三「異変」
その知らせが来た時、レイレイは鸞和宮で落ち着いて茶を飲んでいた。夕餉もすっかり終え、ルーシュイはその片づけをしてくれている。
そんな中、ユヤンからの文を携えた次官のチュアンがやって来たのだ。こんな時分にやってきたことなど一度もない。そもそも、晩鐘が鳴ってからの外出はよほどのことがない限りは禁じられている。それがユヤンからの文を手にしたチュアンがやってきたのだから、それはよほどのことなのだ。
戸を叩く音に誰何したルーシュイが門を開くと、チュアンは素早く身を滑らせるように中へと入った。夜間のせいかチュアンが心なし青ざめて見えた。
「チュアン、どうしたの?」
このところ、そっくりだと思っていたチュアンと双子のレアンとの区別がレイレイにもつくようになってきた。顔かたちは同じだけれど、性格がどうやら少し違うのだ。落ち着いたレアンに対し、チュアンの方がどこか愛嬌がある。
「鸞君……」
とっさに礼を取るチュアンだったけれど、あの慌てぶりからするとそれどころではないだろうに。
ルーシュイも厳しい面持ちでいったん門を閉めた。
「これはユヤン様からの文にございます。早急にお目通しを」
「う、うん。ルーシュイ、お願い」
差し出した筒に収められた文をレイレイはルーシュイに命じて受け取ってもらう。レイレイに宛てたものならば、ルーシュイにも内容を知って共に対処してもらわなくてはならない。
「失礼致します」
ルーシュイは文を押し頂くと封を切った。
そこに書かれていることを目で追い、そうしてまた最初に戻り読み返している。間違いがあってはいけないと思うせいか、そこに書かれていることがあまりに信じがたいせいであるのか。
レイレイはルーシュイが文から顔を上げるのを緊張しながら待った。そんなレイレイに、ルーシュイは細く息を吐いてから言った。
「……陛下が御不調とのことです」
「え!」
陛下――シージエが。
いつも元気な印象しかないのに、体調が思わしくないという。
シージエも皇帝ではあるものの、体は人の子だ。そうした時もあるだろう。むしろ、いつも無理をしがちだから疲れが溜まったのかもしれない。
けれど、それだけならばユヤンはレイレイたちにそれを知らせたりしないだろう。禁中には優秀な典医がついているはずである。レイレイにできることはない。
ルーシュイはレイレイの衝撃を和らげるためか、ゆっくりと言った。
「それが、少々不審な点が見受けられるそうなのです。それで――」
不審とは、一体どういうことなのか。不穏な響きにレイレイはぞっとした。
「何? どうして……」
落ち着きのないレイレイに、ルーシュイは覚悟を決めた様子で告げる。
「原因と見られるものをレイレイ様も夢にて探ってほしいとのことです。ただ、それが可能であるかどうかはわからないので、見つけられなかったとしてもそれをそのまま報告してほしいと。必要以上に自責することはないように。そう書かれております」
ユヤンはもしかするとすでに何かをつかんでいて、その先へ踏み込むきっかけを探している段階なのだろうか。
レイレイは震える拳を胸に押しつけ、そうしてチュアンに問う。
「陛下のご様子は……そんなに深刻なの?」
すると、チュアンは困ったような顔をした。それが珍しい。
「私にはそこまでのことはわかりかねます。けれど、ユヤン様がついておいでなので、今のところ滅多なことはございますまいと。ただ、心苦しいことですが、今のところは、としか申し上げられません」
それは早く手を打たねばならないということか。
ユヤンはきっと、シージエに何がしかの術を施しているのではないだろうか。それにより、シージエの状態を保っているのだとすると、他のことにあまり力を使えないのかもしれない。
「わ、わかったわ。わたしも力を尽くしますとユヤン様に伝えて」
「御意のままに」
と、チュアンは再び首を垂れた。チュアンが去ってから、レイレイは震えが止まらなかった。
シージエが病むような兆しは、少なくともレイレイが会った限りでは感じられなかった。年も若い壮健な身であったはずなのだ。
レイレイの震える肩をルーシュイが自分の方へ引き寄せる。その力強さにレイレイはようやく息をつけた。
「大丈夫です。陛下はお強いお方ですから。レイレイ様は落ち着いて、そうしてお力をお使いください。私がついております」
唐突なことで、ルーシュイ自身も心の整理はつかないままだろう。それでもレイレイを落ち着けるために冷静さを保ってくれている。
「うん……」
ルーシュイがいてくれる。だからこそ、レイレイは鸞君としていられるのだ。いざという時にはルーシュイがレイレイの目を覚まさせ、そばに呼び寄せてくれる。
レイレイはルーシュイを信じるからこそ、恐ろしい夢へと赴くこともできる。
ルーシュイの手を強く握り、レイレイは覚悟を決めた。




