テンプレな経緯
いたって真っ当な異世界転生ものです。
自分の好きなように書いていっていますのでよしなに。
並み居る敵を薙ぎ倒し、大切な物を守る。
誰かの危機に駆けつけて颯爽と助け出す。
男ならそんなヒーローに一度は憧れるはずだ。漫画で、アニメで、特撮で、映画で、ライトノベルで、あるいは他のなにかで。
だけど、当たり前だけど現実ではそうはいかない。自分はヒーローになれるような特別な力なんてないし、そもそも絶体絶命の危機なんてそうは訪れない。
大きな災害があっても、国やそれに従う人たちと力を合わせて乗り越えていく。たった一人で状況を変えられる人間なんていない。究極的にいえば、この国の方針を決める総理大臣だって代わりはいるのだ。
むやみやたらに正義感を振りまいたって反感を買うだけだし、揉め事に介入したら相手からの反撃を喰らうときだってある。この国ならともかく、銃の所持が認められている国ならそれだけでこの世からおさらばなんてざらにある。
ヒーローになんて、なれない。
そういった現実を知るときが少年から大人へと変わるときだと人は言う。
そうかもしれない。自分だって現実には少年から青年になり、そして就職して社会の一員として働いている。
これまでの自分の人生を自伝にしたって、ありふれた平凡な物になるだろう。これからもきっと、それは同じだ。
でも、それでも小さい頃に抱いたヒーローの憧れは消えてはいない。どんなに子供じみていると笑われていても、それはずっと胸の奥に燻っている。
だからせめて、少しでも正しくあろうと生きてきた。
道端にあるゴミを捨てて、道に迷っている外国人を助け、困っているお年寄りを助け、事件を目撃したら匿名で通報して。
小さな、ほんの小さな正しさ。
それだけを積み上げて生きてきた。
時に要領の悪い奴と笑われ、時に偽善者と蔑まれ、時に意味のない行為だと冷笑され。
それでもそれが自分なりの正しさだと思って生きてきた。
そして、今――。
「あ……」
危機に際してあまりにも小さな悲鳴。そういうものなのだろう。混雑した歩道で誰かに押され、車道に飛び出た女性が迫り来るトラックを呆然と見つめたまま、逃げようともしていない。
その女性には見覚えがある。会社の同僚で、いつも率先して片付けをしたり他の人の残業を手伝う自分を小馬鹿にしている人だった。
自分だって感情を持つ人間だ。だから正直その人のことは好きじゃない。仕事においても、なにかと折り合いが悪かった。
このまま見過ごしても、誰も文句を言わない。仕方ない、彼女は運が悪かった、で済まされる。
それでも。
そう、それでも――。
「っ、ああああああぁぁぁぁぁっ!」
まるで意味のない叫びを上げて彼女の腕を掴む。呆けていた彼女の瞳が驚きで自分の顔を捉える。
押し出せるのなら、まだ良かった。だけど向こう側は対向車線で、であるならばこうするしかない。
ぐるん、と遠心力を使って彼女を歩道側へと放り投げる。
座り込んでいた成人女性に対して行ったアクションにしては、上手く行った。
それこそ火事場の馬鹿力なのかも知れない。
だが、その代わりに自分が車道に取り残され――。
「ぎっ!!」
車に撥ねられると肺の空気が残らずしぼり取られて悲鳴も上げられない。
今際の際に、そんなくだらない豆知識を得ながら――意識は闇に落ちていった。