一「ひととせ」
少しずつ差し込む日差しに柔らかさが増し、ようやく冬を越えたのだと実感できるようになってきた昨今。レイレイがこの鸞和宮で鸞君として目覚めたのは春であったから、あれから一年が経とうとしているのだ。
思い起こせば色々なことがあったけれど、あっという間でもあった。一年が経ったというのに、未だに胸を張って自分は国の役に立てているとは言えそうもない。まだまだ雛鳥であるとレイレイ自身が思うのだ。
「レイレイ様、玫瑰茶はいかがですか?」
ぼうっと縁側で日向ぼっこをしていたレイレイに、茶器一式を携えたルーシュイが声をかけた。
「頂くわ」
「はい」
コトリ、と横に盆を置き、ルーシュイは見惚れてしまうような手つきで蓋椀をレイレイに差し出す。
「椀が熱くなっておりますので、お気をつけ下さい」
「ありがとう」
受け皿ごと受け取りつつレイレイは蓋をずらして中の玫瑰茶の香りを楽しんだ。甘く薄い紅色が女性に好まれる茶である。
お茶請けに乾して焙煎した龍眼を添えてくれた。それも、硬い殻の中の実をわざわざ出しておいてくれる。
「種までお召し上がりにならないでくださいね」
「食べないわよ」
どれだけ食い意地が張っていると思っているのかと問いたくなる。龍眼の実は少し癖のある味で好みは分かれそうだけれど、レイレイには美味しく感じられた。
熱い茶をこくりとひと口。
レイレイはほぅ、と嘆息した。
「あれから一年が経つのね。早いものだわ」
「お年寄りみたいなことを仰いますね」
と、ルーシュイは密かに笑いを噛み殺していた。失礼な態度である。
「もう、真面目に聞いてよ。あれから一年よ。わたし、鸞君になって一年も経ったの。それほど役に立てているとは思わないけれど、大丈夫かしら?」
「まだ一年でございますよ」
あっさりとルーシュイは言った。
けれど、そのひと言にレイレイは妙に納得してしまった。
「ああ、そうね。まだ一年……よね」
一年とは、産まれた赤子が立てるようになるかも怪しい歳月である。まだ一年、その通りであった。急に何でもできるようになるはずもない期間とも言えた。
けれど、とルーシュイはつぶやく。
「陛下におかれましては即位より一年、レイレイ様以上に苦しい一年であったのかもしれません」
シージエ。
この半年、ろくに顔を合わせてもいない。元気にしているのだろうか。
「ユヤン様がついていてくださるのだから大丈夫だとは思うけれど……」
「ええ、それはもちろん」
そこでレイレイは茶を口に含み、それを飲み込むとルーシュイに小首をかしげてみせた。
「ルーシュイはシージエが心配なのね」
「……ええ、まあ、それは」
なんとも複雑そうにそう言った。かと思うと、ルーシュイは嘆息する。
「それなりに恩義は感じているのですよ。私がこうしてレイレイ様のおそば近くにお仕えできるのも、陛下のお許しがあらばこそですから」
シージエはあのままレイレイが後宮に入っていても、そうそうレイレイのもとへは来なかったのではないだろうか。
忙しいシージエだけれど、少しでも空いた時間があれば城外へ足を向ける。そこで自分が治める市井の状態を見て色々なことを考えているのだろう。
そうしていたら疲れ果てて、夜には後宮へ向かうこともなくぐっすりと眠っている。シージエはそうした少年であるとレイレイは思う。
だから、シージエを待ちながらぼんやりと過ごす後宮生活はレイレイにとって幸せであったかどうかはわからない。
シージエが後宮に足を向けないとユヤンが嘆いていたけれど、今でもそうなのだろうか。たくさんの美しい女人たちの誰にもシージエは気を許さないのか。
ツェイユーには悪いけれど、後宮の中にシージエが特別に思える人がいてくれたら、とユヤンのようなことをレイレイまで心配してしまった。
たくさんのものを抱え、その重責は誰よりも重くのしかかるのだから、癒しもまた同時にあってほしいと思うのだ。
そんな会話をルーシュイと交わしたせいか、その晩、レイレイは夢を見た。
けれど、皇帝であるシージエに夢で直接干渉することはできない。力の強いユヤンも同じだ。そのことにいつ頃か気づいた。
だから、その夢はシージエに繋がるものではない。ただし、その名がささやかれる禁裏での出来事だった。
錦上添花の章は全12話毎日更新予定です。
フルーツなのに龍眼ってすごい名前ですよね(笑)
でも目玉っぽい見た目……(-_-;)




