三「紅」
その晩も立て続けに夢を見た。
夢の中にシャオメイがいたのは、レイレイが無意識のうちに彼女を気にしてしまっていたからだろう。
レイレイの夢には幾通りかの状況があり、まず、その人物の過去に起こった出来事をその人物と同化した形で見るもの。
相手と対話する形で向き合うもの。
それから、客観的に第三の目として眺めるもの。ユヤンとのやり取りを別とするなら、始めて見た夢がそれであった。そういえば、初めて夢を見た相手はシャオメイなのだ。
家族を盾に取られ、シャオメイはレイレイを殺害しようとした。けれどそれをルーシュイが防いでくれた。
それももう遠い昔のことのように感じられる。
シャオメイは逃れた僻地でどうやら働き口を見つけたようだった。彼女は優秀な女性だから、その気になればいくらでも雇ってもらえるだろう。
その夢の中でシャオメイがいた場所は、豪華ではないものの清潔に保たれた室内であった。寂れた色合いの中、ぽつりと一点だけが紅い。机の上の一輪挿しに海榴の花があった。
シャオメイは風の吹き込む冷たい窓辺で、鈍色の空に向かってほぅ、と息を吐く。白くなった吐息は風に掻き消され、シャオメイはうつむいた。
雪もちらつく季節に窓も閉めずに何を思い煩うのか。
レイレイはそんなシャオメイの様子に不安を感じる。
やはりと言うべきか、シャオメイははらりと涙を零していた。それは静かに頬を伝う。
シャオメイはつらい心も表に出さず、隠れて泣くような女性なのだ。我慢強くて優しい、そうした彼女だから、レイレイはどうしようもなく心配だった。
そうしていると、その夢がふと歪んだ。
よじれた夢の風景は切り替わっていた。そこにいたのはシャオメイと、彼女の父であった。背景は薄靄ばかりで、二人だけがそこにいる。人のよい彼女の父は相変わらず柔和な笑みでシャオメイに告げた。
『シャオメイ、庭師仲間のダーファンさんがね、うちの息子の嫁にシャオメイをほしいって仰ってくださっているんだよ。よく働くいい子だって』
役人であったシャオメイの父は、どうやら今は庭師になっているようだ。そうした特技があったことは幸いであるが、この父親、娘の顔が凍りついたことに気づいていない。優しい人だけれど、どうやら女心にはとても鈍いようだ。にこにこと話し続ける。
『ダーファンさんの奥さんにも会ったことがあるけれど、穏やかな人だったよ。ああいう家に嫁げたら大事にしてもらえると思うんだけれど』
『……お父さん、その、お相手の息子さんというのはどういう方なの?』
とても肝心なところである。けれど父親は首を傾げた。
『それは私もまだ会ったことがない。けれど、ダーファンさんの息子なんだから好青年だろうよ』
人を疑うことを知らない父親である。
いや、きっとそのダーファンとやらの息子も実際にいい人なのだろう。だとしても、それとこれとは別なのだ。
紙のように白くなったシャオメイの顔を見ればすぐにわかる。シャオメイの想い人は別にいる。少なくともその縁談相手ではない。
レイレイはもどかしい気持ちを胸いっぱいに抱えて先の成り行きを見守った。この光景はすでに過去なのだ。レイレイが今さら介入することはできない。
『あの、お返事はしたの?』
おずおずとシャオメイが訊ねると、父親は大きくかぶりを振った。
『まさか。お前の意見を聞かないで決めるわけがないじゃないか。……それで、どうなんだ? お前はどうしたい?』
親同士が勝手に縁談をまとめることなど珍しくはない。シャオメイの意向を気にしてくれるだけ、この父親はやはり優しい。けれど、女親ほどの鋭さまでは見込めない。
『お前にもし想う相手がいるのならいいんだよ。心配しなくてもこの話はちゃんと断るから。どうなんだい?』
シャオメイがギクリとしたのを父親は気づいただろうか。ただ無言で返答を待っている。
『……そんな相手はいないわ。でも急なことでびっくりしてしまって。もう少しだけ考えさせてもらえるかしら』
ため息をつきながらそう答えた娘に、父親は大きくうなずいた。
『そりゃあ一生の大事なことだからなぁ。急に決められないのも無理はない。わかったよ、しばらく考えて答えを出しなさい』
それを口にした途端、父親の姿は薄れ、薄靄に溶けた。シャオメイは力なくその場に崩れ落ち、そうして両手で顔を覆うとさめざめと涙を流した。
想う相手がいないのなら、あんな涙も零れない。
シャオメイは何故、父親に本心を語らないのだろう。
こうして心の奥底で泣いているシャオメイを見ていると、レイレイも苦しくて仕方がなかった。
泣かないで、と今は声が届かない。今度の夢は直接シャオメイと話したいと思う。
レイレイも、シャオメイには幸せになってもらいたいから――




