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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第一部+迷子の章+

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22/102

二「異なる者」

 西通りは高く聳える建物が多く、目を引く巧緻な細工が随所に見られる。朱塗りの建築物の多い中、空の青さに雲のごとく映える白と銀の楼閣、それがシージエが言った白雲閣なのではないかとレイレイにもわかった。

 人にぶつからないように気をつけつつ上を指差すレイレイ。ルーシュイはうなずいた。


「ええ。とりあえずは宿に落ち着きましょう。少し話さねばならないこともありますので」


 話さねばならないこと。それはフェオンの今後のことだろう。


「わかったわ」


 三人はそのまま白雲閣の門を潜った。鸞和宮とそう変わらないか、それ以上の広さがあるように思う。宿の顔でもある入り口は白い玉砂利に飛び石の道が続く。日差しに青々と煌く木々が両脇を彩っていた。

 フェオンは少し気後れしながらもルーシュイにくっついて歩く。レイレイは更にその後ろを行くのだった。


 入り口を潜ると、中は白くはなかった。濃鼠の毛氈が敷き詰められ、高級感のある設えである。そろいの白い衣を身につけた女中が拝手拝礼してレイレイたちを迎え入れる。


「ようこそ白雲閣へお越しくださりました」

「ああ、部屋をふた部屋頼みたい。あまり離れないようにしてくれ」


 ルーシュイがそう女中に告げた。いかにも良家の子息といった風貌のルーシュイはともかく、背後のフェオンを見て一瞬怪訝そうな顔をしたけれど、女中は深く頭を下げた。


「畏まりました。どうぞこちらへ」


 女中に案内された先は二階の部屋だった。廊下で向かい合うふたつの扉を女中は開いて見せた。中は廊下と同じ毛氈に寝台は白、机と椅子は扉と同じ褐色、大きな窓がふたつあった。


「では、必要なものはお申しつけくださりませ。ごゆるりと」

「ありがとう」


 レイレイがそう返すと、女中は再び頭を下げて去った。時間が早いせいか、あまり他の客は見当たらなかった。


「レイレイ様、こちらへ」


 と、ルーシュイは片方の部屋へレイレイを誘うと扉を閉めた。そこでずっと自分に張りついていたフェオンを引き剥がす。フェオンは不安げにしたけれど、ルーシュイが目で大丈夫だと諭しているふうだった。

 そうして、ルーシュイは立ち尽くしているレイレイに告げた。


「フェオンはこの国の者ではないのですよ。ですから、ユヤン様にも頼りづらいのです」

「え?」


 そこでルーシュイは深々と嘆息した。本当に、どうしたものかと心を砕いているのが伝わる。


「北の風狼ふうろう国の民……この国と友好的な存在とは言いがたいのです。多少の小競り合いはありますし、この国の人々にとっては蛮族と、迫害される恐れもあるのですよ」

「迫害?」


 この国は平和で、貧しい人もいるけれど、そうした悲しい事実を含むとは思いたくなかった。

 レイレイはシージエと同じだ。まだ、綺麗なものしか知らない子供と同じ。

 そんな二人よりは多くのことを知るルーシュイだから、フェオンのことを案じ、フェオンもそれを感じたのだろう。


「まあ、これに関しては今さらといったところです。いつの世も人の心は変わりませんから、自らの身は自らで護るよりないのですよ。ただ、せめて国へ帰れるよう北の方へフェオンを連れていける、信頼の置ける人物に託せたらと思うのですが……」

「シージエには頼めない?」


 ユヤンを頼れないとすると、レイレイにはシージエしか思い浮かばなかった。ルーシュイはかぶりを振る。


「そう簡単なことではありませんので。……不本意ですが父に頼もうかと」


 ルーシュイの父は元、戸部尚書である。

 頼りにはなるはずだが、不本意らしい。ルーシュイは人を頼るという行為自体が嫌いなのだろう。

 レイレイに何かできることがあるだろうか。とりあえずはルーシュイに任せるしかない。


「うん、フェオンが無事に国に帰れるようにしてあげて。わたしのことは気にしなくていいから」


 いつもレイレイを一番に考えてくれるルーシュイだから、そうレイレイが告げなければ板ばさみになってしまうような気がしたのだ。

 立場上、そういうわけにも行かないと考えるかもしれないけれど、この時のルーシュイはほんの少しほっとしたふうにも見えた。


「お気遣い、痛み入ります」


 いつも世話になってばかりだから、ルーシュイが困った時に力になれるのならレイレイにとっても喜ばしいことである。

 うん、と笑ったレイレイを、フェオンが目深に被った布の下からじっと見つめていた。


「そういえば、ちゃんと名乗ってなかったわね。私はレイレイ。よろしくね」


 親しみを向けて微笑むと、フェオンはようやく僅かにうなずいた。


「……よろしく」


 ぼそ、とつぶやいた。異民族と聞いて、もしかすると言葉がところどころしか通じないのかと思ったけれど、そういうわけではないらしい。そのことにほっとした。

 ルーシュイは苦笑する。


「追っ手から逃げるためとはいえ、その格好はあんまりだな。明日、着替えを用意してこよう」

「そうね、ルーシュイの袍服では少し大きいわよね」


 レイレイがそんなことを言うと、ルーシュイは一瞬怪訝な顔つきになり、そうしてすぐに笑った。


「私の? フェオンは女の子ですよ」

「ええ!」


 体つきはほっそりとしていて、少女とも少年とも言えない。髪も布が巻かれて、その布も目深に被っているのだから、なかなかそれと気づけるわけもなかった。


「まあ、性別がわからないようにわざと汚していたみたいですが」


 フェオンはもう安全だと思ったのか、頭に撒いていた布をサッと取り払った。その布が解けた時、レイレイは目を疑った。


 煌く。

 そう表現するのが最も適当なのではないだろうか。肌や服は土埃に塗れているものの、髪だけは布で覆っていたおかげで汚れては見えない。肩口で揺れるまっすぐな髪は金色に輝いている。


 そうして、その双眸。

 美しく澄んだその瞳は湖水のようだった。こんなにも綺麗な瞳を見たのは初めてだ。今は汚れているけれど、その汚れを落としきれば整った顔立ちも際立つだろう。二、三年もしたら艶やかに咲き誇る先が見えるようだった。


 レイレイが驚いて言葉をなくしたせいか、フェオンは居心地が悪そうにうつむいた。それを感じたのか、ルーシュイが口を開く。


「こうした髪や目の色も北の方では珍しくないのですよ」

「そうなのね。すごく綺麗で見惚れてしまったわ」


 そうレイレイが正直に言うと、フェオンは照れたのかもしれない。つむじがよく見えるほど、更にうつむいてしまった。

 美しい少女だから攫われたのだろう。上手く逃げてこられたのは幸いである。

 レイレイも彼女が無事に故郷へ帰れることを強く願った。


「では、食事を運んでもらいましょうか。フェオンも腹が減っているだろう?」


 ルーシュイが問うと、フェオンはこくりとうなずく。ルーシュイは外へ出て女中に食事を頼んだ。それから待つこと四半時、女中が二人がかりで食事を運んできてくれた。


 黄花湯(卵のスープ)、涼拌魷魚(イカの酢の物)、真珠蒸肉団丸(肉団子のもち米蒸し)、素什錦(野菜の煮込み)、咕咾肉(酢豚)――

 湯気を揺らめかせ美味しそうな匂いを放つ料理たちを前にレイレイは大喜びした。


「ルーシュイ、咕咾肉すぶたがあるわ!」


 嬉しそうにそう言ったのは、それがルーシュイの好物だからである。そう喜ばれるとルーシュイの方が恥ずかしくなるのか、そうですね、と素っ気なく答えられた。フェオンはやはり空腹だったのか、目の前の料理に釘付けである。


 ルーシュイは女中が下がると、椀に黄花湯をよそい出した。そうして、いつものごとく真っ先に口をつける。毒の味はしないらしく、その椀をレイレイに差し出した。


「どうぞ」

「ありがとう」


 最近の料理はすべてルーシュイが作ってくれていたため、目の前で毒見をされたのは久し振りだった。フェオンが不思議そうだったけれど、どう説明していいものか困ったので、笑ってごまかしてしまった。

 そうしていると、ルーシュイはフェオンにも黄花湯を渡した。


「たくさん食べろよ」


 にこやかにそう言う。フェオンはほんのり頬を染めてうなずいた。

 本当に、ルーシュイがこうして他人に優しくしているところを見たのは初めてだ。フェオンのことがよほど心配なのだろう。


 ルーシュイにもそうした情け深いところがあるのだと、レイレイは安堵した反面、少し複雑でもある。何が複雑なのかはよくわからないけれど。


 食事を始めても、ルーシュイは肉団子を半分に割って半分をレイレイに差し出し、その半分を自分が食べたりした。もういいだろうと思うのに、最後までその調子である。フェオンはやはり不思議そうだった。


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