反攻戦闘編 18
病室で修学旅行の如く話し込んでいる。サイキも秘密を話してくれた。とにかく色々とあったが、この日の出来事は結果的に、全てにおいて正解であっただろう。
夜十時前、まるで旅館で中々寝ようとしない学生を相手にする引率教師かのように、看護士さんがやってきた。名札には看護士長とある。とても偉い人だ。
「そろそろ消灯ですから、大人しく寝て下さいね。それとホワイトボードを持ってきました。声が出ないというので使って下さい。そちらのベッドは大丈夫ですか?」
リタは声は出ないが頭と口を動かし感謝している。私のベッドは若干狭いが大丈夫。
「あ、そうだ。さっきは随分うるさくしてすみません。隣の方にも迷惑だったでしょ」
「いいえ、隣二つは空き部屋なので気にしないで下さい。普段は手前から埋めるんですけど、田中先生がわざわざここを指定しましたから」
というのでちょっと確認。確かに隣二つの病室には名札が入っていない。偶然とはいえ、気を使わせてしまったなあ。看護士長さんは三人の脈拍と体温を計っている。ついでだから三人が運ばれて来た時の様子も聞いてみようかな。
「車が裏口に到着した後、すぐに私が呼ばれまして。そんな事はまずないので、何事かと思いましたよ。それで三人の髪の色を見て、私も命を救われた身ですからすぐに分かりました。病室に運ぶ時はどうしようか迷ったんですが、意外と誰も気付きませんでした」
ここで大きく知られたら何かと面倒な事になりそうだったので安心した。消灯後は私も三人も疲労困憊なのですぐさま夢に落ちた。
翌朝起きると既に三人は活動を開始していた。三人それぞれで自身の体調確認だそうな。やはり戦うには体調管理は大切という事だな。前日は歩けないほど消耗していたリタも普通に歩いているので一安心。まだ声は出ないようで、首から提げたホワイトボードに何かを書いて意思疎通をしていた。私もちらっと何を書いてあるのか見たのだが、彼女達の世界の文字のようで読めなかった。
「しかし随分アナログだな。お前達のリンカーなら文字でのやり取り出来るんじゃないのか?」
「出来る事は出来るんだけど、やっぱり病院だからあんまり使わないのがいいのかなって。リタは何でか、それが気に入っちゃったみたい」
とリタが何かを書いて私に提示。「これ買って」だそうな。文房具屋に行けばあるかな。
一旦外に出て学園、というか担任である孝子先生に連絡。
「そう。分かりました。二学期も後数日だから、最後までにはちゃんと顔を出してね。じゃないと生徒が心配しちゃうから。あーあと、三人と友達とで何か企んでいるみたい」
「多分クリスマスの事だな。うちでパーティーしようかって話になっていたから、それの打ち合わせだろう」
「あ、そういえばSNSにも書いてあったね。確か料理人募集だっけ。私暇だから手伝いに行けますよ」
「料理出来るのか?」
「失敬な。これでも結構出来ますよ。ケーキだって焼けちゃうんだから」
意外だな。男勝りでサバサバした性格の孝子先生がケーキを焼けるとは。
「それじゃあ頼もうかな。日程は俺も知らないんだ。後で子供達に聞いてみるよ……っと、青柳が来た。じゃあまた連絡するよ」
丁度青柳が登場。……あまりよろしくない雰囲気だ。やはり昨日の戦闘、大きな被害が出ていたか。
病室に戻ると田中医師が朝の診察中だった。
「皆さん回復が早くて驚きます。午後にもう一度診察して、それ次第ではそのままご帰宅されても構わないでしょう。その服に秘密でもあるんですかね?」
早速リタが書き始める。
「回ふくを助けるきのうつき」
だそうな。しかし時間が掛かるからって簡単な漢字しか使わないのはどうかと思うぞ。
田中医師が部屋から出た所で本題の戦果報告へ。事前に三人にどうするか聞いてみたのだが、自分達にはそれを確認する義務があるという答えが返ってきた。この子達は羨ましいほどに逃げないな。
「まずは黒以外の二箇所での被害報告を。二箇所合わせての人的被害ですが、死者ゼロ、重傷者が三名ですがいずれも命に別状は無し。軽傷者は二十名。物的被害はガラス関係と駐車車両が数台壊されたくらいですね」
「意外と怪我人が多いな。出現場所のせいだろうか」
「そうですね。どちらも人通りのある場所でしたから、ある程度は仕方がないかと」
サイキとリタは真剣な表情だが、ナオは既にこの先を聞く事を嫌悪している様子。時間的に最初に黒の現場に到着していたのだから、見たくない光景を見ていてもおかしくはない。
「そして小型黒に関する……まずは物的被害ですが、帯状の範囲でガラスの粉砕や屋根の損壊被害があります。これの殆どは戦闘中に出た被害ですね。そして人的被害ですが……よろしいですね?」
再度三人に確認を取る青柳。二人は返事を、リタは頷き答える。私にも緊張が走る。
「人的被害ですが、死者八名、重体二名となります。重傷、軽傷者はいません。重体の二名は危険な状態は脱しており、いずれもこの病院に入院中です。被害者は全員が一般市民でして、もしかしたらこれを受けての反発も予想されます」
「反発くらいもう、どうって事ないさ」
「……そうですね。もう手放さないんですものね」
話を進めるとナオの目には涙が浮かんでくる。
「ごめんなさい、私……見殺しにしました。あれを見た瞬間に危険性が分かって、恐怖で体が動かなくなって、助けられたかもしれないのに、何も出来なくなって……」
やはりそうか。距離的にナオが一番最初に到着しているはずなのに、中々その報告が来なかった事に違和感を抱いていたのだが、動けなくなっていたか。
「自衛に走る事は何もやましい事じゃないぞ。仮にそこでお前が飛び出したとしても間に合っていたか分からないし、お前自身どうなっていたかも分からない。もし何かあった場合には、サイキとリタだけであれを倒すなんて不可能だったはずだ。確かに被害は出たが、お前はしっかり戦ったじゃないか。戦って倒せたじゃないか。それでいいじゃないか」
私の慰めに小さく頷くナオ。するとリタが歩いてきてナオの手を握った。未だに声が出ないので無言で何かを訴えている。ホワイトボードに書いている文字は相変わらず私には読めない。
「……次は任せろって? リタに言われちゃ敵わないわね。ありがとう」
人心掌握はリタが一枚上手だな。涙を拭き、大丈夫だと言うナオ。一つ頷きそのままベッドに腰掛けるリタと、それを撫でるナオ。よく出来た姉妹だ。
昼前に許可が下りたので、黒に襲われて重体になっている二名の所に顔を出す。三人とも表情は固く暗い。
一人は眠っており、親族の方にお見舞いに来た事を伝えてもらう事にした。もう一名は彼女達を迎え入れてくれ、命の恩人だと言葉をかけてくれた。
昼三時頃に最後の田中医師の診察。
「うーん、はい。もう大丈夫でしょう。退院の許可を出します」
という事で長月荘へと帰宅する事に決まった。
結局ずっと付き合ってくれている青柳運転のワンボックスカーに乗り、先に文房具屋へ。リタ用のホワイトボードを購入し、マスコミの壁を蹴散らしてようやく我が家、長月荘に到着。たった一日離れていただけだが、それでも凄く安心する。やはりここが私の家なのだなと、改めて実感した。
「あの後、私が買った食材を冷蔵庫に仕舞っておきましたので、そのまま晩御飯にどうぞ。では私はこれで失礼しますね」
確認すると、その中に秋刀魚があった。青柳の奴、自分が食べたいからって買ってきたな? これは立て替えないでやろう。
ともかく、あと三日行けば冬休みだ。あの事もあるし、心を折っている暇はないな。




