反攻戦闘編 17
ベッドが運ばれてきて臨時の寝床が完成。私の晩飯は近所のコンビニ弁当にした。部屋を出る時に、またナオに阻まれるかと少し期待したのだが、特に見向きもされなくなってしまった。
「しかし何だ、雰囲気的に修学旅行のようだな」
「しゅーがくりょこーって?」
「修学旅行ってのは学校で学年単位で行く旅行だよ。正直俺にはいい思い出は一つもないけどな。何かしら悪い事が起こるんだよなあ」
私は昔から旅行運だけはなくて、とにかく散々な目に遭う。いつかの時は旅先で地震に遭遇した事もあるほどだ。
「それで、ナオの考える事だ、わざわざ俺を泊まらせようとしたのには、俺を逃がさないためなんかじゃない別の理由があるんだろ?」
「そうね。一つはリタの監視目的。軽率な行動は取らないだろうけど、仮にも禁句を言いそうになった訳だからね」
リタを見るとうつむいたまま微動だにしない。サイキに怒鳴られた事が、かなり効いているようだ。
「そしてもう一つはサイキの事」
「え? わたし?」
「サイキさ、そろそろ全てを話してくれてもいいんじゃないの? 工藤さんは青柳さん経由だけど話してくれたし、リタも話した。私は特に隠し事はないし、後はあんただけだよ? あんたまだ二つ隠しているのよ?」
ナオのそれは、恐らくはこれ以上不安要素を抱えていたくないという、自身の問題が一番なのだろう。しかし私もいい加減全てを話してもらいたい。信頼されているという事は全面的に理解しているが、それでも隠し事があるというのはすっきりしない。
「よしサイキ、今日は絶対に逃がさないぞ。そもそもその体では逃げられないだろうがな」
「……分かった。わたしももう隠し事はしたくないし」
遂に、ようやくサイキが全てを話す気になってくれたようだ。
「先に言っておくけど、あまり気分のいい話じゃないんだ」
そうだろうな。ただでさえ両足義足のサイキが隠していた話だ。以前ナオにも聞いた事はあるが、やはり気分のいいものではなかった。
「えーっと……まずはわたしが義足になる前の事から話しますね。今からだと、五年位前かな。わたしの最初にいた小隊は、訓練学校時代のクラスメートがそのまま小隊登録されたもので、わたし達の世界ではそれが普通でした。多分ナオも同じじゃないかな」
「ええ。その後半年で実戦経験を積んだ小隊は解体され、各々本格的な戦場に送り出されるっていう構図で出来上がってるわ」
所謂OJTのようなものか。しかしかなり幼い年齢から実戦に放り込まれるんだな。よく二人はスレずに育ったな。
「最初の小隊メンバーは、わたしを含めて二十五人。ある日、安全圏に近い洞窟内の探索任務が来ました。難易度は簡単なものです。ひよっこのわたし達は隊長役を持ち回りで決めていて、その日はわたしの番だった。探索は順調に終わりました。さあ帰ろうとなった時、天井に張り付いていた”あいつ”が襲ってきた」
「あいつってのは、確かゲル状の奴か」
頷くサイキ。以前ならば思い出して目に涙を浮かべていただろうが、今はその気配すらない。いつの間にか随分と成長していたようだ。
「あの光景は今でも鮮明に思い出せます。落下してきたゲル状の侵略者に、一人が下敷きになり、一瞬で体が、骨すらも溶けていくのを見ました。今まで見た事もない光景に、わたし達はパニックに陥り、次々に触手の餌食になります。体制を整える頃には半数が死亡、又は生死不明。そこでわたしは選択肢を間違えた。そのまま逃げれば助かっていたのに、わたしは無策なまま反撃を指示してしまった。結果、二十四人死亡。わたしは足を溶かされ動けなくなっていた。でも気が付いたら飛んで逃げていた。そんな状態でも逃げられたっていう事は、その間に誰かが犠牲になっていたはず。だから、仲間を見殺しにしたも同然。その罪はわたしにある」
今は義足になってしまった自分の足を見つめ、サイキは話を続ける。
「その後入院し半年は治療に専念。本当はもう少し退院は早かったんだけど、途中でわたしの置かれた立場を知って、戦場に戻るためにバランスを取るのに邪魔な右足を切断して、更に入院が長引いちゃって……」
「退院後はすぐに復帰試験を受けたんだけど、義足にも慣れていないので不合格。仕方なくフリーの傭兵としてずっと戦場を彷徨っていました。最初は死ぬためだった。でも何処に行ってもそれを見透かされていたようで、雑魚狩りにしか使ってもらえなかった。大物に当たれば死ねると思っていたんだけど、わたしが雑魚狩りを終わらせる頃には大物も倒されていた」
「だからわたしは、酷く歪んだ願望を持ちました。より強くなって早く雑魚狩りを終わらせ、大物と対峙して死にたいと。自分で言うのもなんだけど、酷く荒んでいました。その頃のわたしの渾名、分かります?」
「仲間殺しの戦闘狂、だろ」
少し驚いた表情をするサイキ。まさか私がそれを言い当てるとは思っていなかったのだろう。しかしその理由をすぐに察した。
「……ナオから聞いていたんですね。そうです。でもわたしはその渾名こそが自分への戒めであり、今でも分相応のものだと思っています」
「ある時、後に所属する第二十七剣士隊に同行した時、死ねるチャンスが巡ってきた。事前報告とは違う大量の大型侵略者を確認。数は五十体。その頃は既に今とほぼ同じ追加装備を仕込んでいて、雑魚相手に文字通り一騎当千をしていました。これなら死ねる、そう思って早々に雑魚狩りを終わらせ、大量の大型の待つ戦場の真ん中まで突っ込んだ」
事前にナオから概要だけは聞いていたが、本人の口から語られると、また違う印象だな。それでも改めて、サイキが異常な強さを発揮しているのが分かる。
「……気が付いたら戦闘は終わっていました。後からの戦果報告で、わたしは大型を五十体中、半分の二十五体も倒した事になっていました。……全く記憶がない。心底自分が怖くなりました。強くなり過ぎていた。そう易々とは死ねなくなっていたと」
「ちょっと待って、大型五十体中二十五体って、イジュルマの事? あれあんたの仕業だったの!?」
物凄く驚くナオ。サイキはどうやらとんでもない事をやらかしていたようだ。
「何だそのいじゅなんとかって」
「イジュルマね。大型が三十体以上いる戦場では、殲滅成功で部隊に勲章と称号が与えられるのよ。そもそも大型を一斉に三十体も相手になんてしたら、上位部隊でも苦戦するものなのよ。それを下位の部隊が、しかも五十体中三十体もの数を倒した。残りの侵略者が撤退して殲滅出来なかったのを理由に勲章も称号もなかったんだけど、戦場になった場所の名前を取って通称イジュルマって呼ばれている。でもそんな戦果、私も含めて誰も信じていないわよ。皆集計ミスだろう、桁が一つ多いんだって。でも何よ、サイキ一人で二十五!? 冗談じゃないわ。あんたどんだけ化け物じみているのよ?」
気付けば先ほどまではうつむいていたリタも興味津々に聞いている。しかし声が出せないので物足りなさそうな顔をしているな。一方ナオは文字通り頭を抱えてしまう。サイキはそんな二人を交互に見た後、目線を落とし一言。
「隠していてごめん」
しかし話が進むにつれて、どんどん今のサイキと昔のサイキとの差が広がているように感じる。何だこの違和感は。いっそ直接聞いてみるか。
「話の途中で悪いが、今のサイキには、悪いがそこまでの圧倒的な力があるとは思えないんだが。何故だ?」
「それは多分、あの頃はただひたすらに死ぬためだけに戦っていたからかな。今は死なないため、帰るため、救うために戦っています。それにエネルギー消費の問題もあります。もしもエネルギー問題が解決して、昔のように死ぬ為の戦いをしたのならば、今回の黒い奴もフラックなしで倒せたかも。でも今はそんな事は絶対にしない。なのでかなり抑えて戦っています。……なんか、自慢してるみたいで嫌な奴だな、わたしって」
暗い顔になるサイキ。それをナオが励ます。
「散々人に実力を見せつけておいて、今更過ぎるわよ。それでもまだ抑えているって言うんだから、もっと自慢しなさい。大型を一人で二十五体、私は信じてあげるわよ」
その励ましに頷き、表情が笑顔になるサイキ。
「イジュルマの後も、色々な部隊と戦場を回りました。それでも中々大物を相手にする機会を与えられなくて。そんな中、こっちに来る一年くらい前に、第二十七剣士隊の隊長さんに声をかけられました。既に実力はあるんだから傭兵なんかじゃなく、正式に隊に入れと。そうすれば大型も狩れるぞと。わたしの歪んだ願望に気付いていたのかは分かりませんが、わたしはその誘いに乗り正式入隊。勿論一番下っ端からでした。でも隊の皆は良い人ばかりで、わたしの過去を知ってもそれをなじるような事はせず、むしろイジュルマの恩があるからと、とても良くしてくれました」
「サイキが丸くなったのはこの頃なのか?」
「はい。……はい」
何故二度言ったのだろう。しかも二度目はどうも様子が違う。何というか、言わせられているような感じがある。
「実はしがらみがあったんじゃないか?」
「ううん、違います。本当に、精神的に随分助けられました。第二十七剣士隊での経験がなかったら、多分わたしはこっちに来ても誰とも交わらなかったと思うし、工藤さんにも受け入れてもらえなかったと思う。昔のわたしは、それくらい荒んでいたんです」
なるほど、彼らには感謝だな。間接的にも我々の世界と、そして私自身も救ってくれたのだから。
「ある日、隊長が別の下位の部隊へと異動する事になりました。代わりに新しく隊長になったのがスリヤという女性でした。スリヤが隊長になってまず最初にしたのが、わたしを隊長補佐に据える事でした。さすがに下っ端からいきなり隊長補佐だなんて前代未聞。批判も出ました。でもスリヤはわたしに、実力でねじ伏せろと命令しました。私は隊長補佐としてそれを実行、おおよそ一回の出撃で、全体の三分の一くらいは一人で片付けていました。十回も出撃する頃には批判の声はなくなっていました」
「文字通りねじ伏せたか。凄いな」
ちょっと照れ顔になるサイキ。この可愛い娘の中に眠る潜在能力はとてつもないな。
「運命の歯車が回り出す日が来ました。隊長から、前振りもなく今日でお別れだと告げられます。突然の事で驚きましたが、その理由を聞いて、これがわたしに与えられた、見殺しにしてしまった二十四人に対する贖罪のチャンスなんだと思いました。ゲートに向かい、そこでまずナオと合流しました。チームワーク形成のために十日間の共同生活を開始。最初、料理は交互に作ろうっていう事になったんだけど……何があったかは言及する必要ありませんよね。そしてその事のせいなのか、結局ずーっとナオはわたしに笑顔を見せてくれなかったよね」
「あ、あれは! ……ごめんなさい。背も小さいし、下っ端部隊から来た子だと思って下に見ていたわ。途中からはサイキの万能さに対する嫉妬。今もサイキの強さには若干嫉妬しているけどね」
言葉とは裏腹に笑顔のナオ。サイキもいい笑顔だ。
「そこでリタとも合流。リタの第一印象は凄かったよね。いきなり睨みつけて一言”二人は戦力になるのか?”だもの。でもすぐに打ち解けた。今なら分かるけど、あれは緊張し過ぎて何も見えてなかったんだよね」
リタを見ると何度も頷いてる。その光景に我々は笑ってしまう。
「十日間の共同生活訓練も終わり、いざその日が来ました。わたし達が、わたし達の世界で初めて、別の世界への渡航者となる日が。最初は一番槍でもあるナオが露払いで飛び込む予定だったんだけど、共同生活での成果を鑑みてわたしが先になりました。ゲート前では、それはもう緊張して緊張して、多分凄い顔をしていたんじゃないかな?」
「凄い顔というか、格好いい顔をしていたわよ。惚れちゃうくらいにね」
「あはは。ありがとう」
こちらに来る直前でそんなやり取りがあったとはなあ。
「しかしナオが後回しになった理由は分かる。料理下手だからだな」
「……当たっているのが悔しいわ」
やはりな。
「ゲートに飛び込んだわたしは、捻れている空間に猛烈な吐き気を覚えながらも、出口となりうるポイントを探しました。といっても、どちらかといえば出口に導かれたって言うのが正しいかな。凄く不思議な感覚で、まるで手招きされているような気がしていました。そして持ってきたエネルギーを全て使い、強引に出口をこじ開けた。その先に広がるのは希望に満ちた眩い世界だ……なんて思うはずもなく、そのまま失敗して死ぬ想像しか頭にありませんでした。でも無事にゲートを通過。問題なのは、一番最初なので場所を指定出来なかったんですよね。まさか雲よりも高い位置に出るとは思っていなくて、翼を展開するエネルギーもないのでそのまま落下。このままじゃ死ぬうーっ! って思っていたら地上が見えて、男性が一人、両腕を広げていて……」
「それが俺だったと」
「はいっ!」
物凄く嬉しそうな笑顔だ。勿論私も笑顔だ。
「実はあの時、工藤さんは結構あっさりと私を受け止めてくれていましたけど、それがなかったら、わたしは地面に叩きつけられて死んでいたかもしれないんです。スーツの自動防御機能だけでは足りない可能性があった。なので、あのたった少しの救いがあったからこそ、今こうしていられるんです。工藤さんは間違いなくわたしの命の恩人でもあり、皆の恩人でもあるんですよ」
まさか、あの一瞬がそんな事になっていたとはな。驚き以外の何者でもない。話が終わるとリタが私を指差してきた。何だ、と思ったら二人も笑っている。
「あはははは、工藤さんったら、感動しちゃった?」
うん? と思ったら私の頬を涙が流れた。いつの間にか泣いていたようだ。しまった、弱みを握られてしまった。
「こら、年寄りをからかうな!」
と言いつつも笑顔な私。当たり前だ。ここまで言われて嬉しくない奴がいるか。しかし出口に手招きされている気がした、か。菊山神社の件といい、本当に何かしらの力が働いているような気がしてならない。
「私の隠し事はもう一つあります。こっちは本当に言いたくないんだけど……」
最後の秘密か。サイキの体についてだったな。精密検査では画像が白く写ってよく分からない事になっていたが、さてどういう事なのだろうか。
「あの、わたしが義足になった後、ブースターやサーカスで体を壊し続けていたっていう話はしましたよね。実は私の体、それらに耐えられるように、骨も内臓も、かなりの部分が入れ替わっているんです」
「入れ替わっている? 内臓移植か?」
少し考え、首を振るサイキ。
「もっと大袈裟な事です。わたしの一部の骨は厳密には骨ではありません。作り物です。同じく一部の内臓も実物に擬態させてはあるけど、本物じゃない。つまりわたしの半分くらいはわたし自身のものじゃないんです。精密検査の時に全て知られる事になると思っていたんですけど、まさかあんな結果になるとは思っても見なくて、後ろめたさもあるし、それでそのまま……。隠していてごめんなさい」
涙を浮かべ私に謝罪するサイキ。だが、正直驚きはしなかった。
「はっはっはっ、やっぱりな。どこかでそんな気がしていたんだよ。あまりにも過酷過ぎるサイキの過去から考えて、この年齢の子供の体がそれに耐えられるとは思えないもんな。しかし何処まで影響があるんだ? 今だって普通に疲労している状態だろ?」
明るく接してやるものの、サイキの表情は固い。
「えっと、筋肉とかは本物です。骨は一部だけど軽量で超硬質な金属にして、疲労骨折をしないようにしています。特に脊椎骨は全部取り替えてあって、その中には義足にも繋がる神経ケーブルが入っています。内蔵もサーカスで潰したのでほぼ全て機械化してあります。だからわたしは厳密にはもう人間じゃないかもしれない」
零れそうになる涙をまた袖で拭っている。それはあの覚悟からしてどうなんだ? ともかく、今は率直に励ましてやろう。
「血の通っている限りは人間だよ。お前は人間だ。安心しろ。俺が保障してやるよ」




