反攻戦闘編 15
渡辺との電話を終わり、青柳に誘われ食堂へ。珍しく飲み物を奢ると言ってきたのでご相伴に与る。席に座ると早速青柳が諸々の事情と私の心境を聞いてくる。まさに取り調べといった雰囲気を醸し出し、それは終始お互い淡々とした調子で進む。
「彼女達が意識を失った理由は分かりました。それで、工藤さんのその腫れた顔にはどういう理由が?」
「青柳に二度殴られた。あとナオにも二度殴られた。人生で一日に四度も殴られた事なんてないな。そもそも俺には殴ってくれるような親もいなかったし」
「孤児院出身なんですか?」
「いや、そうじゃない。物心つく前に両親が離婚して父親とはそれっきり。それからは母方の実家に住んでいた。母親は俺が成人するのを見届けて病死。兄がいるんだが父親に引き取られて、以来何処にいるかは不明。今は見事に親戚付き合いもなく、死んだら共同墓地だろうな。ちなみに妻と娘は芦屋家の墓の中だ」
「辛い事を聞いてしまいましたね」
「いいよ、どうせよくある話だ」
そう、これでも彼女達の境遇に比べればありふれた話だ。私の平凡な人生の中で、普通ではない事案と言えば長月荘の住人達のみ。といってもそれがまた物凄く濃いのだが。
「改めて、何故ナオさんに二度も殴られたんですか?」
思い出せば溜め息が出る。
「はあ……手放すって言ったからだな。本気で手放そうとしたんだよ。そうしたらあいつ、俺を名前で呼ばずに”お前”って言いやがったぞ。ありゃ完全に敵意だったな。でも、むしろそうなるように仕向けたんだよ。それで俺を嫌いになって、見限って自分達から出て行って、そしてさっぱり綺麗に忘れてくれればって思ってな。でも失敗したよ。ナオは既に覚悟を決めていたからな」
「ナオさんの覚悟ですか。戦闘中、潰えるかもと言っていましたが」
「ナオの覚悟はな、この戦いから誰も脱落させないっていう事なんだよ。だから小型の黒を見て、脱落者が出る、つまり誰かが死ぬかもしれないと言った訳だな。俺はてっきりサイキ・ナオ・リタの三人を指して、誰も欠ける事なく彼女達の世界に帰る、っていう事だと思っていたんだがな、少し違ったよ。脱落させない面子の中に俺も入っていた。だから俺を叱咤する事で目を覚まさせようとしたんだろうな」
私は少し嬉しそうだったかもしれない。ようやく冷静さを取り戻し回転している脳で、改めてナオが私を認めてくれていると、そう思えたからだろう。
「でもあいつ酷いんだぞ、ドアを蹴破ってでも帰ってくるし、地球の裏側に逃げても俺を捕まえてやるって。あれは間違いなく死んでも捕まえに来るな。うん」
「ははは。楽しそうじゃないですか」
「馬鹿言え、おちおち死んでもいられないんだぞ? 墓の中でも逃げ回らなきゃいかん。逃げると言えば……俺自身が気付かないような心の奥まで見透かされていたな」
「心の奥……何かから逃げていると?」
「そうだな。ナオ曰く、心が折れただなんて逃げているだけだと。自分が傷付きたくないだけだと。そんなもの……反論出来るはずないだろ。確かに俺は逃げているよ。今回だけじゃなくて、ずっと前から。十五年前からずっとな」
「十五年前と言えば工藤さんの妻子が亡くなられた……」
「そう。あの時俺の心は折れている。以来、俺は現実から逃げ続けている。庭にある錆びて動かなくなった愛車が何よりの証拠だな。前に進む事から逃げ続けているんだよ。そしてそれは停滞し続けているとも言い換えられる」
その先を、今話すべきか悩む。私のとてもデリケートな部分だ。しかし何故だろうか、今話さなければいけないという予感がそこにある。ならばこの無表情の男に、全てを打ち明けてやろう。
「ここからの話は誰にも言った事のない話だ。青柳が刑事だから、外部に漏らす事がないだろうから話す」
一層睨むように凝視してくる青柳。
「正直言うとな、あの三人を手放そうだなんてしたくなかったんだよ。でもそれはとてもわがままで自分勝手な理由からなんだ。俺にとってはあの三人は孫の年齢だが、心の中では娘だと思っている。ただそれは死んだ俺の娘を投影していただけだ。言い方を変えれば”娘の代用品”として見ていただけだ。家族だとは思っているよ。それは揺ぎない真実だ。だがな……」
淡々と喋る私の話を、眉一つ動かさず聞く青柳。そこに居るだけでいい。ただ私の勝手な話を聞いてくれるだけでいい。そして話は核心へと向かう。
「だが、俺は未だに夢に見るんだよ。十五年前からずっと、あの時の光景が消えないんだよ。どうにか忘れようとしても駄目だった。十五年間もがいたが無理だった。だから俺は二人の命日、九月二十一日に自殺しようとした。したのに……サイキが来てしまった。最初の日の夜に、彼女が街頭に照らされ立っている姿を発見した時、思わず「勝った」と呟いてしまった。娘の代用品が来たと、これで家族を失った呪縛から開放されると」
自分でも気が付いていた。話の最中で私は泣いてしまっているのだ。それでも相変わらず無表情の青柳に、私は救われている。
「実際、サイキが来てからは悪夢にうなされる機会は減った。ただそれでも、俺自身が停滞し続ける限りは何も変わらない。だから俺は、そんな現実から逃げたいがために、死んだ娘の代用品として、三人を手放したくはなかった。こんな性根の腐った奴なんて、最悪だろ?」
「反吐が出ますね」
私の答え辛いであろう質問にも間髪いれず答えてくれた。
「ははは。素直な言葉で有り難い。しかしこんな話をあいつらに聞かれたら、引き止めなければ良かったなんて言われるんだろうな。冗談抜きで殺されるかもな」
「警察を呼んでおきましょうか?」
「お前が言う台詞か? それ」
たまにこういう茶目っ気を出すのがこの男の評価出来る所だ。おかげで私の涙は引っ込んだ。
「まあ……な、だから今回はいい機会だと思ったんだ。彼女達を手放す事で、十五年間で錆び付き腐り落ちた心ともオサラバ出来るんじゃないかと。三人にとっても、心の中では代用品だなんて考えているような奴の所にいるよりは、作戦もしっかり立てられる、有能な指揮官のいる政府機関にでも雇われるほうがいいだろ。でもそうは問屋が卸さなかったなあ。三人の本当の気持ちを聞いて俺の認識が変わった。あいつらはもう代用品なんかじゃない、俺が命を賭けられる、俺の正真正銘の娘達だ。無論血は繋がっていないが、そんなのは微々たる問題だ。あとは、そうだな。錆びは磨いて落とさなきゃいかん。腐った部分は捨てなきゃいかん。……折れた心を引き摺って、最後まで行ってやるさ」
青柳の眉の力が抜ける。表情に変わりはないが、少しほっとしているように見える。
「家族の面倒を最後まで見続けるのが家長の務めだもんな。大丈夫、約束しよう。もうあいつらを手放すだなんて言い出さない。あいつらから何かを奪おうだなんてしない。そして俺の出来うる限り、あいつらを守り抜く。改めてその覚悟を厳としよう」
私の言葉に青柳は笑顔を作る。青柳のこんなしっかりした笑顔なんて初めて見たかもしれないな。さあ三人が心配しているだろうから、いい加減戻ろうか。
病室のドアを開け、入ると無表情のサイキが私の前に立つ。
「工藤さん……」
「うん?」
「一発殴りますね」
言うが早いかサイキの平手打ちが飛んできた。本日五発目である。突然の事で何が何やら呆然とする私。何だ? 冷静になった途端怒りが込み上げて来たのだろうか?
「代用品で悪かったですね」
「おま!? なん……青柳か。お前さては仕込んだな?」
「ええ、食堂での話は全て三人に筒抜けにしておきました。ただで飲み物を奢るとでも思っていましたか?」
青柳は携帯電話の画面を見せる。三人と接続状態になっている。こういう事か。状況から考えて青柳から接続をしたんだろうな。
「お前なあ……せっかく信用して漏らさないだろうと思ったから話をしたのに。裏切り者め! っていうか病院で携帯電話は駄目だろ!」
「今はほとんどの病院で大丈夫になっているんですよ。手術室では駄目ですけどね」
「そういうのを屁理屈って言うんだぞ? はあ……ごめん」
怒りもあるが、どこか有り難く感じてもいた。本人達を前にしては、あんな醜悪で小っ恥ずかしい話など出来るはずもないからだ。私の感じた、今話しておくべきだという予感は、頬の痛みを伴うものの正解だったようだ。その何よりもの証拠に、三人は笑顔を見せている。
サイキ、ナオ、青柳の三人は、だ。




