旅の道連れ
「――というわけでしばらくロルッセアを留守にすることになると思う」
「ハミス商国……」
遠出前の恒例、レンの工房で消耗品を買いだめしてから雑談していると、レンが妙な顔になる。
「シュトルクか……」
「どうした、レン?」
問うても、レンは応えず、顎に手をやってなにかを考えている。いつの間にか買い物や仕事を頼んだ後はこうやってカウンターの内側でお茶をするのが恒例になっている。
今も一緒に飲んだ果実水の杯を横に置き、レンは俯いて考え込んでいた。
「それは皆で行くんだよな?」
「そりゃまあ。全員で別の国の雰囲気を味わってみるというのも目的だからな」
メインはイルシュカが頼み込んできた闘技大会だが、その後にいくつか向こうのギルドで依頼を受ける気でもある。物見遊山と仕事とイルシュカの私用と、まあ思惑は様々だ。
「……」
またレンが考え込む。なにか難しい品物でも仕入れてきて欲しいのだろうか。
「なあ、それ、アタシもついていっちゃだめか?」
「んん?」
しかしレンの発言は俺の予想外のことだった。目を丸くした俺をレンが真っ正面から覗き込む。
「もちろん護衛の賃金は支払う。その他の経費も必要であれば。どうかな?」
「えっと……俺は別に構わないんだが、そもそもどうしてだ?」
「あ、ああ。そうだな」
そこでようやく我に返ったような顔になり、レンは頷く。どうも結論を急ぐあまり、説明を忘れていたらしい。彼女らしくない性急さだ。
「商売人にとってはハミス商国ってのは一度は行ってみたい国でね。アタシも例に漏れず、世界中のものが集まるっていうシュトルクには行ってみたいと思っていたんだ。でも、店もあるし、なにしろ道中の安全が確保できない。だから出入りの商人に物資を頼むぐらいしかできなかったんだが……」
「そこに俺たちが行くと分かった」
俺の言葉に頷く。そうして工房を示す。
「上手い具合に、今は長期の仕事もない。『黒い森』へ支払う賃金を勘案しても、資金はたっぷりある。なんせ、トーヤたちが考えてくれた一人天幕が飛ぶように売れているからな」
一人天幕はレン自身があらかた試作したあと、鍛冶屋ギルドへアイディアや設計諸々を売却した。売却とはいっても発案者としてレンには一定の金が入ってくるので、その金額を『黒い森』とアルヴァたち『鏡花水月』とレンで三等分している。アイディア、試作、試験運用での三等分らしい。
「なるほど」
「同行、できないか?」
珍しく、気弱な声で俺を見てくる。そんなレンに苦笑しながら手を振ってやる。
「まさか、まさか。皆も喜ぶと思う。ただ――」
「ただ?」
「馬車で十日ってけっこうきついぞ。その辺りは大丈夫か?」
そう問うと、今度はレンがにっと笑う。見慣れた、胸の空くような彼女の笑みだ。
「それだけどな、馬車に関してはアタシが用意するよ。御者はアタシがやる」
「レンが?」
「ああ。ちょっといいものがあってね。がっかりはさせないよ」
自信満々に告げる、その言葉は嘘じゃないだろう。俺は頷いてレンを見る。
「分かった。じゃあよろしく頼む、レン。皆には俺から言っておくよ」
「やっっっっっっっっっっった! やったやった! ハミス商国だ! やった! ありがと、トーヤっ!」
「おっ、と!」
よほど嬉しかったのか、感極まってレンが俺へ抱きついてくる。慌てて受け止めると、レンの色々柔らかな所が密着する。そんな格好に気付かないのか、レンは俺の身体へしがみつくようにぎゅうと抱きしめてくる。
これは、まずい。
「お、おい、レン……」
「ん……おおっ、おっ、アタシとしたことが、子供みたいにはしゃいじゃったね。悪い悪い」
言って離れ、子供のように無邪気な笑顔を浮かべる。その顔に羞恥がないので、本当にとっさの行動だったのだろう。
とはいえ、抱きつかれた方としては勘違いしてしまいそうな行動ではある。頻発するようならば、男の側ではやらないように注意するべきだろう。
今も身体に残るレンの感触に妙な顔をしながら、俺は何度か空咳をして自分の動揺をごまかす。そんな俺を見ていたレンが、また嬉しそうな笑みを浮かべながら立ち上がる。
「うん……うん、アタシにも脈ありだな」
「? なんの話だ?」
「こっちの話。それはそうと、馬車の件は任せておいてくれ。馬も用意しておくから、きっと普通よりは快適に旅ができると思う」
胸を張って請け負うレンへ頷き、俺も立ち上がる。相対したレンの顔は少し赤らんでいたが、工房が暑かったのだろうか。
「分かった。皆には伝えておく。あと、出発の前に一度誰かをここへ寄越すよ」
「? なにかあるのか?」
「旅の荷物ってのは結構選ぶのが大変だからな。特に女性は男には分からない荷物がある。長逗留になるから、その辺りを聞いておいてくれ」
言うと得心してレンが頷く。今のメンバーは全員面識があるから、その辺りの意志疎通もスムーズにいくだろう。
「なら出発の段取りと日取りをまた改めて決めて伝えるよ。よろしくな、レン」
「ああ、よろしく! それにしても楽しみだ……ふふふふふ!」
握手するとまた笑みがこぼれる。それほど楽しみなことなのだろう。レンの無邪気な笑顔はつられて俺も笑ってしまうぐらいだ。
そうしてレンの工房から帰宅する。レンが連れ立つことに、反対意見は誰からも出なかった。




