第37話「病室ではお静かに(後編)」
──証拠は全て消し飛びましたゆえ。
ニッコリ……。
とてもいい顔で笑うシェイラさん。
指さす先はICUの窓から見える魔王城の成れの果て───。
「あ、なーるほど……………………って、ばかーーーーーー!!」
確かに、魔王城が吹っ飛んだので、証拠となる書類も何もかもが消し飛んだ。
だけど、そうなるとネチッこく、口頭諮問となることは避けられない……。
「もう駄目だ…………。どうしよう」
外も中も敵だらけ。
魔王様、超辛い…… 。
「と、とりあえずできる事をしよう。な、なんとか、戦力を整えねば」
「え?」
これには驚いたシェイラがビックリ。
「まだやるんですか?」
「いや、「え?」、「まだやるんですか?」ってオマエな……。ここで諦めたら魔族終了だよ?」
「…………それしかないのでは?」
はぃ?
「いや、だって、どーすんの? もう兵を集めようにも、死にかけの重傷者しかいないんですけど」
「ぐ…………」
正論過ぎる正論に、言葉のない魔王であったが、
「───な、ならば、野戦病院の治療体制を万全にし、回復した者から戦力化を図ろう! それしかない!!」
「いや、無理ですって。体は治っても───心がね……」
「こ、心だぁ?」
魔王には何のことだかわからない。
「…………戦闘ストレス反応ってわかります?」
───えっと、
「シェイラ・ショック?」
「シェル・ショック!!」
すかさず訂正。
シェイラさんマジ切れ……。
「…………あ、はい。シェル・ショックっすね。知ってる知ってる……───いえ、なんですか、それ?」
顔中に青筋を立てたシェイラを何とか宥めつつ、詳細を聞く魔王。
「ふーふー……。ちッ───要するに、戦闘時のストレスで戦えなくなった兵士のことですよ。今入院中の兵士はほぼ全員が心に傷を負っています。ちょっとした音でも過剰に反応してパニックを起こすため、兵士として使い物にならないんです」
な、なんと?!
「ふ、ふがいない!! なんと不甲斐ない兵士であるか!! そんなものは仮病だ仮病!」
「いや、ちゃんと医者が調査と診断してますから……」
シェイラは呆れて言うが、魔王は古いタイプの考え方の持ち主らしく、最近の軍事研究にはとんと疎い。
「ええぃ、馬鹿者! 何が心の傷じゃ! そんなもんは気合が足りんからじゃー! その兵士どもはワシ自ら督戦してくれるわ。なーにがシェル・ショックだ!」
ふーふー! と荒い息をつく魔王。
何と言ってわからせようかシェイラが悩んでいると───。
バターン!
「ぎゃああああああああああ!」
「ひぇっぇええええええええ!」
魔王もシェイラも突如の大きな音に飛び上がる。
「ば、ばばばばば、爆発するぅ!!」
「逃げて、逃げてぇぇぇエええ!!」
魔王は布団をかぶってブルブルと、
シェイラは床で丸くなり、虚ろな表情でブツブツと、
「あ、あのー……」
ドアを開けて入ってきたのはいつもの少女。
そして、布団にもぐる魔王と床に伏せるシェイラをみて、実に不思議そうな顔の少女。
二人の様子をみた少女は、
「お、お医者様をお呼びしましょうか……?」
そこで、ようやく我に返った二人。
魔王は素早く、容疑を正すとピシリとベッドに腰かける。
まさに魔王ここにあり気と───。
「………………何ようか? 少女よ───」
威厳タップリに鷹揚に頷く魔王。
そして、
「───いや、お前もシェル・ショックやん!」
「ちゃ、ちゃうわ! お前と一緒にすんなし!!」
再びギャーギャー騒ぎ出した二人に、苦笑いを隠せない少女。
「え~っと……魔王様あての封書とお荷物が届きましたよ?」
そういって、盆に封書を乗せて恭しく差し出してきた。
「へ? ワシあて? 誰から───?」
トンと身に覚えのない魔王はシェイラと顔を見合わせる。
「えっと、封書は隠密のヴァイパー様から、お見舞い品は会計監査局からですね」
ッ!!
ガタンと音を立てて飛びのくシェイラ。
「会計監査局ですってッ?!」
魔王もケガを押して後退り。
「ヴァイパーじゃと?!」
封蝋から宛名を読み取ったらしい少女は全然気にした風もなく、その封書を無造作に魔王に差し出した。
「ちょ、ちょ、ちょちょちょ!! ヴ、ヴァイパーからだと? シェイラぁぁあ!」
「か、かかかかっか、会計監査局がここまで? うっそ、証拠なんてどこにも、あわわわわわ!!」
二人して大パニック。
シェイラは顔中から脂汗をダラダラと零し、
魔王は布団を跳ねのけ臨戦態勢。
「…………………っていうか、シェイラ。おまッ、なんで会計監査にビビってんだよ!」
「び、ビビッてねーし! ビビってねーわ!! お、おおおお、お前こそ、ヴァイパーにビビり過ぎぃ!!」
「ビビッてないわ!! ほら、ビビッて無いからッ!」
シュッシュ! とシャドーボクシングを始める魔王。
誰がどう見ても強がりである。
しかし、魔王の懸念ももっとも、
「───えっと、どうしますか? 手紙も見舞い品も、どちらも下げますか?」
少女は状況が分からずキョトンとして首を傾げる。
「しぇ、シェイラ───この封書どう思う? あ、ああああ、開けていいかな?」
「いやいやいや、私に聞かないでくださいよ!! まだ、誰もチェックしてない封書ですよ、これ!!」
「「───と、ということは……」」
二人は思い出す。
先日のヴァイパー・ショックを。
いや、正確には緊急連絡型爆弾のことを……。
あぁ……。
フラッシュバックするあの光景。あの悪夢。
コロンと転がり出るキラキラと光る魔法結晶───……。
そして、全てを──────!!
「んっと~? 私が開けましょうかぁ?」
二人が何を逡巡しているか分からず、少女は無造作に封書を取り出すと、開封しようと───。
「「ひ、ひええええええええ!!」」
ヴァイパーから届く封書の危険性を知っている二人は大パニック。
「ま、待て!! ストップ! タンマ! ぐ、ぐぐぐぐ、軍を! 軍の爆発物処理班を!! はやーーーーーく!!」
「ぐ、軍は壊滅したって言ったでしょ?! あ、でも、民間ならまだ───りょ、了解! し、至急応援を!! め、めめめ、メディィィイイック」
いや、衛生兵呼んでどないすんねん……。
しかし、動揺している二人はもう何もわかっていない。
目玉をグルグルまわして右往左往……。
わーわー!
ぎゃーぎゃー!
魔王軍トップの二人が右往左往……。
「あ、っていうか、ちょ、ちょっとアンタ! その封書を早く床に置きなさい!! はやーーーーく!!」
応援より先にまずは直接対処!!
シェイラは泡を食いながらも、少女から封書を離そうとする。
ついでに言えば逃げたい───超逃げたい……。
「え? 床だと汚れますよ? まず、中身だけ先に出しちゃいますね」
そういうと、無造作に書類を取り出す少女。
そして、中身を手元に、空の封筒は言われた通りに床へ…………───って、
「違う違う! 違う違う違う違う違ーーーーう! そうじゃない、そうじゃないからぁ!!」
「ば、ばかーーーーー! なに勝手に開けてんの?! バカなの? 死ぬの? て、撤退ッ、てったぁぁあい!」
だから、どこに撤退すんねん……。
「んにゅ…………? 変なお二人。───はい、どーぞ」
ビリビリと封を破って、可愛らしくニコリとほほ笑む少女。
そして、綺麗に折りたたまれた数枚の封書をそのまま差し出した。
「う」
「お?」
しかし、無造作に渡されたものは通常の形式の書類のみ。
タイトルからして、先の報告書の追記分らしい。
たしか至急伝には違いないが、中身は本当に本当の書類のみだった。
……間違っても変にキラキラする魔法結晶などは入っていない。
「──────しょ、書類のみ?」
「そ、そのようですね……」
ダーラダラと、冷や汗だか脂汗だかを流した二人。
一礼して去っていく少女から書類とお土産を受け取ると、バックンバックンと鳴りまくる心臓を押さえる。
「まったくヴァイパーの奴……! 驚かせおってからに」
「もう、アイツ解雇にしましょうよー」
いや、ほんと。
もう、それしかない気がする……。
そして、愚痴りながらもシェイラは書類を受け取るとガサガサと広げる。
つらつらと文面を目で追い一通り文面を読み終えると───。
ふっ、と自嘲気味に笑う。
「ん? どうした? 何が書いてあった?」
「あー………………」
笑っているのか、泣いているのか微妙な顔をしているシェイラ。
その様子を訝しがった魔王。
そこに、
「いいお知らせと、悪いお知らせがあります」
「え゛? また!?」
ニッコリ。
「どっちを聞きますか? ちなみにどっちも同じです」
「へ?」
良いも悪いも、どっちも同じ話ッて───……?
「………………魔王軍、終了のお知らせです」