001
本日は二時間ごと三話更新します。
時の川の流れに身を任せてしばらくした世界。
人類はその版図を木星圏にまで広げていた。
岩石惑星の気候を改造し、衛星に都市を作り、小惑星をくりぬき、そして、いくつもの宇宙にうかぶ人工の大地、スペースコロニーを作り出して。
そんな宇宙で歩む日常の中のある日、地球の太平洋に一つの物体が落下した。
それは魚を喰らい、岩を喰らい、海を喰らい、空気を喰らって育った。
そして北米大陸に上陸し、蹂躙した。
それには従来の質量兵器は全く通用しなかった。拳銃も、対物ライフルも、TNT火薬も、劣化ウラン弾も、巡航ミサイルも、戦車砲も、ガトリング砲も、地雷も、そして核も。
唯一衛星軌道に浮かぶ、キラー衛星からのレーザー砲だけはダメージを与えられたが、物体を倒し切る前に過熱で崩壊した。
物体は喰らって喰らって、喰らい続けて、やがて動かなくなった。
物体からは重力場が検出され、変性重力保有生物 Metamorphic Gravity Organaization、略称、メーグ・オーガと名付けられた。
それから十年後、火星に落下、さらに十年後、月軌道上のコロニーに出現。それぞれ大陸一つ、コロニー群の半数が喰われる結果になった。
オーガが再び現れないまま、さらに二十年が経過する。
◇
ピッピピピピッピピピピピッピピピピピピ
一人の東洋系の少年が、木陰に座って空間投影型キーボードをたたいている。
「船体構築……OK。出力系……クリア。武装……OK。制御系……OK。……エミュレートモード、ラン」
ここは地球公転軌道上を、太陽を挟んで地球と逆側にあるスペースコロニー群、ネスト3にあるコロニー、スフィア32.
「通常航行モード、テストクリア。続いて戦闘機動エミュレート」
メーグ・オーガの対処に頭を悩ませた汎人類統一政府は、ある一人の天才少年に希望を託した。
少年が生み出したのは人型機動兵器。機人騎装 マシナリーナイツ。巨大ロボットである。
パイロットは装操者と呼称され、次のメーグ・オーガがいつ現れてもいいように、日夜厳しい訓練を重ねている。
「テストモードクリア。続いてマシナリーナイツの「ハルト!」なんだ、ゼルエスか」
「なんだはないだろう。学校をさぼってまでこんなところで何をしてるんだ?」
「設計。軍のじゃなくて、趣味の、だけどな」
「相変わらずな奴だ」
ハルト・サマーリア。趣味に生き続け、軍のスカウトでマシナリーナイツを作り、研究開発以外を免除された技術将校、特務中尉として任じられている。
ゼルエス・コレクオット。ハルトの親友兼悪友兼唯一の友。ハルトの軍属を知るただ一人の民間人でもある。
「そろそろ出席やばいんじゃないか?」
問われたハルトは、はぁ、と、ため息一つ。
「面白くないんだけどな、授業」
「まあ、理数系に限っては教師の誰も、お前に勝てないだろうよ」
「それほどでもある」
「ぬかせ」
こつんとハルトの頭に拳があたる。無論、本気ではない。
PiPi
「おっと」
「どうした?」
「エミュレート完了。ようやく問題ない設計ができた」
「それって何な訳?」
「次世代か次次世代か。すべてのひな型になる予定のものさ。マシナリーナイツの」
「ふうん。どこで作んの?」
「開発ドックが整備された小惑星をちょろまかしてある」
「えーっと、軍警察の番号はっと」
「おいやめろ。入手ルートは正規のものだ」
「ならちょろまかしたなんて言わなければいいだろうに」
ふいにしれっと視線を逸らすハルト。その視線はどこからどう見ても泳いでいる。
「な に を や ら か し た !」
「軍の整備機械群にクラッキングかけて少しずつ耐用年数過ぎたやつちょろまかした」
「おい」
「新型機がすでに納入済みだし、そもそも設計俺だし」
「いや、だからといって私物として扱ったらまずいだろう」
「だからバレて始末書代わりに旧型艦の改修案出させられた」
「懲罰済みかよ」
「まあな!」
「いばるな! ん………?」
「どうかしたか?」
「今揺れなかったか?」
「おい、スペースコロニーだぞ、ここ」
「わかってはいるけど……」
≪緊急事態発生。緊急事態発生。当コロニー群にメーグ・オーガ接近。市民の皆さんは所定のシェルターに退避してください。繰り返します。市民の皆さんは……≫
合成音声によるいやに冷静で平坦な緊急音声案内が流れる。
「最寄りのシェルターは……」
「学校だな」
「わかった。急ごう」
二人がたどり着いた学校には、まだ大勢の生徒が残っており、校庭に口を開けたシェルターの入り口にむかって列を作っていた。
「確かクラスで別れるんだったか」
「ああ。並ぼう」
二人がシェルターに入るまでにも、何度か地面が、いや、コロニーが大きく揺れる。
「ハルト。状況わかったりしないか?」
「ちょっと待て。さすがに軍回線といえども作戦外人員だとつながりにくい……つながった。…これは……」
「どうした?」
「結構まずいな」
「まずい?」
「メーグ・オーガが複数いる。これは過去なかったことだ」
「大丈夫なのか?」
「何体かは撃破したみたいだ」
ハルトの情報に周囲が騒がしくなる。そのざわめきは一瞬負の要素を多分に含んでいたが、すぐに正の方向に大きく転じる。
「っと、順番だな。さすがにシェルターの中じゃワイアレスじゃ繋がらなくなる」
「わかった」
シェルターのクラス指定部屋に入って二時間。状況はいまだ継続中だった。
「結構かかるな」
「ここまで壊滅してないだけすごいことなんだぞ。過去の襲撃はもっと早くおちてる。マシナリーナイツはやっぱり有効なんだな」
「だそうですが、設計者のハルトさん」
「なんとか撃退してくれるといいんだけどな」
「なんだよ。自分の作ったものに自信がないのかよ」
「俺が見てきたのは過去のデータだ。まだ解明されてない能力、もしくは新種が出てきたら対応しきれるとは言えない」
「ネガティブだな」
「現実を見据えてると言ってくれ」
シェルターをずむっと腹の底に響く重低音が響く。
≪防衛レベル上昇。防衛レベル上昇。各シェルターをコールドスリープモードに移行します。繰り返します。各シェルターをコールドスリープモードに移行……≫
「おい……」
「まじかよ」
「お母さん!」
不意のアラートにシェルター内が一気に騒がしくなる。
ハルトたちは腕に鈍い痛みを感じた後、意識が闇に溶けていった。