八「原因」
昨日よりも状態が悪化している。レイレイ自身にもその自覚があった。ぐったりとしていると、ルーシュイが白湯を持って部屋にやってきた。
「レイレイ様、お加減は――」
そう問いかけてから口をつぐむ。調子がよさそうには見えなかったのだろう。心なしルーシュイの顔色も青白く見えた。
「粥は食べられますか?」
今日は食べられる気がしなかった。首を振るのがやっとで、それさえ目が回り、涙が浮いてしまった。
ルーシュイの微かな吐息が聞こえた。
「わかりました。けれど、せめて白湯だけでもお飲みください」
昨日と同じようにレイレイの体を抱き、ルーシュイは白湯を飲ませてくれる。けれどレイレイはそれに対して礼を言うことさえ苦しかった。
本当に、どうしてしまったのだろう――
「ユヤン様に直接お会いしに伺いたいのですが、このような状態のレイレイ様を一人残して出かけることなどできません。こうした時、やはりシャオメイがいればよかったのでしょうか。私のわがままがレイレイ様の苦しみを長引かせているようで……」
そんな殊勝なことを考え始めたルーシュイに驚いてしまった。それくらい、レイレイの不調がルーシュイには応えるらしい。
「ごめんね」
やっとそれだけ言うと、ルーシュイはキッと目をつり上げた。
「やめてください。そういう言葉は不吉です」
まるで死に別れるみたいだと――
あまり喋らせてはいけないと思うのか、ルーシュイは無言でレイレイの髪を撫で続けていた。
その手つきに、レイレイはただ静かに眠った。夢は見ない、ただの眠りであった。
そうしてレイレイが目を覚ましたのは少なくとも昼を回った頃であった。
いつの間にかルーシュイはおらず、そのルーシュイが再びレイレイの部屋を訪れた足音でレイレイは目覚めたのだ。
「レイレイ様」
その声はどこか落ち着きを取り戻したようだった。
「ユヤン様から返答がございました。やはり、レイレイ様の御不調は鸞君の力と関りがあるのではないかとのことです」
力の使い過ぎで、しばらく休めば大丈夫だと言うのだろう。そう思ったけれど、ルーシュイはレイレイの予測していなかったことを問う。
「このところ夢の中で不鮮明な何かを見たことはございませんか?」
不鮮明。
それはまさにあの貴人。
それから、その幼い娘と、その子が慕っていた様子の嫁いだ娘。
この三人の名が聞こえない。
思い当たる節がレイレイにはしっかりとあったのだ。だから小さくうなずいてみせる。
「やはり……」
ほっと、ルーシュイは胸を撫で下ろした。
「その夢がレイレイ様の御不調の原因です。もう決してその夢を見られてはいけません。そうすればすぐに回復されるとのことです」
見てはいけないと。
けれどあの夢はシャオメイに繋がる。
あんな状態のシャオメイを放っておいてもよいものだろうか。
なんとかしたい、力になりたい。そうは思うけれど、そのせいでルーシュイを苦しめるのは嫌だ。
せめてもう少し体を労わって、それからルーシュイに相談したい。
関わるなと言われてしまうかもしれないけれど、無断で無理をしてばかりいてはルーシュイに愛想を尽かされてしまう。それだけはレイレイなりに学んだのだ。
● ● ●
ただ、学んだことは学んだのだけれど、レイレイは力を使う時、自分でもどうしているのかわからないことがある。はっきりと意志を持って行っているばかりではない。
その人のことを気にしてしまったりすると覿面に夢に出る。それならば、シャオメイのことを気にしなければいい。
頭ではわかっていても、そんなふうに割りきれるレイレイではなかった。
いけないと思うのに、気持ちは引きずられる。
『お父さん、わたし、今がとても幸せ。でも、この幸せをいつまでもと言っていちゃいけないものね。わたしはそろそろ夢から覚めなくちゃ。お返事、待たせてごめんなさい。もう気持ちは固まったから――』
シャオメイは父親に向ってそう切なくささやいた。父親はそうかと言って微笑んでいる。
(シャオメイ!)
呼びかけたいのに声が出ない。二人の姿がすぐそばに見えるのに、届かない。
叶わない恋。
頭でわかっていても心は従ってくれない。
無理に心を殺すと、この先のシャオメイの人生が灰色に塗り潰されてしまう。それはとても苦しいことだから。
(シャオメイ、それでいいの? ねえ、シャオメイ……)
涙がツ、と眠るレイレイの目尻から零れ落ちた。




