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レン・ホルグ

 人混みで混雑する道を歩く。森からクロエに連れてきてもらったロルッセアという街は首都に近く、また交易の要路にある街なのでかなり大きい。人々の行き交いの激しさに伴って、街の道も広く、そして多くの店が連なっている。

 俺はそのうちの一画、武具店が並んでいるところへやって来ている。武具店といってもそれらを専門に仕入れて売っているのではなく、大半が鍛冶屋との兼業だ。日用品の刃物から、冒険者用の武器、それらの制作や修繕と販売を兼ねているという店がほとんどだ。


「うーん……」


 人口の多い街なので、武具店にも多くの人が出入りしている。だが、そのどれもにそそるものがない。

 ここ数日、依頼をこなしながら街を何度か歩いていて気付いたが、店を選ぶときに気乗りしないものがあるとそれらは食事にしろ、装備品にしろ悉く外れだった。

 逆に、なんの根拠がなくともこの店がいいと感じたときは当たりだった。もしかするとこの辺りの感覚もフィーによる能力というか、直感も鋭くなっているのかもしれない。

 そしてその感覚に立ち並ぶ武具店が引っかからない。俺が欲しいのは弓と投擲用の短剣程度なのだが、なんとなくやめておこうと思う店ばかりだ。

 一つの店を外から覗いた時、陳列されているものも立派な剣や槍ばかりだったが、そこもどうにも嫌な感じがして引き返した。

 資金ならあの後もクロエと依頼を繰り返してある程度貯めているので、問題はない。まだクロエのいう最低限の貯蓄には届いていないが、それよりもやはり距離を埋める武器を一つは持っていた方がいいというのが二人の見解だ。

 ふと思い至って大通りから一つ奥の道へと足を踏み出す。そこも大通りよりは少ないとはいえ、多数の武具店が店を構えている。

 奥へ奥へと進む。その内の一つ、お世辞にも立地がいいとは言えない、薄暗い場所にある店の前で足を止める。

 注意して見なければ武具店であることすら分からないような、質素な店構えのその武具店へ、俺は躊躇わず入る。

 俺の直感は、この店がいいと告げている。

 中に入ると、奥からの熱気が肌にまとわりついてくる。同時に聞こえてくる槌の音から、この店も鍛冶との兼業だと分かる。

 作業を邪魔することはないと思い、とりあえず店の中を見る。さほど大きくないからか、展示されている武具もそう多くはない。剣と槍、斧、後は盾や鎧など、スタンダードなものばかりだ。

 その内の一つ、槍を手にとってみる。


「ん……」


 その瞬間、槍の使い方というか槍術が俺の中へ流れ込む。どこをどう動かせばいいのか的確に突けるか、それが理解できる。

 ここのような狭い屋内では槍は不利だ。不利だが、使えないわけではない。槍を短く持ち、軽く踏み込んで刺突を放つ。

 空気を裂いた穂先は壁に突き刺さる――寸前でピタリと止まる。

 俺の技が達人レベルまでに上がっている以上に、この槍がしっくり来ている。

 やはりこの店は腕のいい鍛冶師がいるようだ。


「へえ、いい腕をしているじゃないか」


 素振りをした俺へ声がかかり、振り向く。そこには上半身をはだけた赤毛の女性が汗を拭いながら立っていた。その褐色の肌に汗が浮いているのを見ると、先ほどまで聞こえていた槌の音は彼女だったのだろう。

 どうやらこの工房の主は女性のようだ。それもまだ年若い、二十代前半あたりの年齢だ。


「あ……と、申し訳ない。店のものを勝手に振り回してしまった」

「いいさ。なにか壊したら怒鳴りつけてやろうかと思ったが、その心配はいらなかったからね。さて、なにが入り用だい?」


 汗を拭き終えて、カウンターへ寄り掛かる。どうでもいいが、上半身は大きな胸をサラシで巻いているだけの格好なので目のやり場に困る。


「え……と弓と投擲用の短剣が欲しいんだが、あるかな?」

「両方あるけど、見たところあんた得意分野は近接戦闘だろう? それなのに弓を使うのかい?」


 俺の腰に眼をやって女性が問うてくる。


「わけあって俺のパーティーは遠距離攻撃の手段がなくてね。だから近接以外の手段も確保しておきたいんだ。できれば長弓じゃなくて短弓で取り回しが利くものがいいんだけど」

「ふむ……弓はあまり扱わないからどうだったかな。ちょっと倉庫を見てくるよ。その前にほら、投擲用の短剣ならこれらが在庫のあるやつだ。これらが使いづらいなら手作りになるが、その場合は注文料金が別にかかるよ」


 言い置いて奥へと引っ込む。向こうに裏口があるから、そちらに倉庫があるのだろう。

 とりあえず、置いてくれた短剣を手に取る。一つは手の平に収まるほどで鍔もないもの。忍者が使うクナイに似ている。もう一つは一般的なサイズで、やや刃が小ぶりでダガーといわれるものだろう。最後の一つは刃幅が広く、鍔と同じサイズの刃が存在感を示している。投擲に向いていないのかと思いきや、柄を握ると手の平にしっくり来る重さで調整されている。


「待たせたね、持ってきたよ……どうした?」

「いや、これがいいなと思ってね」


 最後の一本を手に取ったまま、示してみせる。それを見た女性は少し驚いたように目を開き、そして笑う。


「お目が高いね。そいつはアタシが自分で作った独自の形をしているんだ。一見すると投げにくそうだけど、持つと分かるだろう?」

「ああ。これ、投げるのにも至近距離の戦闘でも使える。いい形だな」

「そうだろう? 刃先をちょっと厚くして重さを調整しているんだ。投げる速度は落ちるけど、扱いやすいはずさ。いや嬉しいねえ。これまでどの冒険者に見せても、鼻で笑うだけで残りの二つのどちらかしか選ばなかった。手に取りもしなかったからね。ふふ、アンタ、いい冒険者だよ」


 女性が褒めてくれるのが、どこかむず痒い。結局のところ、俺がそう思えるのはフィーにもらった力が原因だ。手放しで褒められるものではない。

 だが、そんな俺の気も知らずに女性は満面の笑みで俺に近寄る。


「ちょっと貸してくれ……これ、この柄尻にも重りを入れててね、使いづらいと思ったらここを調整すれば自分好みにできる。ほら、こんな風にね」


 俺に密着するようにしながら説明してくれるが、どうにも半裸の女性に近付かれると落ち着かない。


「あの……そういえば名前を聞いてなかった。ええと、俺はトーヤ」

「そうだったね。アタシはレン。レン・ホルグだよ」

「うん、レンさん。あの、ちょっと上になにか着てもらうと助かる」


 眼を逸らしながらいうと、レンは俺と自分の上半身を交互に見て、からからと笑う。


「さっきからなにか落ち着かないと思ったらそんなことか! はっはっは、武具の扱いは上手いのに初心なんだなアンタ! アタシの肌なんか見てもしょうがないだろうに!」


 謙遜するが、レンの外見は野生じみた美しさに満ちているし、なにより大きな胸はどうあっても男の情欲を誘う。


「まあ、アンタがそういうなら隠していようかね。商談に入れそうだし、その辺りはきっちりとしておかないと」


 いいながら、腰で縛っていた袖を解いて上着を着込む。そうして、カウンターの向こう側から弓を二つ置く。


「短剣は改めて選ぶとして、うちにある弓で使えるのはこの二つだ」


 一つは中型の弓で、木製の押付と手下、中央の弓をつがえる部分だけは鉄製で作られている。もう一つは大型の弓で、全てが鉄製で作られていた。

 大型の弓はどう見ても取り回しがいいとは思えない。


「さあ、どっちを選ぶ?」


 だが、どこか愉しげな笑顔を浮かべながら、レンが問うてきた。

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