予選開始。
『さあ、次の予選参加者たちが姿を現わしました! 今度はどんな戦いを見せてくれるのか、期待しましょう!』
係員に促され、廊下から闘技場へと歩いていく。周りには俺と同じ参加者が六人、同じように歩いている。
「っ!」
闘技場へと出ると、周りからの歓声が降り注いでくる。予選だというのに、すでに客席には観客が大勢座っており、俺たちの方を指さしてあれこれと騒ぎ立てている。おそらく賭けの対象にするかどうかだろう。
俺たちが指示された所定の場所へ行く間、魔術で拡声された声が闘技場へ響き渡る。
『今回の参加者は七人、こちらの資料によりますと、前衛が五人、後衛が二人。後衛の二人はどう距離を詰められずに戦うか、前衛は後衛の攻撃をどうかいくぐって接近するかが肝になります。さあ、皆さん、今から賭けの受け付け開始です! じゃんじゃん賭けてください! 先ほどの予選で負けた方は取り戻して! 買った方はさらに増やして!』
煽るような声に客の皆が散らばり、賭けた札を買っては戻ってくる。全く予備情報がない状況でなにを根拠に賭けているのかと思えば「俺はあの銀翼級の兄ちゃんだ」とか「私はあの後衛の魔術士の位置に賭ける」とか「俺はあの『豪腕』に全部だ」言っているので、ほとんど直感のようなものだろう。それでも競馬のパドックのように俺たちを見せてから賭けさせているあたりはまだ良心的といえるのかもしれない。
ただ、どこかにいるレンとイルシュカは俺へと賭けてくれているだろう。
『さあ、さあさあ、皆様賭けは済みましたでしょうか! 闘技場では予選参加者が戦いの火蓋が切られるのを今か今かと待ち構えております』
言われて見回すと、すでに剣を抜きはなっている者、杖を構えている者、他の参加者を観察している者、様々な臨戦態勢を取っている。位置としては全員が等間隔に離れており、俺の左側は槍を持った男、右側は杖を持った女がいる。ちなみに雷光のなんとかと竜人のルヴェルは見あたらない。雷光はともかくルヴェルがいないのはありがたい。
とはいえ、この場にいる全員の実力が未知数だ。油断はできない。
『時間になりましたので賭けは締切りです! それでは、参加者の皆さん、構えて!』
刀を抜き放つ。しかし、分かってはいたがぶっつけ本番にも程がある。だからこそ、全員に平等なのだろうけれど。
『用意――』
一瞬の間に、闘技場全体が静まりかえる。
『始めっ!』
わっと歓声が起こる。瞬間、俺は右側へ向かって走り出す。初手でどうなるか分からない以上、術の構成や狙いに時間がかかる魔術士を狙うのは当然だ。
だが――。
「うおっとっ!」
右側の魔術士ではなく、もう一人の魔術師から氷の魔術が飛んで来る。それを跳躍してかわし、相手を視認する。魔術は俺の正面から飛んで来ており、そちらへ注意を向けた瞬間、次は右側から風の魔術が放たれる。
「危ねっ!」
『おおっと、開始直後に飛び出した銀翼級の冒険者トーヤ、二名からの魔術を受けて翻弄されております。資料によると初めての参加らしいですから、多人数戦はまずは静観という定石を知らなかったのか~!』
マジか。始まった瞬間に厄介な遠距離攻撃へと突っかかっていった俺はもしかしてアホだと思われているのか。
そんなことを考えている間に、正面と右側、両方から連携して魔術が飛んで来る。ちょうど十字砲火のような形で浴びせかけられる魔術を、必死に捌く。俺に専念して無防備である魔術士を狙う他の参加者は一人もいない。まずは物知らずを一人脱落させてから、という心持ちなのだろう。
『あっと……おお……これは、しかし、冒険者トーヤ、雨あられと降り注ぐ魔術を全て捌ききり、回避している~! それどころか、徐々に距離を詰めていっている! これは意外っ! これは素晴らしい! トーヤに賭けていたであろう観客が先ほど頭を抱えていたが、今は希望を見出してその舞踏回避を見ている~!』
どうでもいいが、妙に劇場的な解説は一体なんなんだ。観客は盛り上がっているから、あれが求められているのかもしれないが。
変わらず放たれる魔術を防ぎながら、それでも俺は徐々に右側へと接近していく。連携しているとはいえ、やはりそこは即席だ。術を使うタイミング、選ぶ術式は完璧ではなく、齟齬が出る。その齟齬は一瞬の隙となって俺の自由時間となる。
その与えられた猶予で、俺はジグザグに走りながら距離を詰めていく。ある程度を越えたところで、右側の女魔術士が明らかに狼狽した顔を見せる。ここに至るまで無傷の俺を警戒しているのだろう。
『なんとなんと、ついにトーヤ、一発も食らわずに右側のマール魔術士へと辿り着いた! これは凄い! これは神業! 前衛でありながら後衛から放たれる魔術を全て回避するとは、誰が信じられようか!』
解説が昂奮した様子で叫び、観客の歓声がそれを後押しする。そしてマールと呼ばれた女魔術士は俺に相対しながら、跳ねるように後ろへ下がる。距離を取られれば、また魔術が放たれるだろう。
「遅いっ!」
だが、ここまで詰めてしまえばもう俺の領域だ。マールが放つ風の魔術を、今度は刀を振るだけで防ぐ。吹き散らされた風の刃が俺の頬をかすめて斬り裂くが、致命的な攻撃からはほど遠い。
たんたんたんとリズムよく足を動かし、マールの懐へと潜り込む。刀を峰打ちに持ち替え、マールが持つ杖を強打する。
「あうっ!」
悲痛な叫びと共に、マールの手から杖が弾き飛ばされる。空中を回転し、からからと乾いた音を立てて杖が地面を転がっていく。
そうして刃を返し、切っ先をマールの胸元へと突きつける。
「なにか言うことは?」
「……参りました」
『ここでマールの降参だ~! 開始早々飛び出したトーヤ、大方の予想を覆してまずは一人を討ち取った~!』
解説の言葉に観客が地鳴りのような歓声を上げる。そうして正面からの魔術を警戒して振り向くと、今度は残りの参加者が陣形を組み、全員が俺へと切っ先を向けていた。残りの魔術師一人はその後ろ側に周り、またなにごとか魔術を唱えている。
『どうやらトーヤを手強いとみて全員が一時的に手を組むようだ! これも多人数戦という状況ならではの醍醐味です。一難去ってまた一難、トーヤ、この状況をどう打破するか!』
解説者の実況に顔を顰めながら、刀をそちらへ向ける。俺を見る全員の目が、あそびのない真剣なものだ。
「まったく……もう少し闘技場での戦い方を勉強しておくべきだった」
言っても、時間は戻らない。かなり不利な状況だが、レンとイルシュカに言った手前、せめて予選だけでも突破しなければ。
俺は刀を握り直し、新たな敵集団へと向き直った。




