第43話「スパイの苦悩」
「「それは違う」」
きゃー、きゃー!!
きゃーーーーー!!
「うるっせぇぇなー」
「なんなんスかね?」
なにか外野が騒がしいが無視。
「よそ見してんじゃねーぞ」
「そのセリフそのまま返すッスよ」
ニヤリと笑う両者。
ここまでは互角──……。
だが、この男──剣聖オーディは一筋縄ではいかない。
たしかに、模擬戦ということもあり両者ともに十全な力を出しているとは言い難いが、それでも脅威たる!
「やるっすね、オーさん……」
「だ・か・ら・オーさん言うなっつってんだろぉおお!!」
むん!!
バリバリバリと、衣服を胸筋で突き破るオーディ。
獰猛な気配を隠しもせず、筋肉とともにはじけ飛んだ刀を空中で掴むと鞘ごとヴァンプに叩きつけた。
「動きが雑になってきたっすよ!! そこぉ!!」
ヴァンプも少々本気の動き、
力も実はかなりあるものの、斥候という職業から逸脱する力を見せれば勇者パーティに怪しまれると思いそれを封印。
代わりに、目にもとまらぬ体捌きとフットワークを生かして、オーディの攻撃をことごとくかわす。
そして、足場の悪い船の上を縦横無尽に動き回りオーディを翻弄する。
「この! 逃げるなッ!」
ゴパァァン!! ズドォォン!!
木箱や樽がオーディの一撃で破壊され、木くずが舞う。その中を同じくらい軽やかにヴァンプは動いていた。
破片と同じ軌道ですべてを躱し、マストに手をかけ、ポールを利用するのようにスルスルと上に上ったかと思えば、欄干を蹴って追ってきたオーディの一撃をメインマストの帆を盾にして躱す。
ガスっ!! と彼の剣が帆に食い込んだところに足をかけて動きを封じると、
「空中戦の基本が三点支持っすよ!!」
ゴキィ!! と、オーディの意識を奪うように顎を蹴り上げる。
だが!!
「うがッッ!!」
「な?! これでも意識があるとか────頑丈っすね!!」
驚いたヴァンプ。
そして、オーディは捨て身の一撃と言わんばかりに、
「取った!」
「ちぃ!!」
蹴り上げたヴァンプの足をガシリと掴む!
そして、
「貰ったぁぁああああ!!」
ブンッッと振り子のように振り回すと、甲板に叩きつけんとして思いっきり振り落とす!!
「ヴァンプ!!」
「いやぁぁぁ!」
「く────風よ……」
ナナミたちが目を閉じ、
サオリが思わず魔法で助けようとするも、ヴァンプはニヤリと笑っていた。
「オーさん、雑だって言ったスよね?」
「なに──……あ!?」
叩きつけようとしたヴァンプの持っていたもの────……ロープ?
「メインマストの予備っすよ!!」
現在展開中のメインマストのさらに上。
敵の攻撃などによる破損から、素早く速力を確保するため、二重に備えられている帆だった。
普段はマストの上部に固縛されているのだが────……。
「い、いつのまに──」
「最初から……ス」
ハッ! と気づいたオーディが目にしたもの。
そこには、乱戦のさなかオーディが弾いたヴァンプの暗器がいくつも突き刺さり、固縛ロープの大半を切り裂いていた。
そして残るロープはあと一本で──……。
ヴぁ、
「ヴァンプぅぅぅぅぅぅううううううう!!」
シュルシュルシュルルルルルル…………────ボンッ!!
「うぉ!!」
風を受けて、予備のマストが一気に膨らむ!!
そこにオーディの無防備な体があり────……。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!」
「海に落ちるのは、場外ってことでいいっス?」
ヴァンプぅぅぅぅうううううううう!!
マストに煽られたオーディが、トランポリンで跳ねるように風と帆の反発力でポーーーーーーン! と空高く舞い上がっていった。
「あっはっはー……たーまやーッス」
「覚えてろぉぉぉぉぉおおおおお!」
そのまま、ヒューーーーーーンと、飛んでいき、ドッパァァッァァァアアアン!! と激しく水飛沫を上げて海に落ちたオーディ。
それをさわやかな笑みで見送りつつ、ヴァンプは掴んでいたロープのしなりのままギュンと体を浮かせて隣のマストの見張り台の上に華麗に着地した。
「ヴァンプー! すごいすごい!!」
「あぅ~……♪」
「惚れなおしたわー!」
黄色い声援をキャイキャイ送られにこやかな笑みを返すヴァンプ。
そして、見張り台に誰もいないこといいことに、
「黄色い声援送ってんじゃねーぞ、くそメス豚ども」
と、表情をセリフが全然あっていない。
眼下の甲板ではナナミたちが大騒ぎ。
船員たちは散らばった甲板を片付けるものや、賭けに負けて悔し涙を浮かべているもの。
士官が檄を飛ばして仕事に戻らせているなど、中々盛況だ。
「ふー……いい汗かいたッスね」
ストンと見張り台の手すりに腰掛けると、ヴァンプはのんびりとした雰囲気で、懐の手紙を取り出す。
それは、先日届いたばかりの魔王からの命令書だった。
現在の魔王軍の近況も、簡単にではあるが書いてあるらしい。
もちろん、命令を起草したのは魔王とシェイラ。
そして、情報を精査し添付するのは情報部の仕事なのだろう。
簡単な命令書と、
緻密に書き込まれた文字と地図の一覧が、実に対照的であった。
それをナナミたちに気づかれない様にそっと確認する。
ちなみに休暇許可については何も書かれていない。
「────任務継続。……っと何々? なんだこりゃ暗号かな?」
まるで殴り書きのように、書いてある命令文。
これは新暗号だろうか?
ヴァンプは何度となく読んで意味を理解しようとする。
隠し持っている暗号書とも照合。
「うーん?…………現命令の順守──追加命令。「女に隙があったらさっさと殺せ」って???」
んー??
女に隙なんてあったっけ?
ナナミ最強。
クリスティ強敵。
サオリ狂人。
「隙なんかねぇよ……」
あったら殺しとるわぃ。
「ったく……。ん? これは──」
命令書の羊皮紙には殴り書きをしたせいで、元の分が透けて見える。
「なになにー……え~っと、」
『何を女3人とイチャイチャしとんねん!!──うらやまし……あ、げふん!! さっさと、殺して戦力を削れ? 女3人隙だらけやっちゅうねん!!』
と、書かれているが……う~ん?????
なぜか、病院の香りがする命令書。
ヴァンプには状況が全く見えない。
まさか、魔王様が病院にいるわけでもあるまいし──……。
筆談をしながら書いたわけでもあるまいし……。
「手の込んだ悪戯かね?」
まぁいいや。紙のリサイクルってとこだろう。
それよりも……。
え~っと、
つまり、追加命令は二つ。
現命令
〇 いかなる理由があっても勇者パーティのメンバーであると偽れ
〇 例え、魔王軍と戦うことがあっても味方と思うな、勇者に協力し信用を獲得せよ
〇 ホウレンソウ《報告・連絡・相談》を確実に実施せよ
〇 勇者を確実に殺せる隙があれば殺せ────
〇 敵の弱点を最大限に利用せよ
追加命令
〇 女に隙があったら殺せ
〇 変なものをいきなり送るな
「…………4番目の命令と被ってないかこれ? まぁ、魔王軍の正式命令だし、何か意味があるのだろうけど──女ねぇ……?」
チラリと見張り台から見下ろすヴァンプ。
未だキャーキャー言ってる女3人。
勇者ナナミ
大僧正クリスティ
魔術師長サオリ
うん。やっぱり────。
「……………………どこに隙があるねん?」
いや、下手すると殺されますよ??
…………え、死ねって??
「つーか、魔王軍、なんで壊滅状態なんだ?」
ヴァンプは添付書類を矯めつ眇めつ確認して、首をかしげる。
つい先日、再建のめどが立ったとか言ってたような気がするけど────…………。
「きゃー!! ヴァンプ!!」
「あ、あれ、やばいよ! ど、どーしよ?!」
「ちょ、マジ? え、うそ! 泳げないの?!」
んだよ、うるせーなぁ……。
ヴァンプはいまだ騒ぎ続ける女どもを鬱陶しそうに見下ろし、手紙を畳んで懐に隠す。
すると──。
「ありゃ?」
女3人は、ヴァンプではなく、海を盛んに指さしている。
それに船員たちも、
「や、やばいぞ!! 救命胴衣は?」
「き、着てませんよ!! それより短艇を!!」
「おーい!! 船を寄せろぉぉぉおお!! 急げぇぇえ!」
え……?
なんぞ?
「あ、ヴァンプ!! まずいの! あぶないの!! オーディが!」
オーさん?
ナナミが泣きそうな顔でヴァンプを見上げる。
相変わらずきれいな瞳だが、コイツは勇者。魔族の天敵──……。
「オーディがおぼれそうなのー!!」
は?
「オーディは泳げないのよ!!」
んな?!
「誰か! 誰か助けにいってぇっぇええ!」
ナナミたちの悲鳴が響く中、ヴァンプは冷や汗ダラダラだった。




