反攻戦闘編 8
「さて、どうしましょうか……」
今、長月荘はマスコミに張り込まれている。青柳が居てくれるからまだ私は平静を保てているものの、一人でこの事態に対処しなければいけなかったと考えると、ぞっとする。偶然とは言え、いつも青柳には助けられてばかりだな。
「とにかく強行突破でも何でもして、彼女達を回収しないと始まらないかな」
「分かりました。私が迎えに行きましょう」
早速青柳が出て行く。マスコミのカメラはそれを追う。私は一人、子羊のように小さく震えているしかないのか……。
とりあえず連絡は入れておこう。はしこちゃんと相良剣道場に事態を説明。収まるまでは休ませて貰う。特に剣道場など、まだ正式には一日しか行っていない。申し訳が立たないな。
渡辺から電話だ。やっかみを言われるのかと思うと気が重い
「一躍有名人だな」
一言目にこれだ。渡辺らしいや。
「例の事に関しては発表はまだ先になるだろう。そっちの状況は把握しているが、そこまで来てしまっていると俺からは如何ともしがたい」
「だろうな。今青柳に三人を回収しに行ってもらっている。状況次第では最悪、手放す事も考えないといけないかもなあ」
「覚悟が揺らいでいるな。気持ちは分からんでもないが、あと……十日堪えろ。DNAの鑑定結果が出ればもう誰も文句は言えなくなる」
十日もこの状況を続けなければいけないのか。その間にも侵略者の襲撃は発生するだろう。どうすればいいのか……。
長月荘の電話が鳴った。見慣れない番号だな。住人が心配して掛けてきたのか?
「はいもしもし」
「あー私朝中新聞の……」「断る!」
すぐさま電話を切り電話線を引っこ抜く。外の音を聞きたくない。部屋に篭り鍵をかける。私の心は折れかけている。
「工藤さん!」
十五分ほどで三人の声が聞こえた。部屋を出る私。すると涙目の三人が飛びついてきた。頭を撫でてやるものの、彼女達の瞳はすぐさま私の心のダメージを見透かしてしまった。私自身、それが想像以上に深い傷である事に動揺してしまう。
「ごめんなさい、私達のせいで……」
普段の私ならば、ここで慰める事が出来たのだが、今はその余裕がないのだ。無言で頷いてやるのが精一杯。
「状況は車内で全てお話しさせていただきました。今後は必ず一名以上は警官を配備する事にします。それが到着次第、私は一旦警察署に戻って作戦を立てます」
言葉が出ず、頷く事しか出来ない私。
「工藤さん、酷い顔していますよ。私が出ている間に心細くでもなりましたか?」
「……電話がな、新聞記者から。すぐ切ったが、本当に俺は普通の一般人じゃなくなっちまったんだなと実感させられてな」
この重苦しい雰囲気を変えられる材料は当分先まで入荷する事はない。
青柳の携帯が鳴る。すると私の携帯を取り番号を教えている。誰にだ? 青柳の事だからまずい事にはならないだろうが、人間不信と言ってもいいほどの疑心暗鬼の私にはそれすらも怪しく映る。
「すぐ電話が鳴るはずです。出て下さい」
その言葉通り、すぐ私の携帯電話が鳴る。見知らぬ番号。慎重になる私。
「……もしもし」
「あ、工藤さんですか? ナオちゃんの友達の木村奈津美です。あの、私達に出来る事があればと思ったんですけど、電話が繋がらなくて」
そうか。これはナオに代わるべきだな。木村からだと言いナオに渡す。それほど掛からずに電話を切った。
「無闇に何かしようとは思わないように、って釘を刺しておいたわ。皆の気持ちは嬉しいけど、今はそれが逆効果になりかねないものね」
「しっかり者同士だと話が早いな。……俺達は今の所、打つ手なしだ。ごめんな」
「謝るのは工藤さんじゃないです。元々はわたし達の世界の問題だもん。巻き込んでしまったのはわたし達。ごめんなさい」
それに対してどう言っていいものか分からない。沈黙しか出来ない。
その後パトカーが二台来て長月荘前の細い道路を封鎖。そこまでするかとも思ったのだが、その光景を見て、気付けば少しだけ安心している自分がいた。思考にも余裕が出てきている。
「それでは私は一旦警察署に戻ります。明日以降は未定ですが……お三方はどうしたいですか? 私としてはあなた達の気持ちを尊重したい」
三人は目を合わせ考えている。恐らくは私に遠慮をする答えを出すだろう。ここは私の踏ん張り所だ。意地でも彼女達には気を使わせない。
「俺の事は心配するな。お前達の率直な気持ちを聞かせろ」
心の中では今まで通りを望んでいるのだろうが、三人には躊躇の色が見える。数分悩み込んだ上でサイキが口を開く。
「学園にも行きたいし、カフェでのお手伝いも辞めたくない。私は剣道の稽古にも行きたい。でももう無理ですよね……」
青柳と私は顔を見合わせる。ここは青柳に一任しよう。
「では明日以降、私が直接お三方を学園へ送り迎えしましょう。車は恐らく今回乗ってきた白のワンボックスになると思います。ただしテレビが入れて、かつ私の目の届かない場所、即ちカフェと剣道場に関しては当分お休みしていただきます」
「わたし達の為に、本当にいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません」
丁寧な口調で頭を下げるサイキと二人。
「俺からも、いつもすまない。本当に感謝しているよ。ありがとう」
私も頭を下げる。青柳は一つ頷き、三人の頭を軽く撫でると帰っていった。
「リタは……リタにはやる事があるです。カフェに行く時間が無くなったのならば、その分を武器開発に回すです。まずはリタの拳銃の完成、そしてサイキの剣の改良。やる事が沢山です」
リタの言葉は、まるで私を鼓舞しているかのようだ。いや、恐らくはそうなのだろう。直接的な言葉ではなく、リタ自身への言及や、無言の行動をもって周囲に気を配る。リタはそういう子だ。全く、技術者の癖に不器用な奴め。
「そうだな。期末テストも終わったし、存分に開発に励め。ただし口うるさく言っているが、無理だけはするなよ」
「了解です。……ようやく工藤さんらしくなったです」
そう言うとまるで顔を見られるのを嫌がり、逃げるかのように二階へと上がっていく。
「ははは、あいつやっぱりそれが狙いか。とんでもない奴だな」
「でも本当、ようやく工藤さんの笑った顔が見られたわ。多分明日以降も大変だろうけれど、せめて私達の前では怖い顔をしないで下さいよ」
「難しい注文だな。俺だって人の子だからな」
実際の所、私の心は折れかけたまま、それを彼女達には見せないように気を張っているだけだ。後十日でマスコミは手の平を返すはず。そう信じているから、どうにか出来ているだけだ。
夕食は質素にした。買い物に行きづらくなる事を想定してだ。
食後、そういえばと期末テストの結果を聞く。未だ残る重い空気をどうにかしたいのが本音だ。確か残り教科は英語数学社会だったかな。
「まずわたしから行こうかな」
最初はサイキからか。前日の国語理科共に高得点だったので期待が持てる。
「英語八十二点。数学はちょっと落ちて七十一点。そして社会は百点でした!」
「おお百点取ったか! 努力した甲斐があったな」
数学の七十一点にはこの際目を瞑ろう。それでも平均点で八十点以上だ。素晴らしいな。何かを要求しているようだったので、頭を撫でてやると満足そうな顔をしている。きっと犬の尻尾を付けると、物凄い勢いで振っているんじゃないだろうか。
「じゃあ次はリタの結果を聞こうか」
約一名は表情から既に察しが付いているので、先にリタから聞き出す事にする。出したテストはまたもや一枚のみ。また出し渋るような点数を取ったか。出された数学のテストには点数が動いた形跡があるな。
「先生が答えを間違っていたです」
「リタったら突然立ち上がって、先生のチョーク奪った上に翼まで出したんだよ。もう何をするんだって驚いたもん」
「授業中に翼を出したってか? おいおい……」
申し訳なさそうな顔をしているリタ。
「その……間違いを訂正しないとと思って、それで黒板の上まで手が届かないので翼を出してしまったです。正直頭に血が上っていたです。ごめんなさい」
特に大きな混乱はなかったようなので今回だけは見逃そう。ナオからも大目に見て欲しいと言われてしまった。
「えっと、後の二つは……」
中々に申し訳なさそうに残りの二つも提出。六十三点と六十一点か。どうにか学年の平均以上ではあるそうだが、サイキの後だと物足りなく感じてしまうな。平均点は七十五点を超えない辺りかな? やはりリタは一点集中型か。
「最後に私。さて何点と予想しますか?」
言った傍からニコニコ笑顔全開である。呆れるほどに分かりやすい。
「そう聞いた時点でもう答えているようなものじゃないか。おめでとう」
三枚の答案を並べる。数学のテストだけは点数が動いた形跡がある。
「なるほど、リタの擁護に回ったのはこれがあったからか」
「あの時のナオ、テストが帰ってくる前とは正反対の、物凄く落ち込んだ表情してたよね。やっぱり全教科満点狙っていたの?」
「勿論狙っていたし、それに……」
それに、で言葉が止まってしまった。すると至極真剣な表情で私の目をじっと見つめてくる。何だ?
「以前サイキは覚悟を決めたって言っていましたよね。そして私もいつか覚悟を決めるって。私、今回のテスト結果に賭けていました。全教科で満点を取ったのならば、私はこの覚悟を絶対のものにすると決めていました」
「……遂にか」
我々に緊張が走る。
「一言一句聞き逃さないでよ。私の覚悟、それは……全員無事に帰らせる事。そのためならば私は、私の全ての力を振り絞る。絶対に誰も脱落させない。誰よりも、私がそれをさせない。許さない。それが私の覚悟です」
参ったな。ナオの強く一点を見つめるその表情に、惚れてしまいそうだ。




