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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第二部+海榴の章+

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十二「向ける気持ち」

 レイレイが目を覚ますと、指先の血が止まるほど強く手を握られていた。月明りを頼りにその先を見遣ると、レイレイの手を握り締めて祈るように額に押し当てたルーシュイがいた。これではまるで、病床で看取られて死に別れる恋人たちのようだ。


「ルーシュイ、手が痛いわ」


 正直にそう言って笑うと、ルーシュイは弾かれたように顔を上げた。


「シャオメイに会ってきただけなんだから、大丈夫なのに」


 不安になるのは仕方がないことだけれど、今後毎回ルーシュイがこんなふうになってしまったらそれはそれで困る。


「そうは仰いますけれど、眠るレイレイ様を見守っていると少しも大丈夫だとは思えなくて……。すみません、情けないことを言って」


 ルーシュイはゆっくりとレイレイの手から力を抜いて行く。レイレイは上半身を起こして座った。


 隙を見せずに固められていた頃のルーシュイからは想像もできないような弱音が零れる。大事な人ができた時、心は案外臆病になるのだ。もし、体調を崩したのがルーシュイであったなら、レイレイもきっと取り乱してしまったことだろう。


「ううん、ありがとう」


 ルーシュイの不安を吹き飛ばすことができるのは笑顔だけかと、レイレイは精一杯笑ってみせた。ルーシュイはかすかに首を揺らす。


「シャオメイ、ちゃんとわかってくれるといいのだけれど」


 そうレイレイがつぶやくと、ルーシュイはひとつ息をついてから言った。


「結局、彼女自身のことですから、決めるのは本人です。どんな選択も自分が決めたことと腹をくくるくらいの潔さはあるでしょう」

「うん……」

「では、今度は何の夢も見ずにお休みください。私ももう寝ますから」


 ルーシュイが立ち上がったので、レイレイは寝台の上から見上げる形になった。ルーシュイが背を向けて歩き出したことが意外であった。


「あれ? 自分の部屋で寝るの? 今日はここで寝るんだと思っていたわ」


 レイレイのことをとても心配してくれていたから、今日はここについているのかと思ったのだ。その時振り向いたルーシュイの顔がなんとなく怒って見えた。


「ここにいてほしいと仰るのですか?」


 妙に低い声でそう言われた。


「そういうわけじゃないけど」


 不機嫌なルーシュイにレイレイは慌ててかぶりを振った。


「では戻ります。おやすみなさいませ」

「うん、おやすみ」


 背中から苛立ちが滲む。時々ああいう風にルーシュイの機嫌が悪くなるけれど、やはりそれはレイレイが悪いのだろうか。

 明日になったらちゃんと腹を割って話そう、とレイレイは決意して眠りについた。



 翌朝、ルーシュイはレイレイを起こしに来なかった。レイレイは身支度を整えると回廊を急いだ。

 ルーシュイは紅木の机で頬杖をつき、ぼうっとしていた。それはとても珍しい。


「ルーシュイ、おはよう」


 声をかけると、ルーシュイはびくりと姿勢を正した。


「おはよう……ございます」


 もう、怒ってはいなかった。けれど、表情が硬い。レイレイはそんなルーシュイの正面に座った。


「昨日はごめんなさい」


 すると、ルーシュイは少しムッとした。


「意味もわからずに謝ってどうするのですか?」

「そ、それは……」


 口ごもってしまったレイレイをルーシュイはじっと見つめ、それから立ち上がった。机を回り込んでレイレイのそばへ近づくと手を伸ばす。ルーシュイの手がレイレイの顔をすくい上げた。


「私がお慕いしていると申し上げている意味を、レイレイ様は本当にご理解されておられるのでしょうか? 私があなたに向ける気持ちとあなたが私に向ける気持ちは違うのかもしれないとそう思ってしまうのです」

「え?」

「家族のように扱われても私は嬉しくないのですよ。ですから、あまりご安心なさらないでください」


 抱き締める力がいつもよりも強い。息が詰まるほどの締めつけにレイレイが戸惑っても、その力はなかなかゆるまなかった。レイレイは何を言っていいのかもわからず、ただ耐えていた。


 すると、フッとルーシュイの腕から力が抜け、打って変わって優しい手がレイレイの髪を撫でる。レイレイはそんなルーシュイの衣をつかんだ。

 ルーシュイもレイレイに向ける気持ちを持て余しているように思えた。他人を受け入れることに心が慣れていないルーシュイなのだから、こうして誰かを愛しいと感じたのも初めてのことなのだろう。


 安らぎを与えてくれたかと思えば、追い立てるように胸を高鳴らせるひと。

 不安げにレイレイの気持ちを確かめようとする。大好きだと何度も口にしたけれど、それさえ上手くは伝わっていない。


 レイレイはルーシュイの腕の中で、気持ちを伝えるのは難しいものだと思った。言葉だけで伝わるものではないらしい。そう思っても、他にどうしていいのかレイレイにはわからないから、結局のところささやくのだった。


「わたし、ルーシュイのことが大好きよ?」


 そうしたら、ルーシュイは妙に意地悪な笑顔をレイレイに向けてから口づけた。朝餉が朝と呼べなくなる頃までレイレイはルーシュイの腕から解放されなかった。


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