六「自己嫌悪」
暗い部屋の中、レイレイは戸の前で座り込んだ。寝台に戻るのは怖かったのだ。この戸を隔てた向こうにルーシュイがちゃんといてくれるのか、今日ばかりは自信がない。
今日はもう眠らずにいようと思う。明日になったらちゃんと今日の夢の話をして、ルーシュイからユヤンに連絡してもらわなければ。
そこでふと気づく。
ユヤンは不在なのだ。少なくとも明後日頃までは戻らない。
ユヤンがいない場合、いきなり皇帝に話を通してはいけないものなのだろうか。それとも、次官のチュアンとレアンに伝えればいいのだろうか。彼らが今、どこにいるのかはわからない。ユヤンと共に出かけているかもしれない。
手遅れにならなければいいのだけれど――
しかし、そこでレイレイはもうひとつのことに気づいてしまった。
先ほどの夢の中に、場所や家を特定できるものが見当たらなかったのだ。
あの子の中には何もなかった。あの女主人は、少女の前では『ご主人様』『お母様』このどちらかでしか呼ばれない。彼女の名前さえ知らなかった。
そのことに気づいてレイレイは愕然とした。
女主人の家だとういうそれだけでは情報が足りない。これではあの子を見つけて止めることもできない。
少なくとももう一度あの夢へ行かなければならないようだ。
レイレイは掛け布の乱れた寝台に目を向けたけれど、足がそちらに行くことを拒んでいた。急がなければと思う反面、立て続けにあそこに戻るのは恐ろしかった。
この精神状態で眠れる気もしない。
けれど、手遅れになったら後悔しても遅い。恐ろしいからといって逃げてはいけないと、レイレイは自分を奮い立たせた。
それでも、寝台の上に横になっても気が昂ってとても眠れたものではなかった。怖いから、自分が拒絶しているから眠れないのだ。
そう思うと、レイレイは鸞君としての務めをまるで果たせていないと感じた。無力感と、自己嫌悪。
レイレイは寝台の上で声を殺して泣いていた。
そのまま朝が来た。
戯れる小鳥の声が室内まで届く。
レイレイは結局、あれからもう一度同じ夢に辿り着くことはできなかった。それどころか、ほとんど眠ったとも思えない。
仕方なく身を起こすと、少し頭痛がした。額を押さえてそれを気のせいだと押しやる。
寝台の上でぼうっとしていると、昨晩の夢のこと以上にルーシュイの変化について考えてしまう。あの素っ気なさはやはりレイレイがそうさせてしまうのだろうか。
いつも自分の都合で甘えるばかりのレイレイだから、ルーシュイは一度厳しく突き放してみようとしているのかもしれない。もっと自立した大人にならなければ愛想を尽かされるのだろうか。
普段はルーシュイのそばにいられて嬉しかったから、心の向くままに振る舞って、ルーシュイの気持ちを思い遣れていなかったのかもしれない。
このまま部屋に閉じこもっていたら、ルーシュイはどう思うだろうか。レイレイの寂しさを察してくれるだろうか。
そうちらりと考えて、レイレイはかぶりを振った。
そんな子供じみたことをしていてはいけない。ルーシュイに自分の感情をぶつけて泣き喚くのも違う。そうしたら一時はスッとするかもしれないけれど、そのあとにツケが回ってくる。ルーシュイに本気で嫌われたりしたら、レイレイはもうどうしたらいいのかわからない。
レイレイは今、あの夢のことを解決して、そうしてから改めてルーシュイと向き合わなくてはならない。
大きく息を吸い込み、レイレイは寝台から下りた。
身支度を整えて部屋を出ると、廊下にルーシュイはいなかった。すでに朝餉の支度をしているのだろう。他の雑務は術で動かす式を使ってこなしているルーシュイだけれど、食事だけは必ず自らの手で作るのだ。
ルーシュイの代わりのつもりなのか、ユヤンの狼がいた。丸くなって体を休めている。
昨晩からずっとここにいたのだろうか。レイレイの方にゆとりがなく、それに気づけなかっただけなのかもしれない。狼は片目をぱちりと開けると、そっとレイレイに首を向ける。そうして立ち上がると、レイレイに体をすりつけた。
「うん、おはよう」
レイレイはその頭を撫でる。どういうわけだか狼が元気のないレイレイを慰めてくれているような気がした。
「あなたのご主人様が早く帰って来てくれるといいのだけれど……」
あの夢のことを早く伝えたい。手遅れにならないように手を打たなければ。
狼がキュゥンと鳴いた。




