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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第二部+錦上添花の章+

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二「菊花」

 その場所は色彩に溢れながらも荘厳に整えられたそのであった。その広さは豪商でさえも抱えられるものではない。レイレイが知るユヤンの屋敷の庭よりも広いのではないだろうか。


 塵ひとつない苑には木の枝先に蕾がつき始めている。それが花咲くのを待ちわびるように小鳥たちが枝を揺らしている。それは優しい光景であった。


 ユヤンの屋敷の庭よりも広く立派であるのなら、それはおのずと絞り込まれる。ここは多分――見渡す限り女人ばかりであることから、後宮であるのだろうと思えた。


 仙女と見紛うばかりの美女が庭先の敷物の上にそれは嫋やかに座している。煌びやかな装飾はどれも一級品で、けれどそれらに頼らずとも彼女たちは十分に美しかった。美女たちは似通ってはいないものの誰もがそれぞれのよさを持つ。


 特に中央の四人は別格であった。その四人を囲むようにして場がある。女官たち、それから男性は皆、宦官だろうか。仕える者たちも多くいる。

 ただ――


 美しい四人の女たちはそれぞれの扇で口元を隠しつつ、目だけで笑っている。絢爛さとはどこか結びつかないうすら寒さをレイレイはなんとなく感じていた。


淑妃しゅくひ様の衣の華やかなお色が、今日もよくお似合いですわね』

『あら、わたくしなどどれほど着飾ったところで貴妃きひ様のお美しさには及びませんわ』


 ホホホ、と上品に笑ってみせるけれど、本心は別にある。特別鋭いとは言えないレイレイですら察したくらいだ、当の本人も承知のことだろう。


 貴妃――つまりこの中の誰よりも位の高い女性である。鸞君であるレイレイは正二品だというから、貴妃、淑妃、徳妃とくひ賢妃けんひのこの四人は少なくともレイレイより偉いのだ。


 皆、それぞれに美しいけれど、貴妃はその中にいてもひと際目を引いた。流れるような仕草で扇を畳み、膝の上にそれを下す。そうして、嫋やかに嘆息してみせた。


 ツェイユーも十分に可愛らしいけれど、この人と張り合うのは嫌だろう。それほどまでに非の打ち所のない美しさだ。レイレイも間違ってもここに紛れなくてよかったと思う。

 結い上げた髪と肩に流した髪、艶やかな黒髪に宝玉が星のようだ。目元にほんのりと朱を差し、上品な色香がある。


『陛下はあまりここがお好きではないご様子です。どうすればもっとこちらにおみ足を向けて頂けるのか、それに腐心するのがわたくしたちの役目でございますわ。どれだけ着飾ろうとも、陛下に訪れて頂けなければ意味がありませんもの』


 どうやら、シージエは相変わらずのようだ。ユヤンも嘆いていることだろう。


『この一年、ご尊顔を拝したのは何度でしたでしょう……』

『あら、拝めただけでも僥倖と思うべきではないのかしら』


 そんなことを妃の二人もささやき合った。年若い二人で、レイレイよりも年下ではないだろうか。淑妃はルーシュイと同じくらいか少し下くらいだろう。貴妃はレイレイやシージエと同じほどに思われた。


 内官の四夫人でさえこんなことを言うのだから、シージエは本当に後宮に顔を出さないのだろう。

 こんなに美人ぞろいなのに勿体ない、とレイレイの方が思ってしまった。けれど、もしかするとシージエの好みは美人ではないのだろうか。シージエの好みがどういった娘なのか、思えばレイレイはよく知らない。


 そうこうしているうちに華やかな席はお開きになったようだ。レイレイの意識はどうするべきか迷いながらも貴妃の方へ吸い寄せられるようにして続いた。


 貴妃は女官を二人連れて自室へ戻るなり、豪奢な寝台の上に扇を置いた。そうして、しなやかな腕を伸ばして大きく伸びをする。先ほどまでの凛とした姿とは違うくつろいだ姿であった。


『ああ、疲れましたわ……』

『お互いの探り合いでございますからね』

『お疲れ様でございました、菊花ジュファ様』


 貴妃よりも少しばかり年長の二人の女官が苦笑気味に言った。そんな中、貴妃――ジュファは寝台の上に腰を下ろし、両手を後ろについて天井を見上げた。その仕草は年相応の娘である。


『陛下もああいうお話に付き合いきれないから後宮がお嫌いなのでしょうね』

『滅多なことを口になさってはいけません。ジュファ様の足を引っ張りたい連中しかこの後宮にはいないのですから』

『わかっていますわ。一度入った以上、わたくしの居場所がここにしかないことくらい』


 悲観した様子もなく、ジュファは比較的あっさりと言う。

 けれど、とつぶやいてジュファは流し目を女官に向けた。同性でさえもドキリとするような魅力のある眼差しであった。


『わたくし、未だに陛下を好ましく思えたことがないのです』


 女官に対しても丁寧な口を利く。常日頃からそれを身に覚えさせているのだろう。けれど、女官たちはその丁寧ながらも驚くような言葉に慌てていた。


『ジュ、ジュファ様!』

『幼くていらっしゃるのですもの。お年がではなく、お考えが。だからわたくしは好ましいと思えないのですわ。それでもわたくしは気持ちは別として貴妃でありつづけるしかないのです』


 淡々とジュファは言った。皇帝が嫌いなのだと。

 シージエは優しい、民のことを見捨てない立派な皇帝だと思う。なのに、ジュファは好きではないと言う。


 それはシージエがジュファとちゃんと接していないから、ジュファはシージエのひととなりを正確に知らないのではないだろうか。

 レイレイはどうにももどかしい気持ちを抱えながら夢から覚めた。

 

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