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その2

 次の日。

「バイクでコケた?」

「雨の日にバイク乗るなんてアホだよな」

 男子社員がそんな会話をしていた。

 誰の事だろう。

 そういえば大路くんの席が空っぽのままだ。

 まさか、と思うけど。

「匠はどうしたんだ?」とは部長の声。

「なんかここから帰る途中にバイクでこけたらしいっすよ」と答える男子社員。「右か左か判りませんけど手首を折ったみたいっすよ」と付け加えていた。



 腕折った?大路くんが?バイクでこけて?



 それっきり大路くんの会話はなくなった。部長は部長で帰宅途中の事故は労災になるのかならないのかを気にしていた。

 帰宅途中というか。一応仕事の途中なんだよね。

 でも、私は、

「久住、きちんと先方に契約書は届けてくれたらしいな」

 なんて部長に言われた。

 みんな真相は知らないみたい。契約書を届けたのは大路くんじゃなくて私になっている。

 大路くんは、自宅に帰る途中にバイクで転んでケガをした人になってしまった。

 どうしよう。

 すっかり「真相」を言うタイミングを亡くしてしまった。契約書が届いたからいいじゃないという問題じゃなくて、私が電車で届ければ済む話だった。

 それに私が行けなかった理由が「連ドラが見たい」だったというのが余計に話づらかった。



 この真相を知っているのは私一人。でも、さすがに罪悪感がなかったらマズイ。

 もし、私が連ドラを見ないできちんと契約書を届けに行っていれば、大路くんは腕を折らずに済んだかも知れない。

 今度、大路くんが出社してきたらどんな顔をすればいいんだろう?ちょっと今は想像ができない。




 次の週の月曜日。

 大路くんは何事もなかったみたい自分のデスクに座っていた。

 ただ、いつもと違ったのは右腕にギプスが巻いてあったこと。あとはいつもと一緒。

 私のことにも目もくれないで机に向かっているのも一緒。私は気になって仕方がなかった。

 大路くんの事が。

 別に大路くんの事が気になっているわけじゃないんだけど。




 大路くんが部長にチクらないかなっていうのが気になっているんだけど。大路くんは見事にいつも通りに仕事をしている。

 ためしに社内メールをしてみた。

『この間は、書類届けてくれてありがとう』

 打ってみて、おかしいなと思った。ありがとうはありがとうなんだけど、どういうありがとうなんだろう?

 私にとってはありがとうなんだけど、大路くんにとってはとんだ大迷惑なんだろうけど。

 ま、とにかく送信してみた。

 一時間経っても返信がこない。というより、メール気づいているのかな?メール送ってからチラチラ気にしてるんだけど、私の方も見ないし、なーんにもなかったみたいに仕事をしている。気がつかないのかな?おかげでこっちの仕事が進まないったらありゃしない。




 普通にお昼になった。

 私たち女子社員はコンビニでお弁当を買って日比谷公園や休憩室で食べたりする。男子社員は外回りに出ている人以外は普通は外食に行く。だから大路くんもいつも通りに外に食べにいくものだと思っていた。

 ところが、



「大路、お前メシは?」

「今日はこれ」と大路くんはコンビニの袋を出した。

「ああ、そうか」

「悪いね」

 と、判る人にしか判らないような会話をして男子社員は大路くんを残して外食に行ってしまった。


 なにがなんだか?


 と、大路くんを見るとコンビニの袋からおにぎりを出して、包装(ほうそう)を解くのに四苦八苦していた。

 そうか。左手しか使えないから(はし)なんかをつかう外食をやめて、コンビニのおにぎりにしたんだ。でも、利き腕が使えない大路くんはコンビニおにぎりを相手に苦戦していた。左手と口をつかって、おにぎりの包装を解いている姿はちょっとしたケモノみたい。



 でも、


 どうしたもんだろうか?



 大路くんは自分のデスクで一人、おにぎりをもしょもしょ食べている。たまにおにぎりが口じゃなくてほっぺたに当たったりしている。

 片手しか使えないって面倒くさそう。

 でも、片手にした原因の半分は私にあったりする。

 手伝ってあげたほうがいいのかな?

 でも、大路くんは私のことなんかすっかり忘れているみたい。



 契約書を届けてもらったことも、社内メールも、私のことも。へんに思い出されて契約書を担当者の私が届けなかったことを暴露されても困るし。

 そんなこと考えていたら、同僚からのお誘いがきて外食に行ってしまった私。

 左手でおにぎりと格闘している大路くんを残して。

 次の日もお昼の時間は当たり前だけど、いつものようにやってくる。

 今日も大路くんはコンビニおにぎり。また一人でもしょもしょ食べるのかな?



 さて、どうしようか。



「小春?今日なに食べよっか?」

 正午まであと10分になるといつもこんな会話をしている私たち。

「う〜ん」私は大路くんをチラ見した。とくに動きがない。男子社員も誘うような感じもない。やっぱり今日もコンビニかな?

「ゴメン、今日は作って来ちゃった」とっさにウソをついた。なんでこんなウソをついたのかわからないけど。

「珍しいこともあるんだね」

 なんて会話をしていると休憩時間になった。

 みんな外に散っていった。




 うまい具合というか、どうしたものか、オフィスには私と大路くんだけになってしまった。

 でも、大路くんの位置からは、私が見えない。ちょうど死角になっているから。大路くんはやっぱりコンビニ袋を出した。今日もおにぎりと戦っている。

 どうしようか。

 私は席を立って大路くんの真後ろに立って、包装がかかったままの大路くんのおにぎりをひっつかった。

「あ」大路くんは振り向いた。

 私は出来るだけ大路くんを見ないようにしておにぎりを()()()。というより、おにぎりを()()という作業に集中しようとした。

 手を伸ばしてまた一つまた一つと、私は大路くんのおにぎりを()()()、ビニールを下に敷いて大路くんのデスクに置いた。全部むき終わった。5個。この人、意外と食べるんだね。

「あの」何か言いづらそうに大路くんは私の方を向いた。「袋から出してくれて、ありがとうなんだけど」

 私は大路くんを見下ろしていた。何か言いたい感じの大路くん。出来ればこのまま一つも会話をしないで私は外食に行きたかった。

「これ、晩飯も入ってるんだけど」

「えっ?」

「どうせ残業になるから今買って来ちゃったんだ。



 あちゃ〜。ありがた迷惑しちゃった私。



 もう。どうして大路くんとはこうかみ合わないのかな?晩ご飯も混ざっているんだったら全部デスクに並べないでくれる。

 どうしたもんだろう。

「お茶持ってくる」私は怒ったように行って、お茶が出てくる機械の方に歩いた。紙コップを置いてボタンを押す。

 緑色の、いかにもインスタントみたいなお茶が、白い紙コップに落ちていく。

「せっかくだから、私食べる。あとでお金払うね」私は言った。お茶の機械に向かったまま、大路くんに背を向けたまま言った。

「ああ、いいよ」背中の方から大路くんの声が聞こえた。

 白いコップからお茶があふれていた。

読了ありがとうございました。

まだ続きます

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