒼色の石が嵌めてあるネックレスだ。


「なにかこの国、精霊に類するものを見ると幸運が訪れるって言われているらしくてね。そのお陰で値引きしてくれるし裏から掘り出し物を持ってきてくれるし……薬草にしろ旅の道具にしろ、買い物が捗ったわ」

「なるほど。クロエも楽しめたようでなによりだ。ラ・ミルラもひとまずはオルファノス関連の話は置いておこう。それはまた街を離れる前に聞きに行けばいいから、明日からは自由に過ごしてくれ」

「ふむ、ならば明日は私もトーヤ殿を応援しに行こうか。レン殿の話を聞くに、闘技大会は楽しそうであるし」

「私たちもそうしよう。今日の酒場でも観戦を勧められたしな」


 ラ・ミルラの言葉にトゥリアとシウも頷く。クロエも同調しているので、明日は皆で見に来てくれるらしい。


「ありがたいが、どうなるか分からんぞ。一人、物凄く強い竜人がいるからな。初戦でその人とぶつかれば、おそらく負けるだろう」

「ほう……トーヤ殿がそこまで言うか。そんなに強いのか?」

「ああ。俺みたいな女神の加護じゃなく、彼女は本当に自分で強さを積み上げてきてその高みに至った人だ。レンも見ただろう、あの人、大剣を振った方向とは逆の方向へ魔術を放ったのを」

「ああ。右側を斬ったと思ったら、左側も吹き飛ばしたな。アタシには、トーヤに説明してもらうまでなにが起こったのか分からなかった」


 レンが頷き、俺は天井を見上げる。


「攻撃の意識を左右両方、全方位へ割くっていうのはそう難しいことじゃない。左で攻撃して右で防御するというのも、慣れればできる。だが、全く逆の方向へ攻撃をするというのは難しい。しかも、斬撃と魔術といういわば別種の動き、攻撃だ。あの人はそれをこともなくやってのけた。相当の修練を積んでいるよ、あれは」

「なるほど……それならますます見てみたいな。明日は一回戦全て行われるのだろう?」

「ああ。組み合わせは当日発表だがな」


 事前に発表していれば八百長の余地が残るため、全ての組み合わせは当日発表らしい。


「ならば明日は全員でトーヤの応援だな。なんでも賭けが行われているらしいじゃないか。私たちもトーヤで一当てさせてもらおう」


 皆が頷く。その眼差しに苦笑しながら口を開く。


「まあ、期待を裏切らないように頑張るよ」

「ふむ……」


 俺の返事にラ・ミルラがじっと見つめてくる。なんだろうかと疑問を口にする前にラ・ミルラがずいと前に出てくる。


「前から思っていたが、トーヤ殿はこういうとき、もっと自信を持った言葉を使うべきだ。あれほどの実力があるのに妙に謙虚になりすぎている」

「いや、だってなあ……」


 俺が持っている力はフィーから授けられたもので、ルヴェルのように積み重ねたものではない。だから、どうしてもどこまでいっても借り物のような気持ちがつきまとう。仲間のためにそれを使うのは厭わない。だが、今回のように自分のために使うとなると、妙な罪悪感が出てきてしまう。


「トーヤ殿の実力の根源は理解している。とはいえ、それはやはり今はもうあなたの力なのだ。そこに謙遜を持つ必要はない。運も実力のうちというではないか。私だって、運があればこそドズムンド商会から紹介されてクロエ殿たちと知り合えたのだ。トーヤ殿、あなたはあなたの力、その自覚を持つべきだと私は思う」

「そうだな。もう少し力へを自負した方がいい。その方が女性受けもいいと思うぞ。ほら、今回は優勝者になんとかとかいう綺麗な宝石が贈呈されるらしいじゃないか」

「蒼月の雫、だったか」


 そうそれ、とトゥリアが頷く。商業国のイベントらしく、優勝者には賞金と宝石、そして古酒が贈呈される。

 トゥリアはどこか意地の悪い笑みを浮かべながら隣のクロエを示す。


「クロエ、優勝して君に宝石を贈るよ! ぐらいのことを言ってみせたらいい。トーヤ殿の、ちょっといいとこ見てみたい!」

「トゥリア、君、酔ってるのか?」

「私は素面さ。まあ、男の甲斐性を少しは見せて欲しいと思ってはいるな。トーヤ殿は謙虚に過ぎる」

「そこがトーヤのいい所でもあるんだけどねえ……」


 寝ながら話を聞いていたのか、むにゃむにゃとイルシュカが言う。そんなイルシュカの頭を撫でながら、クロエも小さく笑う。


「そうねえ。トーヤは私に自信を持てといいながら、自分は謙虚だもの。もう少し、大口を叩いてもいいとは思うわ」

「クロエまで……分かったよ。なんとか優勝を目指してみる」

「駄目駄目トーヤ殿、もっと強く、逞しく、格好よく!」


 ラ・ミルラが囃し立てる、それに顔を顰めながら、言い直す。


「今度の闘技大会、優勝する! これでいいか……?」

「うーん、もう一言欲しかったが、まあいいか。よし、これで明日皆トーヤに全額賭けられるぞ。なんせ優勝するらしいからな!」


 ラ・ミルラの言葉に全員が笑う。なんというか、体よく遊ばれているだけのような気がする。それに優勝とはいうが、やはりルヴェルの壁は高いだろう。それ以外にも実力者が出場している可能性もある。


「これで優勝できなかったらいい道化だな、俺……」

「トーヤ、元気、出す。頑張れ、頑張れ!」


 いつの間にか俺の肩へ止まっていたヴェルが頬をさすってくれる。思えば俺のことを他意なしに思ってくれるのはこの子だけかもしれない。


「ん、頑張るよ。ありがとな、ヴェル」


 そう言うと、精霊の娘は満面の笑みを浮かべた。

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