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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第一部+比翼の章+

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七「幸せの証」

 レイレイは目覚めてすぐ、チュアンとレアンにルーシュイと夢の中で再会を約束したことを語った。

 二人は表情をほとんど変えず、こくりとそろってうなずいただけだった。驚きは感じられない。まるで心構えができていたかのような反応である。


「でしたら、ユヤン様にそう報告して参ります。鸞君はここでお待ちください。レアンを残していきますので」

「う、うん。ありがとう」


 シージエとユヤンがどう出るのか、レイレイには読めない。けれど、もう一度ルーシュイと共に過ごすという希望は捨てたくなかった。ルーシュイがここに戻るまで、少なくとも二、三日はかかるだろう。

 チュアンが報告に行き、そうして早朝にもかかわらずユヤンを連れて戻った。いつ会っても余裕のある佇まいがこの人らしい。


「ユヤン様」


 レイレイははっきりとした声で言った。ユヤンは微笑を絶やさずそこにいる。本当に不思議な存在だとレイレイは改めて思った。


「あの、わたし、もう一度鸞君としてがんばりたいです。ルーシュイともちゃんと和解しました。戻ってきてくれると約束したのです。なので、その……後宮入りのお話は――」


 尻すぼみになって言い淀むレイレイに、ユヤンはクスクスと声を立てて笑った。


「実のところ、もともと男と二人きりで過ごしていた君を後宮に入れるつもりなどなかったのだよ」

「えぇ?」

「いや、何もなかったとは思うけれど、後宮は厳しい場所だから、その噂がもし漏れたら君を苛み続けることになるだろうし」


 何もというのは――

 レイレイはユヤンの言わんとすることに思い至り、目を白黒させた。そんな彼女にユヤンは柔らかく微笑んでいる。


「後宮入りなどということを口にしてみたのは、彼がどう出るのかを見てみたかったからだ。思ったよりもあっさりと引き下がったから拍子抜けしてしまったけれど、ちゃんと想いは通じたようだね」

「はい」


 レイレイは頬を染めたままうなずいた。そうして、そろりと顔を上げる。


「あの、シ――いえ、皇帝陛下はなんと?」

「ああ、陛下は後宮を縮小しろと普段から仰っているのだ。問題ない」


 そう言われてみればそうだった。縮小してどれくらいの人数がいるものなのかはわからないけれど、その中にはシージエを虜にする娘もきっといるのだろう。


 あのツェイユーに、あなたの想い人は皇帝陛下だと告げたなら、彼女は後宮入りしたいと願うだろうか。けれど、そうしたらそうしたで、他の娘に寵が与えられれば、胸を掻きむしられるような苦痛を感じる日々になる。


 ツェイユーがシージエの心を射止めるのは難しいことなのだ。だとするなら、正体を知らないまま、別の人に心変わりするのを待った方が彼女は幸せになれるのかもしれない。

 何が幸せか、などということは当人次第だけれど。


「わたし、これからもがんばります。数人の心に触れただけで、こんなにも苦しんでいる人がいるのかと驚いたくらいです。これから、もっとたくさんの声を陛下にお届けできるように励みます」


 ルーシュイがいてくれたらがんばれる。無理はしないと約束したから、一緒に話し合いながら続けていく。

 早く会いたいとレイレイは心から願った。ユヤンはうなずいて返してくれた。


「わかった。それでは、彼が戻ったら一度共に顔を出すように。私の次官たちはそれまでそばにつけておく」


 それでは忙しいユヤンが不自由な思いをしてしまう。けれど、彼の申し出はありがたかった。レイレイは遠慮している場合ではないこともあり、素直に受けることにした。


「何から何までありがとうございます」


 レイレイは勢いよく頭を下げた。ユヤンはいや、と控えめにつぶやいてみせた。


「ではな」

「はい、改めてお伺いします」


 そうして、レイレイはルーシュイを待つ日々を自らが使う部屋ではなく、隣のルーシュイの部屋で過ごした。自室の寝台を使うと、またルーシュイの夢に飛んでしまうかもしれないと思ったのだ。

 会いたいけれど、ルーシュイとは次に会うのは現実だと約束した。ここで夢に入り込むと、ルーシュイの気持ちの整理を邪魔してしまうような気がしたのだ。


 ルーシュイが使っていた寝台は、もともとシャオメイが使っていたわけであり、目を瞑ると二人と川の字で眠っている気分になれたと言ったら笑われるだろうか。



 そうして、二日が経ち、三日目の朝、馬の嘶きと蹄の音が宮に響いた。レイレイはハッとして回廊を走り、宮の門まで急ぐ。チュアンとレアンもいつの間にかそんなレイレイの後に続いていた。

 彼らが鸞和宮の分厚く重たい門を両側から開く。ギギギと軋みながら開いた門の先に、月毛の馬から降り立った直後の、旅装のルーシュイがいた。


「ルーシュイ!」


 一も二もなくその胸に飛び込んだレイレイを、ルーシュイはとっさに抱き止めた。チュアンとレアンがルーシュイから馬の手綱をひったくるようにして預かり、そうして馬を連れてどこかへ去っていく。気を利かせてくれたのだろうか。

 門の外で抱き合う二人。人通りのないその場所で、ルーシュイはレイレイの耳元でささやいた。


「ただ今戻りました」

「うん、お帰り」


 感極まって涙ぐむレイレイの声を、ルーシュイは柔らかく微笑んで受けた。けれど、その微笑から耳を疑うような言葉が漏れる。


「ええとですね、まず、レイレイ様を刑罰で打った衛士を私の部下にもらい受け、戦地に連れていってやってたんです。どさくさに紛れてボコボコにしてやろうかと」

「え?」

「私はお呼びがかかったので戻りましたが、あいつは置いてきてやりました。今度は自分が痛い目を見ればいいんですよ」


 衛士があれでは確かに市民は困る。けれど、ルーシュイのそれは私怨に他ならない。ルーシュイと離れることができて、彼の首は皮一枚で繋がったとも言える。

 ルーシュイは抱き締めたレイレイの背をそっと撫でた。


「レイレイ様にあんなことをしたのですから、当然の報いです」

「ルーシュイってば……」


 どう言っていいものやら。レイレイが困っていると、ルーシュイは一度レイレイを離した。


「庭に行きませんか?」


 甘い微笑と優しい声音でそんなことを言うのだから、逆らえるはずもなかった。


「そうね」


 鸞和宮の美しい庭先でルーシュイと語り合いたい。レイレイも笑ってうなずいた。

 ルーシュイは手馴れた動きで門を閉め、レイレイを伴って庭へと向かう。青々とした生命力溢れる庭先を二人は眺めながら、宮と繋がる段の上に横に並んで腰を下ろした。


「レイレイ様」


 ルーシュイの腕がレイレイの肩を抱いた。レイレイはその腕に身を任せる。ルーシュイはぽつり、と言った。


「今の私はあなたを心から愛しいとお慕いしています。あなたが受け止めきれないほどの想いをぶつけてしまうかもしれません。……けれど、そんな私にしたのはあなたですよ。私は身を引こうとしたのですから」


 ルーシュイが本音でレイレイと接してくれる。嬉しくて、こそばゆくて、ドキドキと胸が高鳴った。


「うん、大丈夫。受け止めるから」


 そう答えてレイレイはルーシュイの胸に甘えるようにして寄りかかる。けれど、ルーシュイはそんなレイレイの顔をすくい上げた。そうして、にこりと微笑む。その顔はどこか意地悪だった。


「言いましたね?」

「うん?」


 その後の言葉は続かなかった。言葉も吐息も、被さった唇の奥に飲み込まれていく。背中に回された腕が巻きつくように締まった。

 初めてのことに呼吸の仕方がわからない。ただ与えられる熱と感覚に戸惑うばかりだ。そんなレイレイを気遣ってくれているような、くれていないような、ただルーシュイが楽しげであったように思う。


 息が上がってしまうような長い口付けにレイレイがぼうっとすると、ルーシュイはレイレイのまぶたに唇を寄せてささやいた。


「夢の中では物足りなくて。これで現実だとようやく実感できました」


 ギュッと力を込めて抱き締められる。そうして、ルーシュイは軽やかに笑った。


「どうしましょう、お役目が手につかないかもしれませんね」

「へ?」

「自分でも今、びっくりするくらい浮かれているのですよ」


 感情をほとんど面に出すことをしないルーシュイだったけれど、今のルーシュイの笑顔は蕩けるようで、そんな顔を見られただけでレイレイも嬉しかった。


「なんて、いざという時は頭を切り替えますのでご安心ください。私のお役目はレイレイ様をお護りすることですから、疎かになどできません」

「ありがとう。でも、女官のことはどうしようかしら? シャオメイのこともユヤン様は気づいていらしたみたいで、事情を説明すればシャオメイをここに戻せるんじゃないかなって思うんだけれど」


 すると、ルーシュイはレイレイの髪をサラリとすくってから、ああ、とつぶやいた。


「そうですね。できなくはないと思いますが、私はレイレイ様と二人で過ごせたらそれでいいのです。そうでなければ、こうしてレイレイ様に触れることができませんので、戻ってきてほしいとは思っておりません」


 と、レイレイを抱き締める腕の力を少し強めた。レイレイはルーシュイの腕の中で苦笑するしかない。


「私情挟みすぎ」

「なんとでも仰ってください」


 レイレイは思わず声に出して笑ってしまった。そんなレイレイをルーシュイが至近距離からじっと見つめている。

 シャオメイは今、家族と共にいる。それならば無理に呼び寄せなくとも、シャオメイは幸せに過ごしているのかもしれない。レイレイもそう思うことにした。


 それも、ルーシュイの腕の中がレイレイにとっても心地のよい場所であるからだ。こうして触れられると幸せな気持ちになれる。レイレイはふわふわとした気持ちでささやいた。


「わたし、ルーシュイに会えてよかった。今、すごく幸せ。ありがとう」


 頬を染めるレイレイに、ルーシュイも微笑んだ。


「私も幸せです。世の中を恨んでばかりいた私ですが、今は純粋に、私を育ててくれた義父たちにも感謝をしたいと思えます」


 その言葉が、レイレイにとっても嬉しかった。

 隙なく塗り固められていたルーシュイの心。

 それがようやく解れたと思うことができた。本音で接すれば、それはそれでぶつかり合うこともあるかもしれない。

 けれど、こうして二人でいられたら、どんな苦労も乗り越えていけると信じよう。

 もう一度別れることを思えば、喧嘩をするのも悪くはない。


「ねえ、ルーシュイ」

「はい」


 フ、と柔らかな目がレイレイに向く。レイレイはその瞳に甘えてみた。


「あなたが名づけたわたしの名前を呼んで」

「レイレイ様」

「うん」

「レイレイ様」

「大好きよ、ルーシュイ」


 愛しい人が名を呼ぶ、それが幸せの証――



     《 第一部 ―了― 》

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