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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第三部+五方神鳥の章+

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一「東の地にて」

 広大なこの大陸の主だと言わんばかりの大国、朋皇国ほうしんこく

 他国との小競り合いを繰り返しつつも、その国土は痩せ細ることもなく栄えていた。


 年若い皇帝の手腕ばかりではない。それを支える臣あってのことである。その臣に認められることが皇帝として一番重要なことであろうか。


 この国はそもそも、皇族に甘いところではない。

 実際、現皇帝フーシエは前皇帝の長子ではなかった。二郎じなんであったのだ。しかしながら、その性質は長子よりも善であり聡明、それ故に太子に選ばれた。


 皇帝の血族でありながらも、太子となれなかった者は領地を与えられ地方で平凡な生を送るのみである。自らの血筋を誇ることは許されない。完全なる監視下のもと、出生を明かすこともなく一官僚として生きるよりないのだ。


 それが覆るのは、跡継ぎのないままに皇帝が崩御するという特異な状況においてのみである。ただ生かされているだけいいと、そう思えれば悪くはない待遇であった。


 この国で皇族の謀反が成功したためしは――ここ数百年の歴史の中では見当たらない。

 多少の闇は抱えつつも、平和な国である。



     ● ● ●



 そんな朋皇国の中心部の城市みやこより東。

 歩けば遠く、城市まで大人の足で五日はかかるであろう僻地であった。領主も着任してから丸二年が経ち、そろそろ新任とも言えない頃合いである。

 先任の領主は家族に至るまで横柄であまり評判はよくなかった。けれど、領主に逆らえる民人たみびともおらず、従順に過ごしていた。


 それがある日、城市からやってきた役人が取り調べをした結果、公金の横領や抜け荷、次から次へと悪事が暴かれたのである。

 城市からやってきた役人は、僻地の領主などよりもずっと地位の高い官僚であったのか、相手はすでに領主ではなく罪人であると認識したのか、無罪を訴える元領主を一喝した。


「先代皇帝陛下よりこの地を任されておきながら私利私欲に走った愚物め。恥を知れ!」

「わ、わたくしはそのような大それたことを企ててはおりませぬ! どうぞ、どうぞわたくしの無実をお信くださいますようお願い申し上げます!」


 そんな元領主の言葉を役人の男は一笑にした。醜く肥えた背を丸める元領主を見下し、冷たく言い放つ。


「抜け抜けと……。証拠は挙がっている。――連れていけ」


 役人の配下の者たちが乱暴に元領主とその家族を引っ立てていく。その最中さなか、役人の男のそばに柔和な笑みを浮かべた男がやってきた。

 年の頃は二十代半ばほど。細身で学者のような知性が感じられる風貌であった。


「……手際のよいことだ」


 手にした扇の陰からつぶやく。すると、役人の男は年長であるにも関わらず、恭しく目礼した。


「ジエン様、今後こちらの東淵とうえん領の地があなた様の領地となります。ここは田舎ではありますが、城市より遠く、あなた様にとってはお心休まる地となるのではないでしょうか」


 ジエンと呼ばれた若者は、スッと目を細めてうなずいた。


「そうだな。私自身が願ってこの地を選んだのだ。この地は何かと都合がよい」


 その心中を思いやるように、役人の男は目を伏せた。




 その晩、ジエンは自分の住居となった領主の邸宅のうち、より遠くを見渡せる楼閣に登った。

 城市にはこれほど高い楼閣はない。城市に天子である皇帝の楼閣よりも高いものなど造ってはならぬのだ。

 しかし、ここは違う。ここは隣国の動きを見るという名目で楼閣の建造が許されている。

 この高さが心地よい。皇帝よりも高みにいる自分に酔いしれ、ジエンの口元で笑みが零れる。


 そんなジエンがここで自由に過ごすためには不要な存在がある。

 それはどれほど遠く離れようとも、この地にいるかのようにして覗き見する『鸞君』と呼ばれる存在だ。

 国がその存在を民に広く知らしめるのは、どんな悪事も鸞君が見通すのだから、その目から逃れられると思うなということだ。鸞君がどのような人物であるのかを知るものはごく一部であるけれど。


 ジエンもその姿を知るわけではない。ただ、うら若い乙女であるとされている。夢を見て、その内容を皇帝に告げ口するのだ。

 そう、この地の前領主もまた鸞君の告発により失脚したのである。


 ただし――それは正確な罪状とは呼べない。

 真実を知る者はごくわずかである。


 そうして、ジエンは護られている。

 この世は皆平等などではないのだ。

 選ばれた者のみが高みにおり、次なる存在が現れればそこから転落する。


 そうした世の仕組みを理解した者のみが安寧を得る。

 ジエンはいつか這い上がるその日をこの僻地で待つ。ジエンに相応しいその場所に帰るのだ――


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