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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第三部+五方神鳥の章+

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十「真実の欠片」

 レイレイは薄靄の漂う夢の中にいた。

 その夢の中にぽつりと佇んでいたのは、あの組織の男たちの誰でもなく、グオチュイであった。虚ろな目をしたグオチュイが立っている。

 たまたま出会ってしまったから、気になって夢に見てしまったのか。


 今は彼に構っている場合ではないというのに、とレイレイは自分に呆れながらもグオチュイに近づいた。彼はもう投獄されていて、今さらレイレイやシャオメイに危害を加えることなどできない。

 だからもう話すことなどないはずであった。ただ、どうせなら残りの人生、悔い改めてくれたならと思う。


『……グオチュイさん』


 レイレイが控えめに声をかけると、グオチュイは小さな目を瞬かせた。


『あなたは誰だ?』


 ここで正直に鸞君だと名乗るのはあまり得策ではないと思えた。


『私はレイレイと申します。シャオメイの友人です』


 その名を忘れたとは言わせない。だというのに、グオチュイはなんの反応も示さなかった。


『レイレイ? シャオメイ? すまんが、私にはわからぬよ』


 使い捨ての駒にすぎない女官の名など、いちいち覚えてもいないのか。そう感じてレイレイは心の奥に憤りを覚えた。けれど、グオチュイからは不思議と禍々しさと呼べるようなものが感じられなかった。以前、シャオメイを通して見た時には確かにあった気迫がない。

 悪事が露呈して野心が潰えたからだろうか。それとも身構えることができない夢の中だからか。


 レイレイは今までの経験を通して知っている。

 こうして夢の中で相対した時、レイレイに嘘をつける人間はほとんどいなかった。文武両道のルーシュイでさえ、取り繕うことのできない剥き出しの心であったのだ。

 身分や財産を差し引いてしまえばこれといって力のないグオチュイが、夢の中でレイレイに嘘などつけようものか――


『シャオメイという名を覚えておられないのですか? あなたは以前、家族を盾にシャオメイという女官を使って鸞君の殺害を企てたはずです』


 それでも、グオチュイは驚いた顔をしただけであった。


『私が? 鸞君の殺害を? そんな恐ろしいことを何故私が企てるというんだ』


 とんだ濡れ衣だとばかりにかぶりを振る。ここへ来て、レイレイの方が焦った。

 まさか人違いであるのかと思うほどに、グオチュイの様子が違う。しかし、役人は元領主であると説明してくれた。人違いであるはずがない。


『あなたは東淵領の領主をされていたのですよね?』

『そうだが、身に覚えのない罪状で投獄されてしまったのだよ。私には何がなんだかわからぬままだ。きっと何者かに陥れられたのだろうけれど、身の潔白を証明する手立てが何もないのだ』


 グオチュイの言葉に、レイレイの方が押し黙ってしまった。

 グオチュイはただの男だ。特別な力など何もない。夢で嘘をついているとは考えにくい。

 本当に何も覚えていないと、そんなことがあるのだろうか。


 レイレイは鸞君として目覚め、力がまだ不安定な時期に見たあの夢の内容を思い出そうと試みる。

 シャオメイがひざまずき、鷹揚に腰かけたグオチュイが言葉をかけていた。

 鸞君は就任した時に記憶を消されるから、誰が鸞君になっても同じことだと。だから鸞君を始末してすげ代わったとしてもわからないと、そうしたことを言っていたように思う。


 そこでレイレイはハッとした。

 まさかと思う。すべてがそう都合よく繋がるとは思わない。

 けれど、どういうわけだか繋がるような気がしてしまったのだ。


『わかりました。お話をお聞かせ頂いてありがとうございます。もし、あなたが本当に潔白でしたら、いつか疑いは晴れるかと思います』


 そう告げると、レイレイはルーシュイの名を口にした。すると、リィンと鈴の音が靄の中に響いた。

 レイレイの意識はその夢から遠ざかる。




「レイレイ様!」


 眠るレイレイのそばにルーシュイがいる。暗がりでも声と気配でわかる。

 レイレイは身を起こすとすぐにルーシュイの衣をつかんだ。


「ねえ、ルーシュイ。今さらだけれど、鸞君っていう存在は国民のほとんどが知っているのよね?」

「ええ、そうですが。それが何か?」


 レイレイの言わんとすることがルーシュイにはよくわからなかったようだ。困惑気味の声が返る。


「でも、その存在はおおやけにはされていないのよね。宮城に努める官吏や兵ならまだしも、地方にいる領主が詳しいっておかしくないかしら?」

「え?」

「シャオメイを操っていたグオチュイさん、夢の中で言っていたのよ。『鸞君は就任した時に記憶を消される』って。こんなこと、一般的に知られているものなの?」


 そこでルーシュイの腕の筋肉が硬直したような感覚がした。

 あの頃、ルーシュイはレイレイのことをまだ信用してくれていなかった。レイレイもすべてを打ち明けて話していなかったのだ。シャオメイを見捨てようとしたルーシュイに、シャオメイの話をあまりしたくなかった。

 だから、グオチュイの話をルーシュイと突き詰めて話したことがなかった。それが今は悔やまれる。


「あの時は――ここに就任したシャオメイが情報を流したが故のことだと思っておりましたが、あの領主はシャオメイが情報を提供する前から鸞君が記憶を消されることを知っていたと?」

「そうよ。私が見た夢はシャオメイが鸞和宮に来る前のことだもの。その時に話していたのよ。記憶がないなら誰がなっても同じだって」


 ルーシュイからしばらく言葉が出てこなかった。レイレイはただ黙って待つ。

 やっと声を漏らしたルーシュイは、暗がりでかぶりを振った。


「それは――あり得ません。そのような重要機密を一介の領主が知り得たのはおかしいです。シャオメイは、レイレイ様が陛下に謁見される前に手を下そうとしました。その時点で鸞君の顔が知られておらず、入れ替わることが可能だとシャオメイが判断したのだと思っておりました。記憶云々のことまで彼が何故……」


 喋りながら頭を整理しているのがわかった。レイレイはさらに告げる。


「今、グオチュイさんの夢にいたの。グオチュイさんはなんにも知らないし、身に覚えがないって。今まで、夢の中で嘘をついているって感じた人はいないの。グオチュイさんだけが夢の中で嘘をつけるものなのかしら?」

「覚えがない?」


 そうつぶやいてからルーシュイは続けた。


「実は今日、少し気になっていたのですが、グオチュイは二年ほど前に投獄されたと役人が言っていましたよね」

「ええ。それが?」

「シャオメイのこととは別件で投獄するためには少々時間が必要だったのです。私はレイレイ様と約束したように、ユヤン様に鸞君が夢に見たとグオチュイのことを調べて頂けるように連絡しました。あれほどだいそれたことをする輩なら、叩けば埃は出るだろうと思いまして。事実、ボロボロと出てきたわけですが……」

「そ、そうなの」


 シャオメイを苦しめた上、レイレイも殺されかかったのだから、可哀想ではないはずだ。罪がないのではない、罪はちゃんとある。

 ルーシュイは軽くうなずいた。


「ユヤン様は調べてくださいましたし、その後、失脚して投獄されたとの連絡は頂いております。ただ、その時期が……」

「時期がどうかしたの? 二年だったらちょうどその頃でしょう?」

「そうなのです。けれど、投獄が早すぎませんか? 領主という地位にあったというのに、詮議もなく、すぐにではないですか。ユヤン様も一介の罪人にそう気を留めてはおられず、報告のみ受けたとしたら、ユヤン様に報告が行った時期と事実投獄された時期とがずれ込んでいても気づかれなかったことでしょう」


 レイレイはきょとんとしてしまった。

 ルーシュイが言わんとすることをレイレイが正確に理解できていないのかもしれない。


「明日、ユヤン様にお会いしに行きましょう。現在の東淵領にもしかすると何かがあるのでは……」


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