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その4

「おつかれ〜」とガシャガシャという感じで大路くんは帰ってくる。別にいろいろ持っている訳じゃないんだけど、大路くんにはスマートというようなイメージがない。 いつもガシャガシャてるという感じ。今もデスクの上でガシャガシャもがいているような感じ。



 私はしずかーにお茶を出して上げた。別にこんな事をする必要もないんだけど。

「ああ、ありがとう」大路くんは紙コップを受け取ると、書類が満載になっているデスクの端っこに置いた。

「いつも遅いの?」

「仕事遅いし。それに売り上げあげないとね」



 それは早くバイク通勤を解禁してもらいたいからなのかな?



「そんなにバイク通勤したいの?」

「まあ、それもあるけど」大路くんは言った。「オレのせいでバイク通勤がダメになっちゃうのもヤじゃない?久住さんだって、いつかバイク乗りたいなんて言ってたでしょ」



 まあ、そんなことも言ったけど。そんなこと覚えていたんだ、この人は。



「だから早く解禁(かいきん)させないとね」

 と、電話が鳴った。

 大路くんが電話に出た。はい、お世話になっています、私ですが、なんて喋っているのを聞くと、取引先の誰かみたい。

 私はしずかーに自分のデスクに戻ろうとした。私も残業があるから早く終わりにしないと。それに届け物もしないといけないし。それに大路くんと居ると会話に詰まるのよね。



 別に無理に会話しなくてもいいんだけど。



「申し訳ございません」と、電話中の大路くんが大声出して誰もいないデスクに向かって謝っている。また何かやってしまったのかな?

「今すぐに届けに参ります」さんざん謝ってから大路くんは電話を切った。そして急いで上着を着ている

「どうしたの?」

「いや、契約書届けるの忘れてた」



 あら。

 どこかであったようなシチュエーション。



「私と一緒だね」私も同じく届け物がある。先方の都合でちょっと遅くなるという話だから、会社で時間をつぶしている。「場所は?」

「新宿に八時」

 場所も一緒。でも、新橋から新宿に行くのなら、地下鉄銀座線で赤坂見附で丸の内線に乗り換えるのが一番最短だと思う。それ以外はJRで東京駅まで行って中央線快速に乗る方法。

「間に合うの?」今がちょうど七時半。かなりギリギリのライン。

「久住さんのもついでに届けようか?」

 この人はいつもこういう感じ。自分のことよりも人のことに気が行ってしまう。

 だけど後回しにする自分のことで損をしていると思うのは私だけだろうか。




「そんなことより自分の方は時間大丈夫なの?」

「間に合うさ、バイクだから」

「え?」バイクって。「禁止されてるっていったじゃない?」

「だからみんなには内緒だよ」大路くんは口に手を当ててシーをして、大路くんはオフィスを出た。

「ちょ、ちょっと待ってよ」私は大路くんを追いかけた。

「部長からバイク禁止って言われてるでしょ」と、大路くんの背中に向かって言った。

「だからみんなには内緒だって」大路くんの背中が言った。「でも男の連中はみんな知っているよ」そんなことも言った。

 大路くんの足が止まった。彼のそばにバイクが見える。

「これ?」追いついた。「大路くんのバイク?」

「そうだよ。250TRって知らない?」

 あいにくだけど、私はバイクのことはさっぱり判らない。後で聞いた話なんだけど、このバイクは昔風のデザインで、今の流行りなんだそうだ。

 何かすっきりしたデザインがちょっと大路くんとはイメージが違う感じがする。かといって、大路くんが乗っているバイクがどんな感じと聞かれてもイメージが出てこない。




 大路くんがバイクにまたがった。キーを入れてエンジンをかけた。音がちょっと古い感じがする。

「じゃ、オレ届けて直帰(ちょっき)するから」大路くんはヘルメットを被った。

 もう「存在感の少ない大路くん」じゃなくて完全なライダーだ。

「危ないよ。また事故るよ」エンジンの音に負けないくらいに大声で言った。

「大丈夫だよ。今日は雨降ってないし」



 そういう問題じゃなくて。なんか、嫌な予感がするの。私が会社に残って、大路くんがバイクで出ていくって、この前のシチュエーションと全く一緒じゃない。



「行っちゃダメ」

 なんでそんなことをしたのか判らない。でも私はバイクの前に立ちはだかって、両手でハンドルを押さえていた。

「久住さん、本当に遅れちゃうだろ?」バイカーの大路くんが言った。

「じゃあ、私も乗っけていって」いつか言った言葉をまた私は言った。「私の届け物も新宿だから乗っけて」私の方はちょっとだけ時間に余裕がある。

「なに言ってんだよ」大路くんは言った。「ノーヘルじゃ捕まっちゃうし、それにオレはバイクの後ろに誰も乗っけないんだ」

「新宿に届け物がある私でも?」

「久住さんでも」ヘルメット姿の大路君は以外に頑固だった。

「乗っけてくれるまで、ここを退かないって言ったら?」

「冗談は止めてくれよ」ヘルメットの奥の大路くんが困っている。「本当に遅れちゃうよ」

「冗談じゃなくて、言ってくれる?」



 私は、どうしてこんな事を言っているのか判らない。どうしてこの人にこんな事をしているのか私は判らない。



「早く久住さんの届け物持ってきてよ、遅れちゃうよ」

「後ろに乗っけてくれたら、持ってくる」私は言った。「そしたら退()くから」

 しばらく大路くんは黙っていた。私と大路くんの間にはエンジンの音しか聞こえなかった。

「わかった」大路くんは言った。

「でも、今日はダメだよ。マジでヘルメットないし、後ろに乗っける人にケガしてほしくないからさ」

 大路くんも混乱しているのかも知れない。私の行動に。

 今までほとんど話をしたことがない私にこんな事をされて。

 でも一番混乱しているのは私。

 ただ、この人にもうケガをしてもらいたくなかった。目立たない静かな人の良い、彼の唯一の楽しみのバイクで事故を起こして欲しくなかった。

 ただ、それだけだった。



 私は何も言わないでオフィスに駆け上がって書類を持ってきた。別に時間があるから自分で電車に乗って届けても良かった。だけど大路くんに頼むことにした。

 同じ事は二度も起こらない。

 だから私は彼に大事な書類を託した。彼は前もキチンと書類を届けてくれたから、きっと今回も届けてくれるはず。

「届け終わったら電話くれる?」私は彼に言った。「会社で待っているから」

「判った」大路くんは頷いた。「途中で電話かけないでくれる?バイクだと出るの大変だからさ。届けたら必ず電話するよ」

 私はバイクの前から退()いた。

 大路くんは私の方をチラ見して大きな音を立てて走っていった。夜になった新橋の町の中を大路くんのバイクの赤いランプが小さくなっていく。

 バイクに乗った大路くん。それはおにぎりをもそもそ食べていたり、がしゃがしゃしている、もさっとした大路くんじゃなかった。

 風みたい。

 大路くんは風みたいだった。

 バイクが見えなくなると、私はオフィスに戻った。誰もいないオフィス。

 この前と一緒。

 だけど、今日は連ドラもない。雨も降っていない。

 きっとかかってくる。

 風になった大路くんからの電話が。

読了ありがとうございました。

姉妹作「きこりの王子さま」もよろしくお願いします。

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