銅石級
結局、俺自身もギルドに登録した。不信感はあるものの、やはり全世界に支部がある組織へ属する利点は大きい。
もちろん等級は銅石級からの開始だが、クロエがパーティーを結成しようと持ちかけてくれ、それを承諾した。
そうするとパーティー内のランクを平均化したレベルの依頼、つまり俺とクロエの二人で受ける場合に限って鉄洞級の依頼も受けられるとのことだ。なるほど、その辺りのシステムはしっかりしていると思う。パーティー名は追々決めていけばいい。
棘を売った金と、登録の手続きを終えてギルドを出るとすでに夕方となっていた。どうも俺が転生した時は昼過ぎで、そこからクロエと出会って街へ戻り、ギルドでのいざこざを処理したので妥当な時間だろう。そしてどうやらクロエとの会話で時間の周期は大体地球と同じということも判明した。その辺りはフィーという同じ神が管理しているというのも関係があるかもしれない。
正直いって、転生してなにをすればいいのかはまだ理解できていない。ただ、フィーは俺の気質の赴くままにと告げていた。ならば、そういう風に、俺が俺の望むままに生きてみようと思う。
まずは、最初に出会ったクロエと行動を共にすることにしよう。クロエ自身、そしてヴェルもそれを望んでいることだし。
そう思いながらギルドから渡された銅石級を示す身分証を身に付ける。首飾り状になっているそれは冒険者である限り、公的な場所では身に付けるようにと指示された。冒険者が悪さをしないための予防策でもあるらしい。
確かに力が物を言う部分が強いこの世界において、そこそこ有効な策だろう。仮に冒険者登録してない、あるいは隠して悪事を働いた者がいた場合、程度にもよるが問答無用で罪人としての処罰を受けるとのことらしいからなおさらだ。
しかし、登録者一人一人にプレートを配っているというのはそれなりの出費だろうが、それができるのが全世界へ影響のある組織ということだろう。
「それじゃあ、とりあえず宿を決めましょうか。そこで今後のやりくりを決めましょう」
「そうだな。といっても俺はその辺りさっぱりだから、基本的にはクロエの方針に従うよ」
「ようクロエ。うまいことやったみたいじゃないか。どうやったんだ?」
言って歩き出そうとした瞬間、目の前に男女あわせて五人の冒険者たちが道をふさぐ。ざっと眼を通すと、全員が金空級のプレートを身に付けている。
「……なんの話かしら?」
「俺たちから盗んだ山嵐の棘を買い取ってもらったんだろう? 盗難品なのに、どうやって売り払ったんだ? ギルドマスターにその身体で奉仕でもしたのか?」
言って、笑う。名前を呼ばれてはいないが、こいつが件のグレンだと確信する。それにしても、下品な顔だ。少なくともこの国において勇者という称号に品性は求められないらしい。
「ご心配なく。ギルドマスターは私たちの潔白を理解して騒ぎ立てたお詫びも掲示してくれるとのことよ。存在するかどうかも分からないけど、真犯人が見つかるといいわね、グレン。そうそう、私の方も依頼を妨害するような男がいたってギルドの方に報告しておいたから、精々気をつけることね」
「……言うじゃないか。まあいい、今日はお前の変わりのメンバーを紹介したくてな。トゥリアって言うんだが、彼女も金空級だ。これまでは銀翼の誰かさんのお陰で足を引っ張られて時々受けるクエストに制限がかかっていたからな。これですっきりして銀翼竜の討伐に行けるってもんだ」
グレンとやらの手で示されたトゥリアなる女性が小さく一礼する。背中に担いでいる弓からして射手なのだろうが、どことなく戸惑いの表情が浮かんでいる。
「で、お前もパーティーを組んだみたいだが、銅石級のルーキーと仲良しこよしでやっていくのか? 勇者のパーティーからとんだ落差だな。なあ?」
振り向いたグレンにトゥリア以外の連れが笑う。屈辱からか、クロエの顔に一瞬朱が差すが、恐らくは彼女自身の矜持でそれを抑え込む。
そんなクロエに、横から話しかける。
「クロエ、さっさと行こうぜ。時間は有限で、無駄にするのはもったいない」
「……そうね。それじゃあグレン、さようなら」
立ち去ろうとする俺たちの行く手を、グレンがふさぐ。
「おい、待てよ。まだ俺が話してんだろうが」
「知らねえよ。一方的な話を聞いて欲しいならそこらの壁にでも話してろ。ボクチン大事な大事な棘を盗まれたんでちゅ~って言ってれば、壁も同情してくれるかもな」
土壁を指さすとグレンの顔が怒りに歪む。煽る癖に煽りには弱い。なんというか、分かりやすい奴だ。
「てめえ、銅石級が調子に乗りやがって……」
「銅石だろうが白星だろうが同じことを言うだろうけどな。それともあれか? クロエに未練たらたらってわけか? 残念だが、クロエはもう俺とパーティーを組んだから、諦めてその取り巻きと仲良くしてろよ」
グレンとしては新米の俺から口出しされるとは思っていなかったのだろう。何事か言葉を探していたようだったが、それでも唾を吐き捨てる。
「ふん、せいぜいそのルーキーと仲良くやってればいい。俺たちはここからさらに勇者として駆け上がる。その時になってせいぜいすがりついてくるんだな」
「他人を娼婦扱いするようなクズにすがりつくわけねえだろ。アホか。自分の顔を鏡で見てから喋れよ」
あるいはギルドの目の前でなければ斬りつけられていたかもしれない。実際にグレンの手は剣の柄へ伸びていたし、トゥリア以外の三人はやや前傾姿勢を取っていた。それが分かるのも、フィーにもらった力のお陰だ。
俺としてはそうなっても良かったが、最後の一線を越えない程度の理性はあるらしい。ただ、クロエの話を聞く限り今後の依頼を妨害してくる可能性はあるのでそこは気をつけよう。
いくら力が強くても、搦め手でやられることがあるというのは生前の歴史が散々証明している。
お互いに睨み合いながらすれ違い、グレンのパーティーがギルドへ入ったところでクロエがゆっくりと息を吐く。
「なんだか……ごめんなさいね。自分のことだけでも大変なのに、私の事情に巻き込んでしまって」
「いや、俺も煽り返したわけだから一緒だよ。それに、俺に親切にしてくれたクロエを馬鹿にされて黙ってるほど俺は人間ができていないって」
「親切だなんてそんな……私のやったことは冒険者なら当たり前のことよ。それに、私の方こそ命を救ってもらったのに」
俯きながらクロエが帽子の鍔を弄る。それが照れたときの癖なのか、ヴェルもその周りをふよふよと漂っている。
「当たり前でも、俺はクロエの親切が嬉しかった。この世界――この状態になってから初めて会ったのがクロエでよかったと思ってる。だからさ、そんな気にしないでくれ。パーティーを組んだってことは、しばらくは一緒だろう? 君の苦労は俺が分かち合うし、俺の苦労は君が分かち合ってくれ」
「トーヤ……ん、ありがとう」
自分でもなぜここまでクロエを信頼できているのか分からない。生前の日本でもこんな風に出会って間もない人を信頼することはなかった。
ただ。そう、ただ。
熊嵐に襲われているクロエを助けてその顔を初めて見たとき、この人は信頼できると、そう思っただけだ。
気質のままに。この世界に来てから何度も思い出すフィーの言葉だ。
俺は一度死んだ。思い描いたヒーローになれず、それでもちょっとだけ善行を成して死んだ。
だからこそ、フィーにもらったもう一度の人生は、赴くままに生きていたい。それがヒーローというものへの道かどうかは分からないけど、自分の感覚を信じて行動したい。
もしもそれで痛い目を見たら、その時に対応すればいい。
まあ、クロエがそんなことをしてくるとは思えないけれど。
「トーヤ?」
「あ、ああ。ごめん。行こうか。いつまでもここにいるとあいつ等が出てくるかもしれないし」
クロエが頷き、歩き出す。
気の向くままに。とりあえずはそうして生きていこう。




