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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第二部+海榴の章+

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十一「踏み出す勇気」

 晩鐘が夜の空に響く頃。

 レイレイが自分の寝台に腰かけて気を静めていると、ルーシュイが控えめに扉を叩いて中へと踏み入った。ルーシュイもまた薄青い寝衣に羽織り物を引っかけた姿であった。


「そろそろお休みになられますか?」

「うん。行ってくるわ」


 ルーシュイを安心させるために微笑んで、そうしてレイレイは寝台へ横になる。枕に首を預けると、レイレイの手をルーシュイが取った。


「速やかにお戻りください」


 心配性なルーシュイに苦笑して、レイレイはルーシュイの手の感覚を感じながら目を閉じた。



     ● ● ●



 薄靄の漂う夢の中。シャオメイは一人で膝をついていた。そのそばにレイレイは降り立つ。


『シャオメイ、よかった。会いたかったわ』


 ギュッとシャオメイの首に抱きつくと、シャオメイは驚いたように声を上げた。


『レ、レイレイ様? ――ああ、これは夢なのですね』


 二度目ともなるとシャオメイもすぐに理解してくれた。ほっとしたように肩から力が抜けていく。


『ねえ、シャオメイ。シャオメイはお嫁に行くの?』


 シャオメイの目を見てレイレイは訊ねる。シャオメイの目が一瞬揺らいだ。


『レイレイ様はなんでもお見通しでございますね。はい、そのつもりでおります』


 少しも笑わないシャオメイ。以前夢で会った時は女性らしさが滲む笑みを浮かべていたというのに。


『その人のこと、好き?』

『それは……まだなんとも……』

『好きじゃないんでしょ?』

『……今はまだ』


 うつむきかけたシャオメイの顔をレイレイは両手で挟んで自分に向けさせた。


『他に好きな人がいるんでしょ?』

『それは……っ』


 傷ついた目をしたシャオメイに、レイレイはそっとささやく。


『いいの、ここは夢の中よ。二人だけの内緒のお話。普段は言えない気持ちを話しても、何も問題はないのよ』

『レイレイ様……』


 ひく、とシャオメイが小さく啜り泣く。レイレイはそんなシャオメイを抱き締めた。シャオメイはレイレイの肩口でぽつりぽつりと語り出す。


『鸞和宮から出て家族でこの地に流れ着いてすぐ、わたくし共はこの地の県令様のお屋敷に雇い入れて頂くことができました』


 県令とは一万戸以上を治める役職であるから、裕福であるのも当然だった。


『その県令様の御子息でもあらせられる県丞けんじょう(副官)様はとてもお優しく、奥様の忘れ形見であるお嬢様をそれは大切に慈しまれており、わたくし共にもそれはよくしてくださっておりました』


 県令の子息である県丞。それがあの貴人の正体だ。

 忘れ形見と言うのなら、夫人はすでに鬼籍に入った身なのだ。道ならぬ恋ではないけれど、あまりの身分差にシャオメイは苦しんでいる。そういうことなのだ。


 あの貴人のことを考え過ぎるとまた具合が痛くなりそうで、レイレイはシャオメイの話に集中した。


『本当にお優しくて、こんな気持ちを抱いてはいけないとわかっていても想いは消せず、わたくしは本当にどうしていいのか――』


 ハラハラと涙を零すシャオメイの背をレイレイは何度も撫でながら話を聞いていた。


『想いを断ち切るために他の方に嫁ぐことを決めました。けれど、最後に……二人で見た海榴つばきの花をもう一度だけ見たいと思ったのです』


 川を流れる紅の花。

 二人の大切な思い出を盗み見てしまい、レイレイは申し訳ない気持ちにもなった。そんなレイレイに気づかず、シャオメイは語り続ける。


『花を手にとって、そうして、わたくしの恋心をすべて引き取ってほしいと川へ流しました。けれどその時、何故だか振り向いた先にあのお方がいらっしゃったのです。そんなことをしているわたくしをどうお思いになったのでしょう? この秘めた気持ちをもし知られてしまったら、わたくしはもうどうしていいのか――恐ろしくなって、礼もそこそこに逃げ帰ってしまったのです』


 優しくて、賢くて、少し臆病なシャオメイ。

 こんなにも素敵な人だというのに、自分がその価値を知らない。


『ねえ、逃げたりしなくてもよかったのよ。シャオメイに想われて、その人もきっと嬉しいと思うわ』

『そんなはずはございません。身の程を知らない娘だと思われたりしたら、わたくしは……』


 あの貴人はシャオメイを大切に扱ってくれていた。それがどういう気持ちからかはわからないけれど、シャオメイを無下にはしないでいてくれると思いたい。受け入れられないとしても、無暗に傷つけたりはきっとしないだろうと感じたのだ。


 この時、リィンと鈴の音が鳴った。これは早く戻れというルーシュイの催促か。

 レイレイはそれを聞き流しつつも話を急いだ。


『でもね、シャオメイ、その人を忘れたいから結婚するって、相手に失礼よ?』

『え……』

『だってそうでしょう? 結婚したばかりの自分の奥さんが自分のことを好きでいてくれないのよ? それってとっても不幸だわ』


 そんな当たり前のことをシャオメイは気づいていなかったのだろうか。涙が止まり、愕然とした表情を浮かべている。


『駄目よ、そんなの。だから、そんな結婚は駄目。いい? わかった?』

『わ、わたくしは……』


 リィン。


 わかっている。時間をかけすぎだと言いたいのは。

 でも、大事な話に割り込まないでほしいものだ。


『じゃあね、シャオメイ。自分が我慢すればいいなんて、そういうのは違うと思うわ。シャオメイが間違えたらいろんな人が一緒に不幸になるかもしれないの。間違えないで。後悔しないでね――』


 リィン。


 そこでレイレイは目覚めた。


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