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新しい友人

 裏口から店へと戻ると、レンに向かって髭面の男が詰め寄っているところだった。


「だからよ、不運が重なって金がなくなっちまったんだ。金は必ず返すから、ひとまず預けていた剣を返してくれねえか? 修繕は終わっているんだろ?」

「ふざけんなっ! そんな暴論が通るとでも思っているのかい! きちんと料金を払わないと剣は返さないよ! 不運だなんて、どうせ博打ですっちまったんだろうが!」


 レンの威勢で男はたじろいだようだが、それでも立ち去る気配はない。

 今のやり取りで大体事情が分かったが、それにしてもグレンといい、この男といい、冒険者は常識がないのが多いのだろうか。プレートを提げさせて犯罪の防止というのがまるで役に立っていない。


「つってもよお、剣がなけりゃ稼ぐこともできねえ。このままだと永遠に金が払えねえんだよ」

「それはそっちの理屈だろう。アタシには関係ないし、アタシにとっちゃあ期限が過ぎれば質に流すか売るかすればいいだけの話だ。剣がなくてもできる仕事はあるだろうが」


 暴論でごねる男に対して一歩も引かない。だが、男は余裕の笑みを崩さず、むしろレンの身体を舐め回すように見ている。その顔には隠しようのない下卑たものが浮かんでいる。

 これはあれか、最初から因縁をつけるためだけに絡んでいるのか。レンが女一人でやっていると承知の上で来ているに違いない。

 生前、こんな場面に出くわしたときは影から警察を呼ぶぐらいしかできなかった。だが、今なら直接渡りあえる力がある。その安心感は心強い。


「レン、試し撃ち終わったよ。これ、もらいたいんだけどいくらになる?」

「あ……ああ。こいつは銀貨四枚だな」


 銀貨四枚だと予算を超える。さすがに魔術付与してある武具は割合高くなるらしい。


「そうか……今手持ちがないんだ。だから――」


 俺の言葉にレンの表情に警戒がよぎる。まさに今目の前にいる男と同じような展開を危惧しているのだろう。


「取り置きって可能かな? もう何度か依頼をこなせば貯まると思うから、そうだな……余裕を見て七日間ぐらい取り置いてもらうと助かるんだが」

「ん、そっちか。いや、構わないよ。倉庫で眠っていた奴だからね。予約されるだけでもありがたいってもんさ」

「ありがとう。それで、どうする?」


 今度はきょとんとした顔になる。こうして見ると、職人肌の割には表情がころころと変わって可愛らしさが出てくる。クロエはどちらかというと物静かな方だから、また違った魅力がある。


「いや、なんか強盗っぽいのが来てるからさ。衛兵でも呼んでくるかい?」

「おい、お前――っ!」


 声を荒げた男を睨み据える。相手からも俺の銅石級のプレートが見えるはずだが、それでも一瞬押し黙った。


「強盗……そうだね、まあ強盗に近いね、これは」

「ふざけんなよっ! 俺は金がないだけだつってんだろ」

「いやいやいや、金がないなら工面しろよ。見たところ、その立派な鎧を売れば半金ぐらいは用意できるだろ。それを払って、後は依頼で稼いでくるからとかならレンも考えただろうけど、そんな格好しておいて金がないって、その鎧はもしかして竹をそれっぽく塗ったとかそういう張りぼてなのか?」


 俺の指摘にレンがくくっと笑う。竹アーマーを想像してしまったのだろう。一方の男は下卑た顔を一変させて俺を睨み返してくる。


「てめえ……銅石級風情が言ってくれるじゃねえか」

「それに近いことを前も言われたが、関係なくないか? じゃあお前、俺が金空級だったとして、その顔が不愉快だから岩にぶつけて整形してこいって言われて素直に言うこと聞くのか?」


 言い返す俺に男が怒りで真っ赤になる。それを見て、俺は逆に思考が冷静に研ぎ澄まされる。こういう輩が口で勝てない時に取る行動は一つだ。


「銅石級が舐めてんじゃねえ――ぐあっ!」


 予想通りにカウンター越しに拳を放ってくるが、俺はそれをあっさりと捉えて捻り上げる。予測していなくてものろまな動きで、やはり俺の体術も向上しているらしい。


「その銅石にあっさり組み伏せられているんじゃ銀翼も形無しだな。このまま腕を捻り上げると関節がいっちまうけど、どうする? 治療院でも金がないってごねられるかな?」

「く……お……放せ、てめえ、うおおっ!」


 ガツンと、カウンターに大きな音が響く。男の顔面すれすれを、レンのハンマーが通り過ぎたのだ。いや、すれすれではなく鼻をかすったのかもしれない。できもののある鼻が赤くなっている。


「最初に言った通り、金がないなら物は渡せない。文句があるなら、衛兵でもなんでも呼んできな。トーヤ、離していいよ」


 窺うようにレンを見ると、小さく頷く。そこで手を離すと、男は腕をさすりながら後ずさる。


「てめえ、トーヤとか言ったな、顔、覚えたぞ」

「芸のない脅しだな。俺もお前の顔、覚えたぞ。レンになにかあれば、真っ先にお前を見つけて――始末をつける」


 刀の柄に手をかける。その意味を理解したのだろう、まだなにか言いたげだった男はそのまま背を向けて店から逃げ出した。

 扉に着けられた鈴の音が鳴り終わってから、レンが小さく息を吐く。


「いや、助かったよ。女一人でやってるとああいう輩が多くてね」

「まあ仕方ないよ。レンは美人だし」

「やめな。おだてたってなにもでないよ」


 お世辞ではないのだが、レンは本気でそう思っているらしい。褐色の肌に凜とした顔、仕事に従事するもの特有の意志を秘めた瞳はどう見ても魅力的なのだが。


「そうそう、トーヤはいまいくら資金を持っているんだい?」

「銀貨三枚だけど、使うのは二枚半までって決めてる。だから弓にはあと一枚半足りないんだ」

「よし、なら二枚でさっきの短剣と弓を売ってやろう。ただし、弓の残り三枚半は後払いだ。それでいいなら、持って行きなよ」


 破格の条件に目を丸くしてしまう。こちらとしてはありがたいが、たとえばこの後俺が依頼を失敗したり、あるいは死んでしまったりすればレンは永遠に取りっぱぐれることになる。それは結構なリスクだろう。


「いいのか? 俺が持ち逃げしたり、払えなくなったりしたらどうするんだ? 俺はまだ銅石級だぜ?」

「銀翼を軽々とねじ伏せる奴が銅石級で留まるわけないだろう。それに――」


 言って俺の顔を下から覗き込んでくる。不意の接近に、おもわず鼓動が跳ねる。


「アタシはこれでも自分の見る目に自信を持っているんだ。アタシを助けてくれたアンタはばっくれたりしない。そうだろう、トーヤ?」


 見つめられて苦笑する。どうも、過大な評価をもらってしまったようだが、人助け様々というところだろう。


「分かったよ。それじゃ、頑張って稼がないとな」

「その意気だ。それでまたなにか必要になったらアタシのところに来るといい。優先的に請け負ってあげるよ」

「商売がうまいね」


 二人、笑いあう。

 どうやら俺はクロエに続く、二人目の友人ができたようだ。

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