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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第二部+海榴の章+

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四「涙のわけ」

 レイレイは目覚めてすぐ、自分も眠りながら泣いていたのだと気づいた。その涙を拭うと、素早く身支度を整えてルーシュイのもとへと向かう。

 ルーシュイはまだくりやにいて、いつもよりも目覚めの早いレイレイに少しばかり驚いていた。


「おはようございます。今日はお早いのですね。何か夢の影響でしょうか?」


 石造りの厨の朝はレイレイが思う以上に寒かった。ぶるりと身震いしてしまうけれど、ルーシュイはもっと早い時間からここで働いてくれているのだ。それでも寒さを感じさせないほど爽やかに微笑んでいる。

 コトコトと粥を炊く音と湯気の白さにほんのりとだけ暖を感じた。


「おはよう、ルーシュイ。寒いわね」

「寒いですね。えっと、すぐにあたためて差し上げますが」


 などと言って抱きついてくるけれど、ルーシュイの方が寒かったのではないだろうか。レイレイはルーシュイが冷えていたので振り払うことはせず、そのままの体勢で首だけを上に向けた。


「あのね、今日はシャオメイの夢を見たの」

「そうなのですか? また事件に巻き込まれたのでしょうか?」


 事件ではない。けれど、レイレイなりに一大事だとは思う。


「事件じゃないけれど……。シャオメイには別に好きな人がいるのに、お父さんがシャオメイの嫁ぎ先を探してきたの。それでシャオメイは本当のことが言えなくて泣いていたわ」


 なるほど、とルーシュイはつぶやいたけれど、その声のどこにも熱がない。


「よくある話ですね」

「よくあるって、シャオメイよ? わたしはシャオメイが泣いているなんて耐えられないわ」

「うぅん、まあ、そう、ですね」


 なんだその渋々な返事はと腹立たしさも込み上げる。けれど、ルーシュイはそんなレイレイをそっと離すと、竈から鍋を退けた。


「さて、朝餉にしましょうか」


 冷静すぎるルーシュイに不満な顔を見せつつ、レイレイは朝餉の席に着く。

 ルーシュイはいつもと変わらぬ様子で丁寧に支度を整え、レイレイに粥をよそってくれた。今日はクコの実と胡麻、蒸して塩をした鶏肉が散らされる。

 粥はやはり美味しい。食べていると何に腹を立てていたのか忘れてしまいそうになるほど、あたたかい粥が体に染みた。


 ただ、今回はシャオメイが関わっている。そう簡単に忘れてはいけない。食べきってから改めて話そうと、熱々の粥を食べ続けるレイレイに、ルーシュイは湯気の向こうで苦笑しながら言った。


「そのシャオメイの想い人とやらはどんな男なのですか?」

「え?」


 ピタリと手を止め、レイレイはルーシュイに顔を向ける。


「なまじ顔がよいだけの男や口が上手いだけの男ではないならいいのです。少なくとも、親が選んだ相手はまともでしょうし。どちらがシャオメイを幸せにする相手なのか、今のところわかりませんよ」


 そうだった。シャオメイが泣くから、レイレイも冷静ではなかった。

 シャオメイの想い人は一体どんな相手なのだろう。

 真面目な彼女だから、きっと同じように真面目で誠実な人柄の相手であるように思うけれど、実際のところはどうなのだろう。


「レイレイ様」


 ルーシュイはまっすぐにレイレイを見据え、そうして凛とした声で言った。


「シャオメイの助けになりたいレイレイ様の御心は、私なりにわかるつもりではございます。けれど、シャオメイの恋路にかまけるあまり職務が疎かになってもいけません。そこはご理解ください」


 正論である。わかってはいるけれど、理屈と感情は別なのだ。

 レイレイはしょんぼりと粥を匙でかき混ぜながら答える。


「わかっているわ。でも、もう一晩だけ……」


 シャオメイの話を聞いて、シャオメイが答えを導き出せる手助けになりたい。

 ルーシュイは小さく息をつくと、そこで優しい目をした。


「以前の私ならば止めたでしょうけれど、人を想うことの大きさを私なりに理解するようにもなりました。ただ……シャオメイが泣いていたと仰いますが、それが何故なのかが私には引っかかります」

「何故って……」


 恋が叶わないから。それが苦しくて泣いているのではないだろうか。


「シャオメイは大人しいから、想いを伝えられないのかしら。それは誰だって怖いし勇気のいることだと思うけれど」


 うぅん、とレイレイが唸っていると、ルーシュイは小さくつぶやいた。


「そうですね、どうしても報われることのない相手に想いを募らせているのでなければよいのですが」

「え? ツェイユーみたいに?」

「彼女の想い人は恐れ多くも皇帝陛下でしょう。それは飛躍しすぎです」


 以前知り合ったツェイユーという娘は、シージエを皇帝とは知らずに恋焦がれていた。

 今も知らないままでいるのだと思うけれど、いつもいた場所に彼女はいない。諦めたのか、ルーシュイが怖くて場所を変えたのか、どちらだろう。


 レイレイもさすがにツェイユーの恋の成就は難しいと思う。けれど、それに比べれば、シャオメイに難しいことなどないのではないだろうか。

 考え込むと、ルーシュイはぽつりと言った。


「報われない恋――例えば、妻子持ちとか」

「ええ!」

「まあ、生真面目な彼女の性格からして、さすがにそれはないでしょう」

「びっくりさせないでよ」

「けれど、決まった相手がいるのかもしれませんし、立場や家柄があるのかもしれません。本当に、どういった相手なのでしょうね。――ああ、長話が過ぎると粥に粘りが出てしまいます。さあ、食べましょう」

「う、うん……」


 レイレイは粥を頬張りながらシャオメイに何かを訊ねる時は慎重に行こうと思った。


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