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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第二部+海榴の章+

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六「不調」

 はあ、はあ、とまるで悪夢を見た後のように息が上がっていた。

 無意識のうちにシャオメイの恋心に感応してしまっているのかもしれない。だから、あんなにもあの青年を見た瞬間、胸に差し迫るような想いが溢れるのか。


 ルーシュイにどう話すべきか、レイレイなりに頭を絞った。けれど、起き上がろうと首をもたげた時、目の前が球面に映した風景のように歪んだ。


「……っ」


 目が回る。あまりの気持ちの悪さにレイレイはそのまま寝台に伏せった。

 どういうわけだか、体が不調を訴える。これは鸞君になってから初めてのことであった。月のものが来た時も、レイレイはあまりひどくはならない。こんな風に立ち上がれないことは本当に珍しいのだ。


 どうしようかと考えていると、いつまでも起きてこないレイレイを起こしにルーシュイがやってきた。控えめに扉を開く。


「レイレイ様、お目覚めでしょうか?」

「ルーシュイ……」


 あまり大きな声が出せず、か細くルーシュイを呼んだ。それでもルーシュイは聞き漏らすことなく返事をしてくれた。


「レイレイ様? 失礼致します」


 異変を察知してくれたらしく、ルーシュイは断って扉を開いた。

 いつものごとくきちんと身支度を整えたルーシュイが、室内を大股で横切って寝台へ近づいてきた。顔が強張って見える。


「レイレイ様、お顔の色が優れませんが」


 寝台のそばに膝をついてレイレイの顔を覗き込む。レイレイは寝そべったままうなずいてみせた。


「うん、気持ち悪い……」


 ハッとしてルーシュイはレイレイの額に手を当てた。ひんやりとした手だ。


「熱は……ないようですが。このところ冷え込みましたし、お力も立て続けに使われていたので、それでお疲れになったのかもれません」


 そうか、力を使い過ぎてしまったのか。ルーシュイの言葉にレイレイはすぐに納得した。ルーシュイは心配そうにレイレイの枕元に寄り添う。


「粥なら食べられますか?」

「少しくらいなら……」

「わかりました。今日はこちらにお持ち致します。それから、薬湯もいれて参りますので」


 いつも冷静なルーシュイが、どこか慌ただしく部屋を去った。


 しばらくぼうっとして天井を眺めていた。こう体調が悪くては力も使えず、シャオメイの力にはなれないだろうか。

 もう少し回復するまでシャオメイは結婚の返事をせずにいてくれたらいいのだけれど――


「レイレイ様、お待たせしました!」


 本当に、いつものルーシュイらしくない。入室を断るのも忘れて、盆を手に駆け寄ってくる。


「粥と、薬湯をお持ちしました」

「うん、ありがとう」


 そっと笑ってみせると、ルーシュイはなんとなく眉を下げた。


「少し起きられますか?」


 寝台の横の台に盆を置き、ルーシュイが訊ねる。レイレイは起き上がって答えようとしたけれど、自力で頭を持ち上げることができなかった。ほんの少し頭を浮かせただけで耐えられなくなってしまう。

 再び挑戦しようとしたレイレイの両肩を、ルーシュイは寝台に押し戻した。


「駄目ですよ、ご無理なさらないでください」


 そう言ったかと思うと、ルーシュイは寝台の縁に腰かけ、片膝を横向きに寝台に乗せ、そこにレイレイの背を当てがった。レイレイの首を大事そうに腕に抱え、空いた手で粥の椀を手に取る。

 ルーシュイはそのまま粥まで食べさせてくれた。ひと匙ずつ丁寧に口に運ぶ。断る気力もなく、レイレイは無言で粥を食べる。


「少しずつでいいですから、ゆっくり食べてください」


 気遣うルーシュイの声は本当に心配そうで申し訳ないような気持ちになった。

 粥を食べ終えると、今度は口湯杯(湯呑み)を手に取った。


「薬湯ですから、美味しくはないですけれど……」


 レイレイの唇に押し当てられた杯から、癖のある臭いがした。薬なのだから仕方がない。レイレイは我慢して飲んだ。口の中いっぱいにえぐい味が広がる。


 レイレイがふぅ、と息をつくと、ルーシュイは茶碗を置いてから手の平でレイレイの頬を撫でた。


「おいたわしい……。早くよくなりますように」


 少し休めば大丈夫だろうに、ルーシュイはいちいち大仰だ。そう苦笑したくもなったけれど、ルーシュイの目は真剣であった。どこか怯えているようにさえ感じられるのは気のせいだろうか。


「わたし、大丈夫よ?」


 精一杯そう答えたレイレイを、ルーシュイはそっと抱き締めた。


「当り前です。あなたにそうそう何かあっては堪ったものではありません」


 ――誰かに死んでほしくないと思ったのは初めてだと、ルーシュイはレイレイにそう言った。


 大切な人を喪うことに臆病なルーシュイ。耐えられないから、一度はこの手を離した。それを引き止めたのはレイレイ自身なのだから、ルーシュイに後悔などさせてはいけない。


「大丈夫。そばにいるって約束したから」


 そう言って、レイレイはルーシュイの衣を握り締めた。不安げにしているルーシュイに更なる愛しさが募る。

 ずっとこうしていられたらいい。レイレイは不安よりも大切にされている今を嬉しく思った。


「ユヤン様ならば何か助言をくださるかもれません。大事おおごとにはならない程度にそれとなく文で訊ねてみましょう」


 しばらく休めば治るだろうに、ルーシュイは何もしないで待つことが苦痛なのかもしれない。彼の気が済むようにしてもらえればいいのだけれど、過保護だとユヤンに笑われそうな予感がするレイレイだった。

 

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