その3
静かなお昼の時間。
私と大路くん。隣り合ってコンビニのおにぎりをもしょもしょ食べている。気まずいわけじゃないんだけど、なんか会話がない。
大路くんがチョイスしたおにぎりは「おかか」とか「うめぼし」とか基本的なおにぎりだった。
私がもらったのが「おかか」と「うめぼし」。他がどんなチョイスだったのかもう判らない。私が全部むいてしまったからみんなおんなじおにぎりになっちゃった。
「あの」仕方なくじゃないんだけど、私は喋った。「痛かった?」
「へっ?何が?」
「骨折」にぶい男だなあ、この人は。
「いや、そんなでもなかったよ」と言った。
まったく。会話が続かない。
「ごめんね」
もう言ってしまった。
「あの、契約書届けに行ってくれなかったら、事故してなかったでしょ」
「そんなん。関係ないよ」おにぎりを食べながらもごもごと大路くんは言った。
「やっぱり雨の日に乗っちゃいけないんだね」などと他人事みたいに言った。
会話に詰まる。何を聞けばいいのかな?何を話せばいいのかな?
「そういえば、なんで大路くんの事をみんな名前で呼ぶの?」
女子社員でも大路くんの事は名前で呼ぶ人が多い。
「オレって、読み方が『おおじ』じゃない?発音が王子と一緒でしょ。お前は王子じゃないってみんな名前で呼ぶんだ。さすがに王子って名前の人はあんまりいないからね」
確かに大路くんはどうかんがえても王子様じゃないよね。発音も実は違うし。
「あのね」
「うん?」というような顔を大路くんはした。
「契約書、届けてくれたじゃない?」
「うん」
「あの時、私も一緒に行って直接届ければ良かったかなって今になって思ったりして」
大路くんはおにぎりを口にいれたまま不思議そうな顔をした。それからもごもごとおにぎりをかみながら、
「どうして?」と聞いてきた。
「大路くんのバイクの後ろに乗っていけば良かったかなって思ったりして。ほら、部長はいつも担当の人間が直接届けるのが礼儀だとか言っているじゃない?」
部長という生き物は、こういうところはたまに正論を言う。
「いや」大路くんはおにぎりを飲み込んでから言った。
「君を乗っけなくて良かったよ。そしたら君まで転んで腕折ってたかも知れないじゃないか。良かったよ、僕一人だけがケガして終わったんだから」
「でも」
「僕は自分のバイクの後ろには誰にも乗せたくないな。この間みたいにコケたら、後ろに乗せた人もケガさせちゃうじゃないか」
ま、そりゃそうなんだろうけど。
そういえば、この人は事故る前もこんなような事を言っていたっけ。
「じゃあ、彼女が居て、乗っけてって言っても乗せないの?」
「多分、乗せないと思うよ」
「なんで?」
「もし、転んだら、彼女までケガさえちゃうだろ。だから」
「バイクって危ないんだね」
「そんなこともないよ」大路くんは言った。「キモチいいよ。風を切るってああいうことをいいうんだろうね。イヤな事なんかみーんな吹き飛ばしてくれるような気分だよ」
バイクのことを話している大路くんは私が知っている大路くんじゃないように見えた。別の人。別の大路くん。でも、いつもの大路くんよりもちょっとだけ素敵に見えた。
「バイク好きなんだね」
という私の質問に、大路くんは、
「うん」という感じで頷いた。
「乗ってみたいなバイク」と私が言うと、大路くんは目を輝かせて、そしたらいいバイクショップを紹介しようかなどと言い出した。
そうじゃなくて、
バイクの免許なんて持ってないし、取るつもりもない。誰かの後ろに乗っけてほしいんだけど、という意味なんだけど。
一ヶ月が経った。
大路くんの腕からギプスが取れていた。もうすっかり治ったみたい。またバイク通勤をするのかな?
「匠、ちょっとこい」
と、大路くんは部長に呼ばれていた。なんだろう?また怒られるのかなとみんな思っていた。
「腕の方はいいのか?」
「はい、あと一週間もすればもとに戻ります」
「それは良かった」部長は言った。「治ったからってバイク通勤は禁止。お前はただでさえとろいんだから、今後仕事ではバイクを乗っちゃダメだ」
「そりゃないですよ部長!」大路くんには珍しく部長に反論した。そういえば社規には『バイク通勤禁止』とは書いてない。
「まあ、売り上げを上げたら考えてやらんこともないけどな」と言って部長は大路くんを下がらせた。
その日から大路くんの仕事が猛烈になった。
何が何でも売り上げを上げてやる。そんな感じだった。会社で姿を見ることが少なくなった。見るとすれば残業している時だけ。
この日、大路くんと鉢合わせになった。
私が残業をしていると、いつものように残業をする大路くんが帰ってきた所だった。
読了ありがとうございました。
まだ続きます