反攻戦闘編 10
長月荘がマスコミに見つかってから四日目にあたる土曜日。
この日は雨。目標の日まではあと一度、来週火曜日に雨が降る予報だ。普段ならば当たらなければ困る天気予報だが、こればかりは当たってほしくないな。
あれから状況は動いていない。学園も見つかってはいないようで、何かあれば孝子先生に報告してもらうようにしておいた。このままどうにかなればいいが。
午後一時頃、彼女達が長月荘にいる状態で襲撃が発生。外では一斉にマスコミが騒ぎ始めた。勿論私は完全無視を決め込むが、三人はそういう訳にも行かないので、少しでもの抵抗にと裏口から出撃させる。しかし残念ながら彼女達の翼が放つ光は、テレビカメラにしっかりと捕らえられてしまっていた。
「気持ちを切り替えよう」
とっさに出た一言は、恐らくは彼女達へ向けたものではなく、自分自身に言い聞かせている言葉なのだろう。
「相手の位置と種類は?」
「南西の住宅街で、中型緑と小型が一体ずつ。三人もいらなかったかも。移動に時間が掛かるけど、なるべく迅速に対処します」
長月荘が見つかってから初の戦闘である今回。三人はとにかく早く終わらせる事を重視するようだ。やはり私の失策の影響は大きい。
数分後、現場到着と敵影発見の一報が入る。
「すぐ近くに広い敷地の建物……保育園かな? とにかく早急に始末します」
雨なので子供達は外には出てこないだろうが、それでも被害を出す訳にはいかないな。ここで青柳も接続してきた。私から状況を説明。
「分かりました。保育園は我々で何とかしましょう。お三方は被害を最小限に抑える事を優先して下さい」
「話が長いわよ! もう緑は私が撃破済み、後は小型を……」
「仕留めたです。クリア確認、戦闘終了です」
我々の会話が終わる前に二体とも倒したか。
「さすがにこっちの人数が多いと早いな。よし帰って……そのまま帰ってくる訳にはいかないな。何処かで青柳と落ち合ってもらうか」
後は青柳に任せる事にする。今回は出撃時に裏口から行くように指示した以外は私は何も手を付けていない。やはり私は何もしないべきなのだろうか。
十分ほどで三人と青柳が合流したとの報告が入った。いつも今回のようにあっさり終わってくれればいいのだがなあ。
「残念だけどそう簡単には行かないわよ。例え弱い相手でもそこに行くまでにエネルギー消費があるじゃない? 今一番エネルギー残量があるのはリタだけど、それでも帰還ラインである80%には届いていないのよ。もしこのまま事態が悪化したら、本当に私達は帰れなくなるわ」
つまりは我々大人の作戦が成功しなければ彼女達の世界の未来もないという事か。
それから十五分ほどで彼女達は帰宅。出撃時の様子を気にしていたが、やはり映っていたと言うと消沈した様子だ。しかしこればかりはどうしようもない。今回の戦闘の被害は微少なもので、軽傷者二名以外は特記すべき事項はなかった。やはり早く終われば、それだけ被害が少なくて済む。あの時の私は何をしていたのだろうかと、後悔が募る。
翌日、少しだけ事態に明るい兆しが見えた。それは渡辺からの電話で判明した。
「昨日子供達が出撃した時の様子がテレビに映っただろ? あれが火種になって、少しずつだが世間の見方が変わってきている」
「うん? いまいち理解出来ないんだが、何故それで変わるんだ?」
未だに外からの異様なプレッシャーの続く状態にあり、心身共に疲れてきている私の頭では、それがどういう状況でそうなるのかが理解しきれない。
「昨日子供達が映っただろ、それで長月荘にいるのが本物だと世間が認識した訳だ。すると今までの過剰な叩き報道に、違和感や反発が出てきたんだよ。仮にも何百何千人もの人の命を救ってきた子供達に対して、まるで凶悪犯を扱うかのような報道姿勢は如何なものかってな。今まではインターネットの匿名掲示板でそういう話が出る程度だったのが、ネットを使わない層へも波及し始めている」
「なるほどなあ。彼女達の努力がより大きく実を結んできているのか」
ようやく動き始めてくれたか。そう思うと私も嬉しくなる。そして後ろでそれを聞いていた二人にも、ようやく笑顔が見られた。リタは開発に専念しており様子は分からないが、恐らくは同じ気持ちだろう。
更に翌日月曜日。朝食前にリタから武器開発の完成報告が入る。既に青柳も到着しているので丁度いい。
「まずはサイキの剣から。サイキは改良でと言ったですが、資材もあったので新規に作ったです。オーダー通り実物に合わせ、今までよりも五センチほど長くなり、重量も七百グラムまで増加。重心もキッチリ合わせたので今までとは全く使い勝手が変わるはずです。そして刀身に空間アンカーも埋め込んだです。正直リタにはどう使うのか分からないですが、サイキなら大丈夫ですよね」
剣、というよりも最早刀そのものといった見た目。サイキの髪の色である赤も刀身の中央に入っていて、かなり綺麗だ。つばの部分が小さいのもサイキの注文のようだ。
狭い室内なので遠慮がちに振ってみているサイキ。せっかくだからアンカーをどう使うつもりか聞いてみると、実演して見せた。体を捻り、重量に任せて大きく横に振った刀を、壁のぎりぎり手前でアンカーを使って強制停止させたのだ。自分の思惑通りになったようで、凄く嬉しそうだ。
「最初本物を振った時に、重量に負けて大きくよろけてしまったから、ならばアンカーを打って強引に止めちゃおうかなって。今の感じだと成功かな」
「やっぱり本物を触ってみて正解だったな。後は実戦で慣れるだけだ」
「うん頑張るよー!」
可愛く両手に拳を作り、気合を入れているサイキ。
「それと、改良後に慣れる前に強い敵が出てきたら、なんて思っていたんだけど、わざわざ新規に作ってくれたおかげで、その心配もなくなって良かった。リタありがとう」
サイキの感謝の言葉に自慢げになるリタ。
「次にリタの拳銃二丁も完成したです。青柳さんのおかげです。ありがとうです」
頭を下げるリタに、青柳は表情自体は相変わらずだが、嬉しそうな雰囲気が出ている。
「まずはサクラという銃から作った小型拳銃です。リボルバータイプの特徴とリタ達のスーツに付いている量子化収納機能を使って、次弾装填までのラグを一切なくしてみたです。見た目の割りに連射の利く仕様になったので、サイズに似合わず戦闘力が高くなったです。ただしエネルギー消費を抑えた関係で、大型には力不足です。勿論その場合は別の銃を使えばいいだけですよ」
それを見て青柳も二丁の拳銃を取り出す。横に並べてみると、リタ仕様のサクラはほんの若干銃身が長く、そして全体が銀色に輝く中、随所に緑の装飾が入っていて結構派手だ。
「そしてP2000のリタ仕様です。こちらはかなり大幅に手が入っていて、中身は完全に別物です。エネルギー加速と電磁加速を組み合わせたので、例えリタのエネルギーが切れても撃つ事は可能です。射程は短いですが、近接しての射撃ならば大型にも有効ダメージを与えられるはずです」
「つまりレールガン化出来たのか。動画なんかではかなり巨大な装置だったからどうなるかと思っていたんだが、しっかりこのサイズに収まっているのは驚異的だな。さすがリタだ」
まさに鼻高々という表情のリタ。大型にも有効打を与えられるほどという事は、今後はこの銃を中心に使っていく事になりそうだな。見た目は青柳所有の物とほぼ同じ。リタの特徴色である緑と、一見関係ない青の装飾も入っている。青? まさか青柳だからか?
「……えへへ」
リタが照れた! それを見ていた青柳も少し照れている。ははは、二人とも可愛いぞ。
「そしてこの二丁に共通するのが、同じ9mmの弾丸を使うという事です。そしてその弾丸ですが、こちらの世界の弾丸もそのまま流用する事が可能です。これで弾丸の心配はなくなったです」
早速青柳が触らせてほしいと頼み、リタはそれに応じる。まんじりと眺め、そして唸る青柳。ますます怖い顔になっているぞ。
「重量バランス等は、ほぼ変わらないと言ってもいい感じですね。しかしこの小さい中にレールガンが入っているだなんて……やはりそちらの世界の技術は、我々には想像も出来ないほど先を歩んでいますね」
「次は私よね?」
期待感満載の顔でリタを見つめるナオ。しかし残念ながらその期待は打ち砕かれる。
「ナオのは注文が多過ぎて当分無理です。もっとリタを労わるです」
がっくりと肩を落とし残念がるナオ。その分期待していればいいじゃないかと励ましておく。
「さて時間だぞ。青柳、今日もよろしく頼む。今俺達が頼りに出来るのは青柳だけだからな」
無表情ではあるが、まるで任せておけとでも言いたげでもある。一体この男のプライベートはどうなっているのだろうか、ふと見てみたくなった。
「狭いマンションの一室に、味気ない家具と大きく余る戸棚しかありませんよ」
何だろう、凄く想像出来てしまう。今度皆で冷やかしにでも行こうか。
三人を青柳に託し数時間。お昼のニュース番組では、以前サイキに助けられたあの女性リポーターがいつもの商店街でインタビュー中。皆にも迷惑をかけているなあ、と思って見ていると、肉屋にマイクを向けた。
「私達皆が彼女達に命を助けられているんですよ。あなただってそうじゃないですか。あの子達がいなくなったらどうなるかなんて考えるまでもないでしょ。それなのにあなたは何やっているんですか、全く」
いつもの気弱そうな肉屋が、いや実際に気弱な人だが、そんな人が語気を荒げている。女性リポーターは反論出来ないな。というか、何だろう。歯を食いしばるような表情になって……?
「あーもうやってらんない! なんて命の恩人を貶めるような事をしなくちゃなんないのよ! 私だってこんな事するためにこの仕事に入った訳じゃないの!」
おっと、女性リポーターが怒った。怒りの矛先は自分自身と、そしてこの報道姿勢にか。中々やってくれるじゃないか。「はい!」と一言スタッフにマイクを渡す。
「私もうこの仕事降りる。もう嫌。じゃあね、バイバイ。んーああ言いたい事言ったらすっきりしたあ!」
手を上げ体を伸ばし、そのままカメラとは反対方向に歩いていく女性リポーター。いやあいいもの見せてもらったなあ。そうだ、渡辺経由で彼女には便宜を図ってもらおう。こんな愉快なショーをただで見る訳にはいかないからな。
「ああ全く痛快だったな。任せておけ、悪いようにはしないよ」




