反攻戦闘編 13
私は胸倉を掴まれている。誰にだろう……青柳か。凄い顔をしている。何故か私の顔が痛いな。どうした。
「もう一発殴ります」
宣言通り、青柳に殴られた。それでようやく停止していた脳の回転が始まり、意識がはっきりした。
「痛いな。ここは何処だ」
「ようやく我に返りましたか。ここは東病院の病室前です。何が起きたか思い出せますか?」
「えーっと、三人が新しい武器で戦って、黒いのがいて、俺の知らない機能を使って、そのまま……そうだ、三人は無事か!?」
一気に脂汗が噴出す。また意識が吹っ飛びそうになってしまう。しかし三度は殴られたくはない。必死に冷静さを保つ。
「……まだ何とも言えません」
うなだれていると、ドアが開き中から見た事のある人物が出てきた。確か田中公康と言ったかな。東病院の内科医で、警察医も兼任している。彼女達の血縁者に会いに行った際に血液採取を担当してくれた医師だ。
「まだ意識は回復していませんが、大丈夫ですよ。お入り下さい。細かい話は中でしましょう」
言われるがままに病室へ。ベッドが三つのそれほど大きくない病室。三人はプロテクトスーツのまま点滴をされ、手前からナオ、サイキ、リタの順で寝ている。私は本当に三人が死んでいないのか確かめてしまう。掛けられた布団が上下している。確かに息はあるようだ。
「極度の疲労で気絶してしまっただけです。ただし三人ともかなりの身体的負荷が掛かったようです。当分は安静にしてもらいたいですが、中々そうも行きませんよね。現在は栄養剤を点滴していますので、じきに目は覚めると思います」
頭を下げる私と青柳。田中医師は後でまた見に来ると言い病室を出て行く。青柳も仕事があると言い、私に何度も大丈夫かと聞き直し、病室を出て行った。
窓際の椅子に座り、思い出してみる。
まずは私はどうやってここまで来たのだろう。確かナオとの接続が切れた後、パトカーが一台来た。長月荘に上がり込み、私の腕を引っ張る人物がいた。三宅だったかな。後部座席に押し込まれるように乗った。助手席には誰かがいたが、それが誰なのかは全く記憶に無い。私の気を紛らわせようと何かをずっと話していたはずだが、その内容も覚えてはいない。我ながら酷いな。
病院に到着後は茫然自失状態の続く私の代わりに、三宅が話をつけていたはずだ。病室前まで来た所で青柳と合流し、狼狽し何も出来ずにいる私は、青柳に二度殴られたという訳だな。
「んん……」
誰か起きたな。近づいてみると目を開ける。サイキか。
「ここは病院だ。まだ寝てろ」
「ごめんなさい」
そしてまた夢に落ちたようだ。謝るのは私のほうなのにな。
それからどれほど経ったろうか、ナオも目を覚ました。体を起こし、自分達よりも先に私の心配をしてくる。
「サイキも一旦目を開けたがな、今はまた寝ている。お前も無理しなくていいぞ」
「ううん、大丈夫です。……リタはまだなのね」
「一番小さいんだ。まだ掛かるだろう。それよりも本当に体は大丈夫なのか?」
抑揚のない声でしか話を続けられない私。ナオにはとっくに私の心情など見抜かれているだろう。
「大丈夫、と言いたい所だけど、結構厳しいわね。ここまで体を酷使した事なんて本当に久しぶりだから、仕方ないかもね」
私に不安を抱かせないようにしているのがありありと分かる。
「色々聞きたい事があるのは承知しています。でも二人が目を覚ましてからにして下さい。こんな事を言うのはなんだけど……私一人じゃ無理だから」
無言で頷く。後はその時を待とう。
田中医師がやってきた。起きたナオを診察しようとするが、スーツを警戒しているようだ。聞けば最初、点滴の針を拒否されたという。意識のない三人それぞれに大丈夫だからと声をかけるとようやく針を刺す事が出来たそうだ。
「私達を傷付けるものとして認識されちゃったのね。今はもう大丈夫です。それとも着替えるほうがいいかしら」
「いえ、触れるのであればそのままで結構です」
聴診器を当てたり瞳孔の具合を見たり。ナオは嫌とも言わず全てに協力的だ。
「未だに心臓の鼓動が早いのが気になりますね。後の二人も起きたらナースコールで呼んで下さい。それと今日は入院してもらいます。明日の学校はお休みして下さい」
当然の措置か。
それから三十分ほど。ようやくリタも目を覚ました。ほぼ同時にサイキも起きた。しかしリタはまだ体を起す事が出来ないようだ。どれほど体力を消耗したのだろうか。ナースコールで再度田中医師を呼び出す。
「皆さん目を覚ましましたね。私も何があるのか分からないので不安でしたが、良かった。再度診察させて下さいね」
やはり別の世界から来た、よく分からない装備のよく分からない機能を使った三人に対しては、医者であろうとも確信を持てていなかったのか。
「……はい。三人ともダメージは大きいですが、命に関わるような事はないでしょう」
「ありがとうございます」
深々と一礼する私。もうこんな思いなどしたくない。
診察を終え三人と私だけになったので、改めて今回の件を聞き出す。
「さて本題だ。どうしてこうなった? フラックとは何だ? どうして今まで隠していた?」
半ば怒るような口調になってしまったが、私に彼女達を怒る資格などないだろう。気まずそうにしているサイキとナオ、リタは布団を頭までかぶり、すすり泣き始めた。こんなリタは初めて見た。今回は初めてだらけだ。
「私が説明します」
一番入り口側にいるナオが説明するようだ。
サイキとリタの間に入り、リタのベッドに腰掛ける私。右手ではリタの手を握ってやる。しかしその手は握り返すでもなく、ただ小さく震えているだけだ。
「まず今回の敵、小型の黒から。あれはとても個体数の少ない種類で、確か百年間で数体しか確認されていない。それでも被死亡者数はとんでもない事になっているわ。その強さから小型種のボスとして考えられているの。本当に、私達三人だけで倒せたなんて奇跡としか言いようがない相手よ」
「それだけ数の少ない敵ならば、今後は出てくる事はないと考えても良さそうだな。一つ安心だ」
しかし彼女達の帰った状態で出てこられたらどうする。蹂躙されるしかないのだろうか。
「次にフラックについて。名称はサーカスなんかと同じで、こちらの世界の言語に無理やり合わせてあるだけなので、意味はないと思っていいわ。内容としては……」
そこからの言葉が中々出てこない。本当に私に教えていいものかと躊躇しているようだ。
「見てしまったからにはもう遅い」
「ごめんなさい。本当に、あれを使わせてしまう、なんて……」
顔を手で覆い、泣き始めるナオ。それはつまり、フラックというものが、本当に危険な代物だという事だ。
「ナオの代わりにわたしが説明しますね」
喋られなくなっているナオに代わり、サイキが説明を引き継いだ。リタは未だに震えながら泣き続けている。
「フラックとは、普段は装備の強化や通信等の限定的な使い方をするリンカーを、人そのものまでリンクさせるシステムの事です。つまり相手の思考や身体動作、経験なんかも同時にリンクします。所謂精神統合というものです。相手は自分で自分は相手。その精神的、感覚的境界線がなくなります。なので相手がどう動こうとしているのか、どういう体の使い方をしようとしているのか、自分がどう動けばいいのか等が一瞬で理解出来るようになります」
「あの異様なほどの連携の取れた動きは、そういう事か。リタが近接戦闘をやってのけたのも、サイキとナオの経験を基にしているとすれば納得出来る」
頷くサイキ。だが表情は暗くなる一方だ。
「それだけ強い効果があるのに、何も副作用がないだなんて、おかしいですよね……」
ここからが本当の核心部分という訳か。
「精神統合と言いましたが、それはつまり、一つ間違えば自我が崩壊するという事です。それを防ぐために、フラック使用中は常にエネルギーを多量に消費して精神防壁を展開します。そしてフラックを使用したままエネルギーが切れると……リンクしている全員の精神が崩壊し、廃人となるか、又は死ぬか」
「まさに諸刃の剣だな」
「だから……使わせたくなかった……」
嗚咽するナオの涙の意味はこれだったか。
「今のは精神的リンクでの副作用の結果。そしてもう一つ、感覚的リンクでの副作用もあります。感覚的リンクというのは、身体動作や個々の技術的経験を擬似再現する事なんですが、それの副作用として、自分の可能な動作以上の動きも再現してしまう事になります。つまりわたしのアンカーやブースターを使った動作を、それを持たないナオやリタにも強要してしまう事になります。そんな無理をすれば体が悲鳴を上げて当然。そしてこの感覚的リンクの中には……痛覚も含まれます」
「他人の体の痛みまでも共有してしまう訳か」
「それも、リンクした人の分だけ上乗せされてしまう。つまり三人でフラックを使えば、疲労や痛みすらも一気に三人分味わう羽目になるという事です」
「冗談じゃないぞ、そんな……そんなものを俺は使わせてしまったのか……」
ここで私の心は折れた。私の不用意な一言で、痛みを和らげてやる所か、三倍にもしてしまったのだ。私が彼女達を傷付けたも同然。失格だ。私は全てにおいて失格だ。彼女達の傍にいる資格など最早ない。これ以上私の傍にいてほしくない。もう彼女達の傷付く姿を見たくない。ならばいっそ……。
気付けばリタが小さく何かを言っている。同じ言葉を繰り返している。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
謝り続けている。何度も、何度も何度も。
「実は、わたしもナオも知らなかった事があります。このフラックは数年前に完成したばかりの新しいシステムなんです。なのでわたしもナオも使った事がなかった。使うにはリンクしている人全員の同意がなければ発動しないようになっています。一度スタンバイ状態にしてからスタートしなければいけないという二重の安全装置も組み込まれています。今までの説明で、それだけしなければいけないほどの危険性をはらんでいる事は理解出来たと思います」
「それだけの大きな副作用があるんだ、安全装置が付いているのは当然だろう」
「所が、初期のフラックには今のような安全装置はありませんでした。接続しているうちの一人が強引に発動する事が出来るという欠陥がありました。そしてその危険性を満足に理解せず使えばどうなるか。わたしの知る限りでも数十人は飲み込まれています。全体で見れば一体どれほどの……」
サイキはそこからはとても言いにくそうだ。しかし私は何となく察しが付いていた。最近出来たばかりのシステム、それを使う事を拒んだ、そして今も謝り続けている……。
「今回初めてフラックを発動しました。発動シークエンス完了後、最初に飛び込んできた思念はリタの物でした。謝っていました。そしてフラックシステムの開発者名に目が行った。その開発者は……」
「セルリット・エールヘイム」




