六「陰謀」
『――シャオメイ、お前は気立てもよくて聡い。女官として教え込んだ以上の働きをするとお褒めの言葉を賜ったよ』
そう言ったのは父だった。小役人の父。それでもシャオメイと妹には最低限の学を身につけさせてくれた。母が亡くなってから後添えをもらうことがなかったので、シャオメイが幼い妹の世話をした。
そうしたまめまめしさが買われたのか、領主夫人の女官にならないかとシャオメイに声がかかった。断ると父の仕事に差し支えるかと、むずがる妹に言い聞かせて奉公に出ることを決めた。
『けれど、そろそろ嫁ぎ先も見つけてやらねば。お前には幸せになってもらいたいからなぁ』
父がそんなことを言った矢先だった。
先帝が崩御し、太子が玉座に着いた。シャオメイとそう年の変わらない若い皇帝である。
そうして、新たな皇帝のために就任する鸞君の女官としてシャオメイを推薦しておいたと、領主からお達しがあったのだ。
『そのような大役、私に勤まりますでしょうか』
鸞君の宮に配属される女官はたった一人。接する人間が多いと危険も増す。人員を増やすことはできないのだそうだ。それほどまでに鸞君は神聖な存在なのだと。
恐れおののくシャオメイに領主は言った。
『お前は優秀だ。だからこその抜擢なのだ。期待を裏切るでないぞ』
要するに、断れると思うなと言うのだ。
鸞君がどのような相手なのかはわからないながらに、シャオメイは覚悟を決めた。
『わかりました。誠心誠意努めさせて頂きます』
恭しくそう言ったシャオメイに、領主は薄く笑った。
『それは少し違うな』
『え?』
思わず顔を上げてしまった。その不敬を叱責されると思ったけれど、領主は恰幅のよい体を揺らしながら言った。
『鸞君は治世に大きな影響を与えるとされている。けれど彼らは就任するその時にそれまでの記憶を消し去るのだと。それならば、誰がなっても同じではないか』
『それは……』
『我が手の者がなれば、この地方をより豊かにすることができる。ほら、お前の妹にももっとよいものを食べさせてやれるぞ』
どくり、どくり、と心音が激しく鳴る。妹を持ち出すのは、それがシャオメイの弱みだと知っているからだ。
無言のシャオメイに領主は苛立たしげに言った。
『では、励めよ。不採用になどならぬようにな』
審査が通らなければいいと思いつつ、恐ろしくて手は抜けなかった。そうして、鸞君の女官へ正式に決まった時、シャオメイももう後には退けぬのだと悟った。
不可避の運命なら、その中を泳ぐしか生きる手立てはないのだ。情は封じ、家族の前でだけ解き放つ。そうした自分でなければならない。
領主からの連絡方法はあらかじめ決められていた。行商が売りに来る魚の腹に油紙に包まれた紙片が入っている。シャオメイからの連絡は簡単だ。石を文で包んで西向きの塀の外へ出すだけである。それでいいと言われた。
領主の手の者が常にそこにいるのだ。衛士も買収したのだろうか。
鸞君の乙女が目覚めた頃、『覚醒』の二文字を書いて塀の外へ落とした。それから程なくして、魚の腹にはふた欠片の香が入っていた。いつもよりも厳重に包まれて。
毒ではない。毒の香ではシャオメイも一緒に死んで、この宮を開くことができなくなる。精々が深く眠らせる程度のものだと思った。紙片には『決行』とある。
鸞君も鸞君護も数日の付き合いである。情など湧かない、絆されないつもりであった。
しくじれば家族が殺されるかもしれない。そのことしか考えてはいけないはずだった。
けれど――
目覚めた鸞君は妹のように無邪気であった。情を移してはいけないと自分に言い聞かせるけれど、彼女の細い首を締め上げる時、自分はこの上なく苦しい思いをする。
そう頭のどこかで感じてしまうのだった――