反攻戦闘編 6
三人が帰ってきた。確かにリタは寝てしまっている。
「ただいま……」
二人ともリタを起こすまいと小声だ。私も同じく小声になる。
「おかえり。ごめんな」
「話はあとで聞くから、先にリタを寝かせてくるわね」
ナオはリタを負ぶったまま静かに二階へと上がって行く。
「工藤さん、そんな顔しちゃ駄目だよ」
サイキに言われた。果たして私はどんな顔をしてしまっていたのだろうか。不安と責任感に押し潰された顔か、はたまた自分の采配ミスに許しを乞う顔か。
ナオが戻ってきたので、リタの状態を確認する。
「リタは……本当に大丈夫なんだろうな?」
「心配しなくても大丈夫よ。あれくらいならば私も被弾していたでしょ? コンクリート壁を突き破るくらいじゃないと怪我はしませんからね」
その言葉が事実なのか、それとも私を安心させるための嘘なのか、冷静さに欠けた今の私の頭ではナオの顔も直視出来ず、それがどちらなのか判断出来ない。
「ともかく、すまんかった。最初からナオの判断を仰げばよかった。無理にでもリタを止めてサイキと代わってもらうべきだった。無茶な真似をし始める前に止めてやるべきだった」
顔を上げる事の出来ない私。
「長くやっていればこういう……」「そうですね。反省して下さい」
慰めようとするナオの言葉を遮り、サイキが諌めてくれる。
「わたし達は命を賭けて戦っていますから、その上に立つ人も半端な覚悟では困ります。だからもう、わたし達にそんな顔を見せないようにして下さい。わたし達の士気にも関わります」
何も言い返せないな。
「……明日もあるからもう寝ます。ナオ行こ」「あ、ちょっ……」
そしてこの優しさだ。サイキに引っ張られ渋々その場を後にするナオ。
二階へと消えた二人を見送り、私もそのまま部屋に入る。頭の中で回る悔恨の思考に邪魔され、眠気も消え失せてしまう。結局その日は一睡も出来ないまま日の出を迎えた。
翌日は青柳からの電話で始まった。
「すみません、寝ていました」
「遅い時間だったからな。そういう事もあるよ」
「……随分と消沈しているようですが、大丈夫ですか?」
一発で見抜かれてしまった。平静を装っているつもりだったのだが、さすが刑事と言うべきか、私の演技が下手過ぎるだけなのか。
状況を説明すると、その場ですぐに判断を下すのは難しいだろうとかばってくれた。前日のサイキの言葉とは正反対ではあるが、どちらも私を思っての言葉である事には間違いない。その優しさが心の傷によく染みる。
「被害報告よろしいでしょうか? まず人的被害ですが、北部及び東部では全くのゼロ。場所もありますし、時間も深夜ですからね。そして南東での被害はガラス片で怪我をしたという軽傷が一名のみです。状況から察するに、リタさんが攻撃を全て引き付けていたおかげですね」
「リタ……どういう顔をすればいいのか未だに迷っているよ」
「まあまあ。物的被害もあまり多くはありませんね。南東での家屋の外壁被害とガラスが割れた程度です。大型三体の三点同時攻撃という場面としてはほぼ百点でしょう」
「三人に伝えておくよ。朝からありがとうな」
「いえ、こちらこそ二日連続でサポート出来ずに申し訳ありません。……一人で抱え込まないで下さいね。そういう時のあなたは非常に面倒だ」
何もかもを見透かされてしまっている。さすが青柳だな。
いつもよりも少し早く三人が起きてきた。特にリタとは顔を合わせ辛いな……と思いながら朝食を作っていると、向こうから私の顔を覗き込みに来た。
「……老けたですね」
さすがにこれは予想外。これがリタなりの慰め方か。私は思わず笑ってしまった。なんていう奴だ、完全にしてやられた。
「ごめんな。……ありがとうな」
満足げな顔で戻っていくリタ。こういう事に関しては全くもって敵わないな。
青柳からの報告を伝えると、当然という顔をする三人。何とも心強いその表情に、すっかり私の側から頼ってしまっているな。改めて昨日の学園での事を聞くと、やり過ぎという意見が多かったそうだ。ははは……そりゃー話に出さないよな。
三人を送り出し、少ししてから再度青柳から連絡が入る。要約すれば昼飯をよこせという事だった。
お昼の十二時過ぎ、黒いセダンが来た。
「限りはあるが、要望があれば聞くぞ。ただし期待はしないでくれ」
「そうですね、味噌ラー……」「無いぞ」
「否定が早いですね」
自宅で作れるラーメンなどたかが知れている。それに個々の料理にも上手い下手というものがある。結局、朝ご飯の残りが結構あるので、海鮮チャーハンにした。
食後、本題に入る青柳。
「やはり駅南口での戦闘は限度を超えてました。確かにあの場面では目立つなと言うほうが無理がありますが、もう少しスマートに済ませるべきでしたね」
「そして今回、深夜の采配ミスだからなあ、正直言って、今までの積み重ねてきた自信が全て崩れたよ。一介の下宿屋の主人の限界はここいらなんじゃないかと思い始めている。こんな事を彼女達に言ったら、間違いなく怒られるんだろうな」
「彼女達でなくても、今まで関わってきた人ならば怒りますよ」
「青柳もか?」
「もちろん」
真顔だ。少し怖いほどの真顔でまっすぐこちらを見ている。
青柳はもう少し私の様子を監視してから帰るという。なんだかんだで本当にいい奴だな。パソコンで情報収集をしたり、テレビを回し見したり、世間話をしてみたり。お昼の二時に男二人が何をするでもなくのんびりと過ごす。ああ今晩は何を作ろうかな。
「……ん!?」
「どうしました?」
目の錯覚だろうか、他人の空似だろうか。テレビに一瞬、何よりも一番見知った光景が映ってしまった気がした。気のせいであって欲しい。しかし……。
「……青柳よ、これ、何に見える……?」
長い沈黙が過ぎる。私の頭の中は真っ白だ。
「これは、過去最大レベルでまずいですね……」




