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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第一部+比翼の章+

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三「懐かしい顔」

 まるで悪夢でも見たかのような寝覚めの悪さだった。ルーシュイの気が変わることなどないのではないだろうかとレイレイはおぼろげに感じるのだ。

 夜が来るのが怖くなった。不安になった。


 何をしに来たと言われてしまうのではないだろうか。レイレイが迷ったせいか、鸞和宮で夜に見た夢はルーシュイには繋がっていなかった。

 その夢の中で出会ったのは――



『レイレイ様?』

『あ!』


 靄の中にいたのは、一人の女性。聡明さが面に現れている。いつかよりも衣はよいものを羽織っていなかったけれど、表情はどこか柔らかい。


『シャオメイ? シャオメイ!』


 レイレイは夢の中だというのに、思わずシャオメイに飛びついた。熱や感触はないものの、すり抜けてしまうこともなく、シャオメイはレイレイを受け止めてくれた。


『これは私が勝手に見ている夢なのでしょうか?』


 涙ぐんだシャオメイのつぶやきに、レイレイはかぶりを振った。


『ううん、わたしがシャオメイの夢に会いに来たの』


 ルーシュイに会うのが少し怖いと思った。そのせいで、ふと思い出したシャオメイの夢へと飛んでしまったようだ。

 シャオメイは突然の邂逅にもそっと微笑んでくれた。


『あれほど恐ろしいことをした私をいつまでも気遣ってくださるなんて、勿体ないことでございます。けれど、私は例え夢の中でもレイレイ様にこうしてお会いできて幸せです』


 あの時、刑部に突き出していたら、シャオメイがこんな表情を見せてくれることはもうなかっただろう。穏やかに幸せだと言ってくれたことがレイレイにとっても喜びであった。


 シャオメイはいつ夢が覚めるともしれないせいか、簡潔に近況を語った。父と妹と二人、県令の屋敷に身を置いているそうだ。逃げるようにして出奔したシャオメイが何故と思ったけれど、どうやらそこにはユヤンが絡んでいるらしい。


 ルーシュイが領主の悪事を別件で叩くと言っていた、その動きにユヤンが気づき、県令にそういう親子を見たら保護するようにと言付けていたらしい。

 シャオメイを操っていた領主は結局そのまま失脚したようで、もう心配は要らないと言われたのだが、恩義のある県令の屋敷でシャオメイは働くことを決めたのだそうだ。


 ユヤンは鸞和宮に侍女であるシャオメイがいないことを知っていたようだ。知っていて放置したと考えた方がいいのなら、彼の目的がよくわからない。ルーシュイがいれば、女官がいなくともよいと思ったのだろうか。

 シャオメイの語りが終わると、今度はレイレイが口を開く。


『わたし、鸞君を辞すことになったの』


 すると、シャオメイはハッと息を飲んだ。


『それは私のせいでございますね?』


 レイレイは慌ててかぶりを振った。


『そうじゃないわ。あれから色々なことがあって、ルーシュイがわたしには向いてないから辞めさせてくれって陛下やユヤン様にお願いしてしまったの』

『向いておられない、ですか?』


 不思議そうにシャオメイはつぶやく。


『レイレイ様のように清いお心を持たれた鸞君であらせられたからこそ、私は救われました。少なくとも私にはレイレイ様が向いていらっしゃらないとは思えません』


 シャオメイがそう言ってくれただけでレイレイは幾分救われたような気になった。


『ありがとう、シャオメイ。でも、ルーシュイには愛想尽かされちゃったみたい』


 正直にそう告げると、シャオメイは困惑気味に口元に手を添えた。


『ルーシュイ様は初めて出会ったときから完璧なお方でした。一分の隙もなく、すべて計算通りに物事が運ぶように動いている、そんな印象を受けたものです』


 レイレイが目覚める前から、ほんの数日のこととはいえ、シャオメイはルーシュイと共にいた。レイレイの知らないルーシュイを多少は知っているのだろう。

 だから、とシャオメイは言う。


『私はとても恐ろしかったのです。あの方がいては任務を果たすことができないかもしれない、と不安になりました。……いえ、それ以前に、ルーシュイ様に人としてのぬくもりをまるで感じなかったのです。あまりに淡々とされていて、お考えが読めずに恐ろしかった……』

『そうね、ルーシュイって何を考えているのかいつもわからないわ。最後まで、本当に』


 そうぼやいたレイレイに、シャオメイは苦笑した。匂い立つ花のようだと何故か思った。雰囲気が以前よりもずっと柔らかい。


『けれど、ルーシュイ様はレイレイ様が目覚められてからは表情がよく変わられました。レイレイ様の言動は、私もですが、ルーシュイ様には想定できないものであったのでしょう。戸惑いが感じられました』


 ああ、とレイレイは思い出す。シャオメイは優しく微笑んだ。やはりその笑顔は春の花のようで、シャオメイは今が幸せなのだと感じた。ただ、そんなシャオメイの言葉がレイレイに突き刺さる。


『ルーシュイ様はそんなレイレイ様が恐ろしかったのではないでしょうか?』

『ええ!』


 恐ろしいとはどういう意味だろう。大の男に怯えられていたとは、レイレイは衝撃を受けた。

 シャオメイは慌てて続ける。


『あ、いえ、ルーシュイ様のようなお方は何事にも完璧を求められるという気がして……。けれど、レイレイ様は自由に羽ばたかれる。そんなレイレイ様をお護りすることの難しさを覚えられたのではないでしょうか? ルーシュイ様はレイレイ様を護りきれないことを恐れ、レイレイ様を鸞君から降ろされるようにと手を回された、そんな気が致します』


 いつか、取り返しがつかなくなる前に。

 ルーシュイはそんな理由でレイレイを鸞君から降ろしたのだろうか。レイレイのための決断だったと思ってもいいのだろうか。


『真実はルーシュイ様のお心に訊ねられるしかございませんが、短い歳月であってもお二方のそばに仕えた私だからこそ、そう感じるのです』


 シャオメイがそう言ってくれたことで、レイレイは勇気をもらった。今度こそ、ちゃんとルーシュイと向き合いたい。

 素直には教えてもらえないかもしれないけれど、その本心を訊くために会いに行こう。


『ありがとう、シャオメイ。私、シャオメイに会えてよかった。またいつか、現実でも会えるといいな。シャオメイのお茶が飲みたいの』


 あたたかな気持ちでそう告げると、シャオメイもふわりと微笑んだ。


『ええ、あの梅の花が咲く庭園で私はレイレイ様のお人柄に触れました。ルーシュイ様もきっと――』


 シャオメイの姿がぼやけた。目が覚める、それを自覚する。そうして、一夜目が過ぎた。けれどこれは寄り道ではなく、必要な過程であったのだとレイレイには思われた。


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