第2話 十六夜の夜。流星群。
「なー、お前ぶっちゃけどう思うよ、あの先生、、」
食堂の壁際の2人席で中西はハンバーガーをほうむりながら俺に突然言った。中西は常に課題に追われているため、当然飯に時間はかけられない。
そのため昨日までは昼休みが始まると俺と走って食堂に来て、ほとんど話をせずさっと食べて混み始める前に食事を済ましてしまうのだ。しかし、そんな中西から今日は雑談をぶち込んできたのだ。
「まー、なんか怖いけど、それでもあの先生についてけば多分明るい将来は保証されてるよな。」
「いやでも俺なんかたった半日で1度死にかけたんだぜ? いったい卒業までに何回死ぬんだよ」
「まあ、少なくとも死ぬのは0か1のいずれかだよ」
「おいおい? 何正論ぶっこんでんだよ優等生アピールか、おい?」
「うっせーよ、早く食えよ。今日の4時までに提出の課題終わってねーんだろ」
「ぎっ、うるっせーな」
その後もしばらくあの先生について話していた結果いつもは10分ほどで終わる食事が20分近くかかってしまった。
無駄な時間と言えばそれまでだがらまあそれも友情というものだろう。
と、まあのんきに語っているのだが、次の授業は魔法学。初めての月城先生の授業なので緊張を隠せないというのも本音だ。
さすがに今朝、親友が凍らされかけたのだから居眠りしたら死ぬんじゃないかとか色々考えてしまう。俺たちは食堂を出たのち、教室に向かった。教室で行うということは魔法を扱った派手な戦闘訓練とかというよりは座学メインの授業だろうから、さらに眠気が心配だ。
実を言えばこの学校に入ってから1週間、慣れない寮という環境にプラスしてまだ本格的な授業に入っていないにも関わらず、大量の課題に追われ、寝不足の日々が続いている。
さらに昼飯直後。学生の鬼門とも言える時間である。あの目が押しつぶされるかのような感触。さらに悔しいのはあそこで寝ても罪悪感に責められ全く気持ちよくないのだ。負しかないのだ。
そして、5限。魔法学in教室
「えー、では今日から魔法学全般を担当します。改めて月城です。よろしく。あ、あと朝言ってなかったんだけども魔学名はペサディージャ。まあ、呼びにくいから月城先生と呼んでくれて構いません。えー、では授業始めます。」
結局先生は自身の体験を交えつつとてもおもしろい講義ではあったが特にカリキュラムから逸れることもなく50分授業の最初の30分を経過させた。
しかし本来50分で終わらす教科書一節分を30分で教え終えたのだからこの先生の教師としての実力も伝わってきた。いかに大魔導士であっても教えるのが上手いとは限らない。
おそらく引退してから今日までに教師としての実力も組み上げてきたのだろう。そう考えるとこの人には大魔術師としてではなく、人として頭が下がる。
「んー、まだ20分もありますねー。まあ、卒業する頃にはこの2組の40人で学年200人中上位40位を奪い取ってほしいのでここからは特別授業に入ります。ちなみに毎回授業の半分はカリキュラム外のことをしようと思うので必然的に君達は他クラスの2倍のスキルを持つことになると思います。」
ん?この人さらっと怖いこと言ってるぞ?2倍のこと授業でするってことはそれはもう予習復習も課題も2倍になるってことだよな、アホなんじゃないかこの人。そんな考えがクラスメイトの脳裏に浮かび、みんなの表情が曇っていたが、先生はさらに話すのを続けた。
「あ、あと特別授業の方は予習復習しないとお話にならないからな、君たちの授業時間外の作業量は4から5倍になるだろが、将来のためと思って我慢してくれ。その先に必ず栄光が待っている」
ん?なんかいい言葉風にすごい怖いこと言ってるぞこの人。不安というより恐怖に対しての表情となってきた一同だったが、そこで最前列ど真ん中の超絶優等生「一条英治」が立ち上がり先生に質問を始めた。
「先生。将来に役立つといいますが具体的に何をするのでしょう。単なる魔力のパワーアップや余計な知識を無理やりつけることは将来への戦力になるかは人それぞれ。それを強制してやらすことに意味はあまりないように思えますが」
この低音の声。さらに常に俺たちクラスメイトとのことを考えているイケメンで文句のもの字も出ない。
「残念ながら僕の特別授業はそんなチンケなものじゃありません。これから3年間で君たちにはたくさんの技術。まあいわゆる技を覚えてもらおうと思います。」
それについですぐに一条が反乱を加えた。
「待ってください先生、魔法技なら通常のカリキュラムだけでも3年間で90も覚えます。これ以上無駄な習得は必要ありません」
「社会に出れば分かる。90では足りないんだよ、、選択肢が。思わぬ脅威に遭遇した時、選択肢90はあまりにも少なすぎるんだ…」
「だからと言ってここで潰すんですか? 大切な未来の人類の希望を。どう考えても追加課題など不可能です。」
その言葉を聞いて月城先生の表情が朝の中西を咎めた際のものに変わった。やばい…一条が殺される。そんな不安が募る中で月城先生は先ほどとは明らかに違うドス黒い声でこう言った。
「40パーセントだ。40パーセントの魔法使いが社会に出て最初の3年の見習い期の内に復帰不可能なレベルの怪我を負う。今の日本は表沙汰にこそなっていないが内乱状態だ。俺の学生時代の友人だって半分近くはすでにこの魔法世界にいない。俺はお前たちに…! 死んでほしくないんだ…!」
月城先生の完璧な返答に一条は言葉がつまった。しかし、一条が苦し紛れの返答を続ける。
「わかりました。とりあえず信じてみます。しかしこの特別授業によるメリットよりデメリットが多いと感じた場合は校内裁判を先生に対して起こします。」
「ならない。」
「そんなことは…!」
「国の5本指の1人が言ってるんだ。90の魔法では生き抜くことはできない。どうして俺が3年かけて育てる生徒たちがクズどもに殺されなきゃいけないんだ」
何故だか恐怖に満ちていたみんなの顔がなくなっていた。不安が残るのは当然だがみんな嫌悪感に満ちた顔はしていなかった。むしろ何か尊いものを見るかのような目に変わっていた。
まあ、つまるところが結局俺たちの代表は先生を認めざるを得ず、俺たちは授業は受けざるを得ないということだ。
「それでは今日はあとの15分を使って次回から3.4回に分けて君たちに習得してもらうスモークのやり方を教える。これはカリキュラム外だから細かいロジックは教えない。その習得の仕方だけだ。通常の授業の倍速で進むと思え。ちゃんとついてこいよ」
結局今回はただでさえ早すぎると思っていた先生の授業が言葉通り倍速で進み、わずか20分でスモークという技の概要、習得の大まかなやり方を僕たちに教えあげた。技の概要だけ簡単に説明すると、用途としては仲間の回復や撤退など、実力がない僕たち向け。
つまるところ弱者向けの技で、あたりに濃い煙を撒き散らかし相手を錯乱する系統の技のもっともと簡単なものだった。そして、気になる課題はなんと次回までにごく少量でもスモークを出せるようにしてくること。さらになんと次回の魔法学は明日。
どうやら今夜は眠れなさそうだ。
時計の針は午後7時30分を指している。学校から帰ってご飯をさっと済ませた俺は1年生寮にほど近い初心忘れべからず公園というふざけた名前の公園に来ていた。
御察しの人は多いと思うがこの公園や1から3年生の寮も学校の敷地内であり、もっと言えばこの敷地内にはコンビニやスーパー。ボーリングやカラオケまで多くのものが揃っている。そのかわりに敷地外への外出は許可制となっている。
なぜ許可制かと言われると理由は簡単、我々魔法生徒は将来的に国の護衛の職につくものがほとんどであるためひとたび、外出すればどこで反政府組織から攻撃を受けるか分かったものではないためだ。
初心忘れべからず公園にはやはりちらほらと人影が見える。今宵は限りなく満月に近い十六夜の月だった。円と僅かに違うその天体から反射される光が街頭とともに辺りを照らした。
この公園は寮から近いため魔法の試し撃ちや明日の魔法学の授業の予習などをしに常にちらほらと人がいる。そしてその中には当然見慣れた顔もいる。そう中西だ。もう察してたと思うけど中西だ。なんでこいついつも俺のいく先にいんだよ中西。まるで俺に友達が中西しかいないみたいじゃねーか。まあ、ともかく中西だ。
こちらから声をかけようとしたが、チラッと目があった瞬間に向こうから大声で遠くの俺に話しかけてきた。
「おーーーい!ディアーブルー!お前も魔法の練習かよ?」
「だからいつも通り秋月って呼んでくれっば」
「へへ、やっぱ新しい名前は読んでみたくなるじゃねえかよ、」
「んで、お前できたのかよ?スモーク」
「おう!ばっちしよ見てな!」
そういうと、中西は「うぅぅん」と唸りながら両手のひらを強くにぎり始めた。1分ほどたっただろうか、そろそろ見飽きてきたところで中西は突如ぽっと、手を開けた。
するとそこからは微々たるものではあるが煙が沸いていた。スモークというあたり全身を覆い隠す技には程遠いがそれでもまだ煙を出すことすらできない俺からしたらそれは十分にすごいものだった。
「おいおいすげーじゃねーか中西、俺にも教えてくれよ」
「しゃーーねえなーーー、明日の昼飯はお前のおごりだぜ?」
「はいはい、どうぜ300円のハンバーガーセットだろ?そんくらいいいよいいよ」
「うっしゃーー、んじゃ、まずは念を一点に集めてイメージを膨らましながら、、、、」
中西の説明は学校の先生たちに比べてはるかに下手くそで、分かりづらかった。でも、それでも俺にはそれが分かりやすく感じた。それはおそらく俺と中西が言葉だけじゃなく、動作や表情からも会話をすることに慣れているからだろう。
時計の針は気づけば10時30分を指していた。いつも10時を超えると公園にはほとんど人がいなくなるのなら今日はいっこうに減らなかった。いや、というよりは増え続けていた。対照的にさきほどまで魔法の練習をしていた人々はいつのまにか寮に帰り、あたりはカップルや仲のいい陽キャの雰囲気を醸し出すグループばかりになっていた。
「なあ中西今日ってなんかあるのか?なんでこんなにいっぱい人いんだよ」
「は?!お前知らないの?」
「なんだよ」
「今日は23年ぶりにグラシアス流星群が流れる日だろ?ニュース見とけよな」
「あー、なんか言ってたなそうえば。こんなとこからでも見えんのかよ」
「見えるからこんだけ人が来てんだろ?知らねーけど」
結局俺たちはその日、時計の針が翌日に回るまで夜空を見上げ続けた。それでも見えるのは十六夜の月だけで時間だけが流れて星なんて流れなかった。観測予定時刻も終わりにかかり半分ほどの人が寮に帰り始めた中、まだ粘る俺と中西だったが中西がふーっと一息ついたあと俺の方を見ずに空を向いたままこう言った。
「なあ、秋月。絶対卒業しような」
「なんだよ急に。頭は前だろ」
俺は少し笑って返した。
「それが美穂への償いになるのかな」
美穂。その名前を聞き笑えなくなってしまった。そして気付くと俺の頰には自然と涙がこぼれ落ちていた。視界もぼやけてきた。
「お、おい、その話はなしだろ中西」
涙は止まらない。あたり一帯が暗いせいか中西以外の人はおそらくだれも気づいていなかっただろう。
「俺たち逃げてきたのかな。美穂の死から」
いつもはふざけた中西のその言葉に再び涙が溢れ出す。そう俺たちは元々3人だった。気づいた時にはすでに消えていた儚い小さな命。それが月野和美穂。この話はこの物語には悲しいことに全くと言っていいほど関係ない。だからわざわざ悲しい記憶を掘り返すようなことはしない。
それでも俺たちは逃げてはいけない。彼女の死から俺たちは様々なことを学ばなければいけない。それでも俺たちはまだ学びの場に立つことはできていない。この学校は入学も大変だが卒業はもっと厳しいものだ。そしてこの学校を卒業し、一人前の魔法使いになった時、俺たちは初めて美穂の死へと向かえるのかもしれない。俺たちはお互いの顔を一度見合った後、無言でスモークの練習を再開した。
不意に星が空を流れた気がした。
結局その日眠りについたのは時計の針が深夜の3時を指すころだった。
月城十六夜。彼はその一部始終を見ていた。
「月野和美穂。随分と懐かしい名前だな。」
そうそっと呟いた彼は夜の闇に消え、教師寮へと戻っていった。彼がこの場に居合わせたのは決して偶然じゃない。俺と中西。さらに月城先生。そして、今は亡き月野和美穂。4つの魂の灯火の物語がこれから始まる。その先に待つのは悲しき愛の物語か。伝説と言われし魔術師の物語か。学園を舞台にされる友情の物語か。それとも……