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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第一部+迷子の章+

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24/102

四「お守り」

 隣でフェオンが身じろぎして、それでレイレイは目を覚ました。隣で誰かが眠っていることなどそうそうないので驚いた。そこでようやく昨日のことを思い出したのだ。ここは宿の一室で、鸞和宮の自室の寝台ではないのだと。


 レイレイが飛び起きたから、フェオンも目を擦りながら体を起こす。この際なので着替えを済ませてしまうことにした。フェオンは清潔な寝衣からまたくたびれた衣に着替えなくてはならないのが気の毒だ。今日はルーシュイが彼女に似合う可愛い服を調達してきてくれると思うのだが。

 ちゃんと身支度を整えて待つと、扉が叩かれた。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 レイレイが自ら扉を開く。そこにはいつもと変わらずに微笑むルーシュイが立っていた。手には三彩花文の瓦燉盆がある。中身はきっと粥だろう。ルーシュイが作ったわけではなく、女中から受け取ってきたのだ。


「おはよう、ルーシュイ。ええ、ぐっすり」

「それはよかった」


 ルーシュイはそのまま瓦燉盆を机の上に下ろした。ぼんやりと立っていたフェオンに一度笑ってみせると、それからレイレイに顔を向けた。


「毒見はしてあります。私は今から父のところへ行きますので、レイレイ様はここでフェオンとお待ちください」

「もう行くの?」

「ええ、早い方がいいでしょう」


 フェオンは不安げにルーシュイを見上げる。心なし瞳が潤んでいた。


「すぐに戻りますが、念のためにこちらを」


 ルーシュイが懐から取り出したのは、白く細長い札であった。そこに文字と文様が書き連ねてある。どうやら護符のようだ。その護符をレイレイが受け取ると、ルーシュイは甘く微笑んだ。


「本当はおそばを離れたくはないのですが……」

「大丈夫よ、ありがとう」


 そんな会話はフェオンには恋人のように思えるだろうか。ルーシュイは単に、レイレイが問題を起こさずに待っているか不安なだけなのだ。ただじぃっと二人を見ていた。

 そうしてルーシュイは出かけていった。思えば、鸞和宮で目覚めてからルーシュイとはほとんど離れたことがない。

 やはり、いないとなると多少の心細さはあった。懐に収めた札に衣の上からそっと手を添える。そうして努めて明るい声を出した。


「さ、粥がふやける前に食べてしまいましょうか」


 レイレイが粥を取り分けている間もフェオンはしょんぼりとして口数も少なく、手渡すと無言で粥を食べ始める。この粥も十分に美味しいと思うのに、ルーシュイの粥の方が好きな味だと思ってしまうのは慣れだろうか。


 粥を食べ尽くすと、体があたたまった。汗を拭いながら手で風を送る。フェオンと二人だけなら、行儀が悪いと叱られることもない。

 フェオンはじっと席で固まっていたかと思うと、急に立ち上がった。そうして、出会った時のように布を頭に巻きつけ始める。


「どうしたの?」


 レイレイが椅子から腰を浮かせると、フェオンはムッとしたように言った。


「表でルーシュイを待つ」


 好きにさせてあげたいところだけれど、異民族とすぐに知れるその容姿は危険なのだ。本人もそれはわかっているはずなのに。


「すぐに戻るから、ここにいましょう?」


 そう諭すと、フェオンは更にまなじりを釣り上げた。


「あなたはそこにいればいい」


 何が気に入らないのか、フェオンは怒っているような口調だった。レイレイは困ったけれど、無理に止めるとルーシュイを捜しに飛び出してしまいそうだと思って諦めた。


「わかったわ。表までね」


 そのうちにシージエも来るかもしれない。表くらいなら大丈夫だと判断した。

 ただ、レイレイがついてくることもフェオンは煙たそうだった。

 階段を下りていくフェオンの後に続くと、女中たちがちらりと二人を見た。

 そういえば、表に出るのを咎めれらなかったということは、ルーシュイがすでに昨日の宿泊代を支払ってあると言うことだろう。


 白い玉砂利を踏み締めて表に出ると、早朝ということもあってなかなかの人通りだった。荷を担ぐ馬や牛も行き交う。レイレイが乗せてもらっているような最高級の牛車はない。上流階級の人々はこの時間にここを通る用もないのだろう。もっぱら労働階級の人々だと見て取れる。


 門の隅に立ち、二人で通りをぼんやりと眺めていると、一台の大きな木造の馬車が宿の前に止まった。大きいけれど、造りは雑で板が染みついている。その馬車をレイレイは少しも不審には思わなかった。けれど、そこから降りてきた二人の男が急にフェオンを取り囲んだ。大柄で、見るからに粗野な男たちだ。まさかと思ったけれど、そのまさかだった。


「こんなところにいやがったぞ」

「早く馬車に押し込め!」


 フェオンは蒼白になり、声を失った。それだけで十分だった。その恐怖に満ちた様子が、この男たちが人攫いであると語っている。レイレイはとっさに男たちとフェオンの間に滑り込んだ。


「やめてください! 人を呼びますよ!」


 騒ぎ立てられる前に、男の一人が素早く抱き込むようにしてレイレイの口を塞いだ。そうして、もう一人がフェオンの細い手首をつかんで馬車に乗せる。レイレイもまた抵抗らしき抵抗もできないままに一緒に馬車に押し込まれた。人通りの激しい場所だというのに、それに構う様子もない。


 馬車の中には他に二人の男がおり、馬車は急いで走り出した。狭い馬車の内部で男の不快な手に戒められながら、レイレイは心臓が張り裂けそうなほどに脈打つのを感じていた。

 男たちの中で目のつり上がった細面の男が口元を歪めてぼそりと言った。


「『式』に探らせても見通せなかった。よほど強い術者に保護されたと思ったが、あっさりと見つかったな」


 この男、ルーシュイと同じように方術を使うのだろうか。式というなら、そうなのかもしれない。フェオンは歯の根が噛み合わないようだった。


北狄ほくてきの娘を所望する好事家もいるのでな、逃げられては困るのだ。それにしても――」


 と、男はレイレイに目を向けた。顎をしゃくって見せたのは、レイレイの口を押える手をどけろということらしい。やっと呼吸が自由にできるけれど、値踏みするような男の細い目が、息をするのも苦しくさせた。男は獣のように不気味に笑う。


「随分な上玉じゃないか。これは儲けものだ」


 レイレイは背筋がぞくりと寒くなった。あの目には少しのあたたかみもない。本当にものを見るような目をする。レイレイやフェオンがどうなろうと、この男は構わないのだ。

 カラカラと馬車が進んでいく。この馬車を止めなくてはと思うけれど、ルーシュイがいない今、レイレイには何もできない。

 どうやってルーシュイに知らせるべきか。眠って夢を渡ればいいと言われても、さすがにこの環境で眠れる神経はしていない。


 このままどこへ連れていかれるのか。攫った以上、レイレイもフェオンも彼らにとっては売り物なのだろうか。怖くないかと問われるなら、ものすごく怖い。

 けれど、フェオンがいるから、一人で怖がっている場合ではない。ルーシュイがきっと助けにきてくれるから、その時まで自分がフェオンを護らなければとレイレイなりに思うのだった。


 狭い馬車の中、レイレイはフェオンと寄り添って揺れに耐えた。どこまで連れていかれるのかはわからない。あまり城市から離れては、ルーシュイも追いかけては来られなくなる。

 車輪の音が不安を煽るようにレイレイに響いた。フェオンはもう諦めてしまったのか、虚ろな目をして何も言わない。

 そんな二人を、男たちはジロジロと見ては下卑た笑いを浮かべていた。不快で仕方ないけれど、レイレイも唇を引き結んで耐えた。


 そうしていると、リィンと鈴の音が聞こえた気がした。ハッとして顔を上げる。気のせいではない。また、リィンと音が鳴る。けれどその音はレイレイ以外の誰にも聞こえていないふうだった。

 あの鈴の音は、ルーシュイだ。レイレイははっきりとそう思った。


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