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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第二部+錦上添花の章+

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四「ひさびさ」

「ねえ、ルーシュイ。気晴らしに散歩に行きましょう」


 朝餉の片づけを終えた後のルーシュイにレイレイはそう言ってみた。ルーシュイには色々と雑務が残っていることくらいわかっているけれど、それでも今日は天気がいいからルーシュイと一緒に歩きたかった。

 ルーシュイは少し考える素振りを見せ、それから軽くうなずいた。


「わかりました」


 いつもなら散歩と言ってもあまりいい顔はしない。ルーシュイはレイレイが鸞和宮にいる時が一番安心できるらしい。できることなら極力外に出さずにおきたいと思っているのが伝わる。

 外に出た時にレイレイが自発的に問題を起こしたわけではないというのに、それでもルーシュイは心配らしい。



 春先で冬のような寒さは感じないけれど、鸞和宮の外に出て道を歩くと風の強さに驚いた。髪や衣の裾が風に煽られてレイレイはよたよたと歩く。すると、ルーシュイはレイレイを風から庇うようにして前を歩いた。


「今日はやめておきますか?」


 下手に口を開くと口の中が砂でざらつきそうになる。ルーシュイは振り返ってささやいた。


「そうね――」


 これでは散歩どころではない。今日は諦めようかとレイレイが思った時、風が巻き上げた砂が目に入った。


「いたっ!」


 レイレイが上げた声にルーシュイが驚いた。


「どうされました?」

「目に塵が入ったみたい」


 潤んだ目でルーシュイを見上げつつ、レイレイは目の異物感をどうにかしたくて思わずこすりそうになった。


「こすってはいけません」


 ルーシュイはその手をつかんで止めると、そのままレイレイを道沿いの木の下まで引っ張った。その木にレイレイの背を当てて風当りを弱めると、ルーシュイはレイレイの頬を両手で包んで上を向かせた。


「小さな砂粒が入ったようですね。瞬きを繰り返してください。涙が砂粒を出してくれますから」

「うん……」


 言われるがままにパチパチと瞬きを繰り返していると、少しずつ砂が押し出されたのか、目が随分と楽になった。


「もう大丈夫かも」


 そう告げると、ルーシュイはにこりと微笑んだ。


「そうですか、それはよかった」


 そんな二人はお互いしか見ていなかった。木陰で見つめ合う二人。道行く人々の目は少々冷ややかである。 

 ただ、人から見られているとレイレイが気づいたのはしばらくしてからのことであった。その通行人の中に見知った顔があったのだ。


「あ――っ!」


 思わず大声を上げてしまった。

 びっくりしたルーシュイの肩越しに、遠くを歩くシージエがいた。


「シージエ!」


 ルーシュイを押し退けて呼び止めてしまったけれど、何も知らなかった頃ならいざ知らず、今でも同じ扱いをしてしまっていいものかと気づいた。

 シージエはレイレイの大声に飛び上がりそうなほどに驚いて足を止めた。目立ってはいけないシージエなのに。


「レ、レイレイ様!」


 ルーシュイが咎めるように名を呼ぶ。けれど今更だ。シージエはレイレイたちの方にしっかりと目を向けている。びゅうびゅうと吹く春風の中、立っていては砂埃塗れになると気づいたのか、シージエは渋々といった様子でレイレイたちのいる木の下にやってきた。

 顔を合わせたのが久々だからか、シージエがどこか以前よりも大人びて見えた。


「やあ、レイレイ、久し振り。それから……ルーシュイ、だったな。君も」


 シージエに名を呼ばれ、ルーシュイは一瞬怯んだ。それを察知したシージエが先に釘を刺す。


「外で変に畏まらないでくれないか? こうして忍んで外へ出てきた時は個人として接してくれたらいい。そのことを不敬とは言わないから」


 レイレイはそれを聞いてほっとしたけれど、ルーシュイは渋々うなずいた。


「はい……」


 レイレイは久し振り過ぎるシージエとの再会に、うきうきと声を弾ませる。


「シージエ、お仕事は大変そうだけれど、体は大丈夫? 疲れてない?」


 すると、シージエはなんとなしに複雑な笑みを見せた。


「うん、まあ、元気だ。君こそいつも務めを果たしてくれてありがとう、レイレイ」


 国の頂点に立つというのに、細やかな気配りをしてくれる。こんなにも優しいシージエなのに、貴妃のジュファはそうした面を見てくれてはいないのだろうか。


 シージエの方はジュファをどう思っているのだろうか。それを訊ねてみたくなったけれど、隣でルーシュイがハラハラしているのを感じた。

 そのルーシュイの様子を、シージエはどう受け取ったのか、苦笑していた。


「いや、レイレイのことは君に任せると決めたから、もう区切りはつけている」


 すると、ルーシュイが珍しく顔を赤くして言葉を失った。本当に珍しい。けれど、そうした顔が見られてレイレイは気持ちが体から溢れ出すほどに嬉しかった。


 ルーシュイの隣でにこにこと微笑んでいるレイレイに、シージエは一度目を向け、なんとなくため息をつく。それから気を取り直して言った。


「幸せそうだな、レイレイ」

「うん、とっても」


 と、レイレイは即答する。考える余地は特になかった。


「シージエは?」


 何気なく訊いただけだった。けれど、シージエは眉間に力を込め、どうにも難しい顔つきになる。ルーシュイがレイレイの袖を後ろで引いたのは、余計なことを言うなということだろうか。


「幸せだと思うよ。やるべきことを見据えて生きている。それができる立場にあるから」


 重責に負けず、そう答えたシージエ。

 彼にはユヤンを始めとする優秀な人材がついている。けれど、シージエに安らぎはあるのだろうか。そんな風にも感じてしまう。


「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。また何かあったら報告してくれ」


 と、シージエは笑顔で大きく手を振りながら去っていった。強風は落ち着き、彼の道行きを邪魔しなかった。

 レイレイはなんとなくその背を見送った。


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