夏の夢
どうも、星野紗奈です(*'▽')
夏休みに全力で書いた作品の選考結果が先日届きました。一次、二次、三次、最終という選考段階の中で、この作品は二次選考まで通過したそうです。初めてちゃんとした賞に応募したため、うれしくてすごくはしゃぎました(笑)
まあ、ここで満足してはいけないと思うので、これからももっとたくさんの人に読んでいただけるよう、がんばります。
そんなわけで、自分の気持ちを詰め込めるだけ詰め込んだ作品を投稿します。良かったら読んでください。
それでは、どうぞ↓
夏。夏と言えば夏休み。だが、夏休みなんて名前だけだ。私たち学生は勉強という本業がある。夏休みのはじめと終わりの一週間は、夏期講習で学校に行かなければならない。それが終わって家に帰っても、今にも雪崩を起こしそうな山積みの宿題が私を待っている。夏休みなんて所詮名前だけで、先生も社会も、私たちを休ませる気なんて微塵もないのだろう。
今日はそんな夏休みの一日目。
「なあ、暑いな」
「うん、そうだね」
彼は汗を腕でぐいっとぬぐった。少しはだけたワイシャツが彼を色っぽく演出する。
太陽がじりじりと照りつけ、私たちの肌を焦がす。今日は真夏日だ。
「なあ、アイス食っていかね?」
「うん、食べたい」
この暑さでは、一言話すだけでとても疲れる。だから私たちは黙って歩く。聞こえてくるはずの砂を踏みしめる音は、蝉の鳴き声によっていとも簡単にかき消された。目的地は、コンビニ。言葉にしなくても、案外考えはわかるものだ。
また、汗が頬を伝う。それをぬぐいながら黙って歩く。同じことを何度も繰り返していた。ふと公園に目を向けると、先月よりずいぶんと背が伸びたひまわりたちがいた。太陽はてっぺんまで登っている。ひまわりの花は太陽のある方向を向くとどこかで聞いたことがあったけれど、それを確認したことはなかった。あんなに上を向いていたらきっと首が痛いだろうな、と考えながらまた汗をぬぐった。
少し遠くにコンビニが見えた。あと少し、あと少し。そうしてようやくコンビニにたどり着いた。砂漠でオアシスにたどり着いたような気分とはよく言うが、まさにこういうことなのだろう。
自動ドアが静かに開く。すると、私の肌を冷たい風が歓迎してくれた。私たちはまっすぐアイス売り場へ向かう。アイスを選びながらしばらく冷房で涼み、体力が回復したからか、私たちはようやく言葉を交わすようになった。
「なあ、お前は何にすんの」
「やっぱこれかな」
そう言って手に取ったのは、なめらかなコーヒー味のアイス。少しやわらかいプラスチックの容器が二つつながって袋に入っている、いたって庶民的なアイスだ。それなのに他のアイスより安くておいしいのだから、驚きだ。高級なものの良さがわからないまだまだお子様な私にはこれで十分だ。
「それ、半分くれよ」
「いいけど、割り勘だからね」
特に断る理由もなかったから、私はそれをすんなりと了承した。だが、お小遣いが限られている学生としては、割り勘は譲れないところだ。夏休みだということで出かける予定がたくさんあるのだ。カレンダーの白い部分はほとんど見えなくなり、カラフルなペンで彩られている。だから、そのためにある程度節約してお金をためておかなければならない。お金がないから遊びに行けない、なんてことには絶対になりたくないものだ。
買ったアイスは、向かいの公園で食べることになった。その公園には、ひまわりはいなかった。そのかわり、大きな木が何本もあり、ちょうどよい日陰を作っていた。
日陰に入ると、視界が心地よい明るさになった。太陽が照りつける日向は明るすぎて、目を開けることさえつらい。なんだか、ヴァンパイアになった気分だ。
私は早速袋を開け、アイスを二つに分けた。冷たさで指先の感覚がおかしくなってしまいそうだ。分けた一つを差し出すと、彼はありがとう、と言ってそれを受け取った。少しだけ手が触れ、指先の温度が伝わってきた。熱い。いや、私の手が冷たかったのだろう。ごみとなったアイスの袋を捨てに行きながら、自分の手の感覚を確かめていた。
日陰に戻って、私は黙ってアイスを食べ始めた。彼も同じようにアイスに口をつけた。アイスは一口目が一番おいしいと思う。だから、その時だけはアイスを食べることに集中するのだ。これぞ、至福のひととき。
最高においしい一口目を終え、すこし気まずさを感じた。何を話そうかと少し考えてから、私は口を開いた。
「アイスで思い出したんだけどさ、最近『金色夜叉』読んでるんだよね」
「へえ、尾崎紅葉のやつ?」
彼はその二つのつながりが全く分からない、という顔をしている。
「そうそう。その中でね、金貸しのことをアイスって言ってたの」
「はあ、なんでそうなったのか全然意味わかんないけど」
「聞けばきっと納得するよ」
アイスをちゅうと吸うと、もう溶け始めていることが分かった。容器の表面にも結露によって大量の水滴がついている。
「その物語の時代はね、金貸しのことを『高利貸し』って言ってたんだって。高いに利益の利、それから貸し出しの貸し」
近くにあった短い木の棒で、地面の上に漢字を書いてみせる。
「この発音って、氷にお菓子って書く『氷菓子』と似てるじゃない?氷菓子はその時代のアイスをさす言葉だったから、『高利貸し』を『アイス』って呼んでたんだって」
さっき書いた『高利貸し』の文字の下に『氷菓子』と書いて、イコールで結ぶ。さらに『氷菓子』の右側に『=アイス』と付け足す。
「へえ、すごいな。俺だったらそんな発想ないや」
「でしょう?」
私は自慢げに笑ってみせる。それを見て彼は、考えたのはお前じゃないだろ、とつっこんだ。彼はところで、と続けた。
「お前、そんな難しい本読めたのか」
「まあね」
そのあとに小さな声で、理解はできてないけれど、と付け足す。どうやらそれが聞こえてしまったようで、彼は笑って言った。
「それじゃ意味ないだろ」
「そんなことないよ。何事も挑戦が大切なんだよ」
まるで、成功した人が講演会か何かで言っていそうな言葉だな、と思った。
「まあ、それもそうか」
彼はまだ笑っている。何がおかしいのか、私にはよくわからない。でも、なんとなく馬鹿にされているような気がして、リスみたいに頬を膨らませた。
「ごめんってば。ははっ、なんかお前らしいな」
「それどういう意味?」
「さあな」
結局、その質問の答えが返ってくることはなかった。何度も聞いたけれど、適当にあしらわれてしまったから、私もあきらめることにした。
アイスを食べ終え、私はぬるくなったプラスチックの容器をごみ箱に向かって投げた。しかし、それはふちに当たることもなく、言葉に表すことのできない中途半端な音を立てて地面に落ちた。
「下手くそだな」
彼はそう言って、ごみを投げた。その時の手の動きひとつひとつがなめらかで、とても美しかった。彼は華麗にシュートをきめ、自慢げに笑う。彼の笑顔が、私の心をぎゅっと締め付けた。
「下手くそで悪かったわね」
吐けなかった息を吐き出すように、ため息を一つついてから、私はごみの落ちた方へ歩き出した。しゃがみこんで見てみると、容器から溶けたアイスが出てきており、蟻が群がっていた。黒い点々がうじゃうじゃと動いていて、気持ち悪い。しかし、いくら待っても蟻たちはなかなかどいてくれそうにないので、仕方なく手でごみを拾い上げ、ごみ箱に捨てた。ごみがあった場所に、蟻が綺麗に列を作っているのが見えた。それがなぜだか頭にきて、少し大きめの石を置いて邪魔してやった。前を歩いていた仲間を見失った蟻が右往左往している。進むこともできず、戻ることもできず。蟻たちは次第に列を乱していった。私はその様子をじっと眺め、何とも言えない優越感に浸っていた。
「何してるんだよ」
「ううん、何でもないよ」
私は立ち上がり、彼に笑いかけた。
「じゃあ、アイスも食べ終わったことだし、そろそろ行こうか」
彼の返事も聞かずに、手を引いて歩き出した。私がつかんだ彼の手は、そこにあるか無いかわからないような、ふわふわした感じだった。
日が徐々に傾き、空は青と橙のグラデーションに染められた。もうすぐ今日が終わるのだということを感じさせられる。公園を出てからは、互いに何も言うことはなかった。彼が私のことを特に探ってこないのは、遠慮をしているだけなのか、それとも信頼の表現なのか。興味がないだけ、ということもあり得る。私がこんなにも心の内で悩んでいることを、きっと彼は知らないだろう。だが、それにどこかほっとしている私がいる。
はじめは私が彼の手を引いて前で歩いていたのに、いつの間にか彼は横にいた。手は振り払われることなく、つないだままだ。彼は私に歩幅を合わせ、遅れることも追い越すこともなく、黙って私の隣を歩いてくれる。それを意識すると、途端に胸がきゅっとなった。
夕日に似合う静けさを破って、彼は言った。
「なあ、終わらないのか?」
彼は、私の顔を見ようとはしなかった。ただ、まっすぐ前を向いていた。だから私も、沈んでいく太陽を眺めながら、
「うん、終わらない」
と、一言だけ返した。
「いつになったら戻ってくる?」
「私が満足したら、かな」
彼はそっか、とつぶやいて、つないだ手を確認するようにぎゅっと握りなおした。
今の私には、そんなあいまいな答えしか出すことができない。彼を心配させる申し訳なさと同時に、心の核には触れずにいてほしいという願望がわいた。私はなんてわがままな奴なんだ。
「ちゃんと、戻って来いよ」
「うん、いつかね」
こんな私でもこういった言葉をかけてもらえることをうれしく思う。私は、彼の少し大きく、でも優しい手を握り返した。ふわふわとした存在ではあるものの、まだほのかにあたたかさを感じる。私には彼しかおらず、やはり彼が好きなのだった。
日が沈むと、今日が終わる。その後、ほとんどの人は明日が来るが、私はまた今日を繰り返す。いつまでも、いつまでも。
「じゃあな」
「うん、また」
そんな短い挨拶を交わして、私たちは別れた。私は誰もいない、自分の家らしき場所へ向かう。
「ただいま……って言っても意味ないか」
家に着いたら、冷蔵庫に入っているもので適当に腹を満たす。そして、階段を上って自分の部屋だと思われる場所へ入る。階段を上る音が、やけに孤独を感じさせた。部屋に来ても特に何もすることはなく、なんとなくベッドに寝転がってみた。制服がしわくちゃになろうが、どうだっていい。そんなことを考えながら、目を閉じた。
次に目を開けた時には、まぶしい朝日が私を迎えた。体全体でベッドのやわらかさを確かめ、窓の外の鳥の声を聴く。昨日から着たままの制服は、新品みたいに綺麗になっていた。何度目かわからないその不思議な現象に、もう驚かなくなってしまった。
「おはよう」
「おう、おはよ」
新しい、けれども今までと変わらない一日が、今日も始まる。
「今日から夏休みだな」
「そうだね。まあ、夏期講習あるけど」
「ああ、そうだった。夏休みが楽しみすぎて忘れてた」
彼は、語尾を伸ばしてそう言い、へらへらと笑っている。このやり取りも、彼の子供っぽい表情も、夏の暑い日差しも、何度体験したことだろうか。
「まったく、何言ってるんだか。ほら行くよ」
「おう」
私はまだ、そんな生暖かい、夏の夢を見ている。
最後までお読みいただき、ありがとうございました(^^)
評価、アドバイスなどいただけると嬉しいです。