反攻戦闘編 16
残りはリタだが、私には正答が浮かばない。すると青柳が動く。先の食堂でリタの件も話してあるので、ここは救援を買って出たのだろう。
青柳は窓際にある円椅子をわざわざサイキとリタとのベッドの間に移動させた。最初はその光景を眺めていたリタだったが、青柳がリタの側を向き座ると、何かを察したかのように青柳に背を向けた。なるほど、椅子を移動したのはリタに視線の逃げ道を作ってやるためか。私はその光景を一つ離れたナオのベッドに腰掛け見守る。サイキも自分のベッドではなく私の横に座った。
無言の二人。こちらの三人も言葉を押し殺す。そのまま数分、重い空気が流れている。
先に陥落したのはリタだ。すすり泣く声が聞こえ始めたのだ。この時点で既に主導権は青柳が握っている。さすが刑事。
「リタさん、何故泣くんですか?」
取調べというよりは、それこそ子供を諭す時のような、静かで優しい口調でリタに話しかける青柳。
「リタのせいで、二人に迷惑をかけてしまったです。工藤さんにも大きな心配をかけてしまったです。それだけじゃない、リタ達の世界では、リタの作ったフラックのせいで、何万何十万と死者が出たです。リタのせいで……」
「それを悔やんで泣いていると」
「皆リタの、リタの失敗のせいで、リタの不手際のせいで……全部リタの責任です。リタの罪です。罪は償わなきゃいけないです」
「罪ですか。その罪をどう償うつもりですか?」
これにはリタは黙ってしまう。そこにリタの幼さが垣間見える。完全に青柳のペースだ。
「……償い方が分からないです」
泣き通してかすれた声。しゃくり返す度に、小さな体が揺れている。
「では切り口を変えてみましょう。リタさんは何故こちらの世界に来ようと思ったんですか? 適性があったからというのは聞きましたが。それだけですか?」
まずは周りの堀を埋める作戦か。
「それまでは自分の関わった研究が、成功か失敗かしか知る事が出来なかったです。ずっと研究所の中に篭って、ずっと外の世界に憧れていたです。だから適性があると判明した時は、両親の反対を押し切って三着目を製作したです。今から思えば、何も知らないリタがいきなりこんな世界に飛び込むだなんて、無謀も甚だしい事だったです」
最初は誰もいない窓を向きながら喋っていたリタだが、気が付けば体を起した体勢になっている。しっかりと自分自身と向き合うつもりなのだろう。私よりも何倍も大人だな。
「実際こちらの世界に来て、何も知らなかった自分の無力さに、自分の不甲斐無さに押し潰されそうで……。そんな時に今回の事があって、いざ自分が殺されそうになったら動けなくなって……」
それを聞き、私の耳元で小声でサイキが話しかけてくる。リタには聞かれないようにだろう。
「黙っていてほしいって言われてたんだけど、リタよく部屋で一人で泣いているんです。ホームシックなのもあると思うけど、やっぱり力不足だって思っていたんだ」
私の見逃しは大きいな。失態はいつか挽回しなければ。
「フラックを使用した事については?」
一層険しい表情になるリタ。今までの会話の内容から、もしやと思っていた事が、確定してしまう。
「リタは、本当はフラックが採用されていたなんて知らなかったです。テスト段階で欠陥があるのが分かって、後から使用者に二重チェックさせる事で誤魔化した粗悪品です。まさかテスト段階の物が流出していたなんて、あんな出来損ないが採用されていたなんて。サイキがあの時、フラックを使おうと言ったあの時まで、本当に知らなかったです。なんでこんな……」
大粒の涙を流し、うなだれるリタ。耳も下がり、まだ力の入らない腕で拳を握り、布団にやり場のない怒りをぶつけている。青柳は振り返りサイキとナオに説明を求める。
「何故リタさんがこの事を知らなかったのでしょうか?」
二人とも悩むが、サイキが先に結論を出した。
「多分、ですけど。リタは武器やスーツの設計開発と一部システムにしか関わっていないんじゃないかな。わたしの義足の追加装備も知らなかったし。だからシステムにフラックが組み込まれている事を知らなかったんだと思う」
ナオが続く。
「そして外の世界を知らないリタの事情を知った上で、リタには知らせずに勝手に使って、いざ死者が出て問題が発覚しても、その責任を開発者として名前を載せる事で、リタ一人に全て押し付けようとしている。何ていうか……」
「外道だな。虫唾が走る」
例え私の心が折れているとしても、我が娘を傷付けた奴は誰であろうと容赦はしない。今すぐにでもあちらの世界へ行き、上層部の連中を片っ端から殴り倒したい気持ちだ。
「でもそれはあくまで憶測です。腹を立てる気持ちも分かりますが、今の我々には何も出来る事はありません」
「それから、本当に知らなかったのであれば、いつ罪を意識したんですか?」
「フラック使用時に、ナオの記憶からフラックに関する情報が入ってきたです。全てリタの知らない情報だったです。リタの失敗作のせいで、こんなにも多くの犠牲者を出していただなんて、皆のためをと思って頑張ってきたリタの努力が、その皆を殺していただなんて、何も知らなかったです」
「それはリタの責任じゃ……」
私は手をサイキの前に出し、言葉を遮る。その優しさは今のリタには劇薬だ。私以上に心が折れてしまう。再起不能になってしまう。しかし遅かった。
「あれはリタの責任です。あんな怪物を生み出してしまったリタの責任です……」
一層涙を浮かべ、歯を食いしばるリタ。思わず立ち上がり手を差し伸べようとするサイキだが、最早こうなっては手をつけられない。
「あれは! リタが作った! この手で生み出してしまった! 何万、何十万もの人間を! リタが殺したんです!」
激昂するリタ。その普段とはあまりにもかけ離れた様子に絶句しているサイキとナオ。
一方の私と青柳は冷静でいる。サイキがあの一言を放ってしまった時点でこうなる事は予想していた。いや、もっと前から、フラックの開発者がリタだと聞いた時点で予想は出来ていた。
「もう、何も作りたくない。何も見たくない何も聞きたくない何もしたくない! 家に帰りたい……お父さんに会いたい……お母さんに会いたい……」
小さく呟くように言葉を並べる。まだ幼いリタの心は完全に折れてしまった。サイキはリタの横に立ち必死に謝っている。しかしその言葉も今のリタには届く事はないだろう。
「……あんなもの作らなければよかった。技術者になんてならなければよかった。もう何処にもいたくない。いなくなりたい。死んでしま……」
バチーン!
最後の禁句を発しようとした瞬間、サイキから平手打ちを食らうリタ。その表情は驚きに満ちている。そして崩れていく。泣き顔になっていく……。
「リタにそれは言わせない! わたしと同じ道は歩ませない! わたしは二十四人の命を背負って生きていくと決めた、それがわたしの責任、それがわたしの贖罪! 今リタは背負うべき贖罪すら放棄しようとした! そんな事させないから。背負いなさい。何十万の命を背負いなさい! 背負って、生き抜いて、それ以上の多くの命を救いなさい! それがリタの取るべき責任、リタのやるべき贖罪だよ!」
我々の言いあぐねていた言葉を、直球でリタにぶつけるサイキ。その光景に、やはり彼女の重い過去が垣間見える。彼女の二十四人の命を背負うという決意が、生半可なものではないというのが痛いほど伝わる。
「でも!! リタにはそん……あ力は……リ……ぁ……」
うん? リタの様子がおかしい。声が出ていない。乾いた咳をして喉を押さえている。これは喉を壊してしまったか? 自身の症状に驚き、また涙目になっているリタ。
「だ、大丈夫リタ!?」
その光景に静観していたナオも飛んできた。
「え! わ、わたしのせい!?」
責任を感じてか、慌てふためくサイキ。
「違うだろ。普段大きい声を出さない奴が、いきなり大声出して叫んだから声を枯らしたんだろ。リタちょっと口開けろ。あー赤くなってるな。青柳、先生呼んできてくれ」
結局そこでこの話は強制終了。田中医師が来たので診てもらう。
「喉腫れていますね。疲労とストレスが溜まっている状態でいきなり大声を出せばそうなりますよ。とりあえず喉スプレーを出しておきます。それから数日はなるべく声を出さない事」
「これ以上無理をするとハスキーボイスになっちゃうな。犬耳なだけに」
「ええーー」
全員から一斉に白い目で見られた。雰囲気を明るくしようとしただけなのになあ。するとリタが私を手招き。何だと近付くと更に指で顔を近付けろと要求してくる。
ペチッ!
力の入っていないリタの小さな手で平手打ちを食らってしまう。痛くも痒くもない。
「いやあ、これで今日は全員から殴られたぞ。合計六発も。皆酷いなあ」
「全部自業自得でしょ!」
ナオの一言に皆頷く。畜生、今日は負け通しだ。
「それともう一つ、そろそろ面会時間が終わるのですが……」
こんな雰囲気なので言い出しづらそうな田中医師。
「ああそれじゃあ我々は解散します。青柳も最後まで悪いな」
「先生ちょっと」
おや? ナオが何かあるようだ。
「工藤さん、今日はここに泊まってほしいんだけど、そういう事って出来ますか?」
「いいって、俺は大丈夫だから」
「駄目よ。そう言ってまた逃げられたらたまったものじゃないわ。っていうのは冗談だけど、正直こちら側に不安があるのよ。お願いします」
枕が変わると寝られないタイプか? という冗談は置いておいて、間違いなくリタの事だろうな。不安視するのも分かる。この際だから家族四人で寝るのもいいか。
「分かりました。宿泊用の簡易ベッドがありますので、持ってきましょう」
「では私はこれにて。今日の戦果報告ですが、明日一番でよろしいでしょうか?」
「ああ。ありがとう」




