六「生まれ星」
「――それで?」
と、椅子の肘置きで頬杖をつきながら、皇帝は執務室でユヤンにそう問うた。二人きりの室内で、あたたかな日差しとは不釣り合いな表情を浮かべる皇帝に、ユヤンは柔らかに苦笑する。
「ええ、次官たちの報告によると、なんとか丸く収まりそうですね」
「そうか」
皇帝は短く返した。あまり機嫌がいいとは言えない。
それもそのはずではある。ユヤンは冕冠の珠の間から覗く皇帝の面持ちに多少の申し訳なさを覚えた。
「彼は数奇な生まれ星を抱えた人物です。あのままでは国の禍根となりかねない。憎しみを抱えて死すれば尚のこと、その魂は国に根づき、国を滅ぼす……」
「ただし、その星、転機を迎え、憎しみ解かすこと叶えば国の誉れとなる。その救済は一人の乙女によってのみ行われる――お前の朴は正しかったというわけだな」
そうして、皇帝はふぅ、と物憂げに嘆息した。その途端、少年らしい不機嫌な表情が一掃され、天子としての顔となる。
「先代の異民族嫌いは病的だった。国土を争った過去がそうさせたのやもしれぬが、そのために彼の家族のような家庭が壊れたのだ。私は今後、そうしたことが二度と起こらぬようにこの国を導いて行かねばならない。先帝の行いが私の罪ではないと逃れるのは、皇帝として恥ずべきことだ。私はそれを引き継ぐ覚悟はある」
歳若い、まだあどけなさを残した少年の面差し。けれど彼の目は国の頂点に君臨するもののそれである。
「ご立派なお覚悟でございますが、あまり抱え込み過ぎませんように」
そう言ってユヤンは拝礼した。意識せず、自然と頭を垂れさせる皇帝が、ユヤンがこの国の中枢に関わるようになってから何人いただろうかと考えた。顔を上げ、皇帝ににこりと笑顔を向ける。
「まあ、そのために陛下の妃候補の一人を彼に娶わせるのですから、これでも申し訳ないと心を痛めてはいるのですよ」
ほう、と皇帝は冷めた目をした。ユヤンの言葉が白々しく聞こえたのだろうか。それからひとつ嘆息した。
「レイレイ――彼女は確かどこかの県令の末娘だったな。鸞君の任を解くまでそれを思い出すことはないのだろうが、彼女の親族は皆、彼女が後宮にいるものとばかり思っているのだから、そこは心苦しいな」
「そうですね。けれど彼女は立派に国のために働いているわけですから、認識としてはそう間違ってもいないのではありませんか」
ユヤンは抜け抜けとそんなことを言う。長生きはすればするほど図太くもなる。シージエは苦々しい顔をユヤンに向けた。
「鸞君という存在に頼るのではなく、何かの問題が生じた時、民自らが私に向けて意思を発信してくれる国作りが望ましい。いずれはそうしていかねばな」
「そうですねぇ。陛下ならばそんな難題も越えていかれるのやもしれませんね」
ユヤンがそうつぶやくと、皇帝はにやりと笑った。その目に宿る勝気な光を頼もしく思う。
「本気でそう思うか?」
「はい」
ですが、とユヤンは言葉を切った。そうして微笑む。それは一筋縄では行かない古狸の笑みである。
「子孫繁栄も皇帝陛下のお仕事ですので。早くお世継ぎを拝ませてくださいませ」
皇帝はぐぐ、と歯を食いしばった。ほんのり頬を染めている辺りが年相応の少年らしくもある。
「……鸞君の乙女は本当にあの魂を救う存在になりえるのか、その疑問は一度会ってすぐに吹き飛んだ。彼女、レイレイが後宮にいてくれたならよかったのに」
ぼんやりと吐かれたシージエの言葉に、ユヤンは苦笑した。
「陛下は一度も後宮に足を運ばれたことがございません。どうしてそこに彼女をも凌ぐ花が存在しないと決めつけるのですか? それを探しに、どうぞ今宵辺りいかがですか?」
少しも乗り気でない皇帝。
傾国の美女に心を奪われた皇帝も過去には存在し、自分が妃妾に溺れて民を苦しめる存在にはなりたくないと恐れるのか。
かといって、このままでは困る。ユヤンはぼやいた。
「陛下が女人に興味を示さぬのは、男色の気があるからだと今に噂されても知りませんよ」
「だっ……!」
「では、手配しておきますので、今宵こそ」
「く……」
ユヤンは年相応に拗ねた皇帝を前に、何故こんなことに苦心しなければならないのかと思った。他の皇帝は喜んで入り浸ったのに。
同じ血を引いていても、一人一人が違う。ユヤンはそれも含め、見守り続けている一族と国を愛しく思った。




