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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
奔走戦闘編
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奔走戦闘編 19

 「先に出るけど、後は頼むぞ。お前達が出る時は戸締り確認をきっちりな」

 この日、私と青柳は過去に菊山神社で神隠しに遭った三人の、その血縁者にDNA鑑定への協力を取り付けるために奔走する。

彼女達三人は今日は休みだ。天候は小雨。恐らく侵略者の襲撃があるだろうが、その場合には三人だけで切り抜けてもらう事になる。


 「まずは一旦東病院まで行きます。そこで警察医をピックアップし、更に車を乗り換える予定です。偽装工作は入念にしておきたいので」

 「何か本当に悪い事をしているような気分になるなあ。それに、こんな事にまで巻き込んでしまって、今更ながらすまないな」

 「いいえ、私もこれでも楽しんでいるんですよ。それに色々と感謝もしています」

 相変わらず無愛想に語る青柳だが、その雰囲気には刺々しさは感じられない。

 「あの後、斉藤先生と正式にお付き合いする事になりました」

 「おお遂にか。おめでとう」

 「ありがとうございます。お互い忙しいので時間の確保には苦慮しそうですが、工藤さんお得意の長月荘の”縁”を信じて進むつもりですよ」

 まさに縁結びという訳だな。

 「俺が生きてるうちに子供を見せてくれよ」

 「さすがにそれは気が早過ぎます」

 ともあれ、これで更に仕事に気合が入るだろうな。楽しみだ。


 東病院に到着。裏手の駐車場に車を止め、私は待機。数分後青柳と、もう一人男性がやってきた。車を降りる私。

 「初めまして。田中公康と言います。普段はこちらで内科医をやっていまして、要請があれば警察医としても協力しています」

 私も軽く自己紹介。田中公康医師は、年齢は私と同じ位だろうか。太いフレームの眼鏡が似合い、私よりも紳士的で大人な雰囲気を醸し出している。

 「今回はDNA鑑定に必要な血液採取をしてほしいとの事ですね。詳しくはお聞きしませんが、医療行為に関しては全てお任せ下さい」

 次に車を乗り換える。青柳の黒いセダンから、田中医師の自家用車だという青色の、所謂スポーツワゴンタイプの車へと移動。随分と若者向けの車に乗っているなあ。注射器などの機材が入っていると思われるアタッシュケースを積み込むと、田中医師の運転で早速出発。青柳が助手席、私は後ろだ。

 「まずは直嶋篤太郎の血縁者の所へ行きます。隣の金辺市なので一時間ほどですね」

 車のスピーカーから聞こえてくる音楽は、およそ私と同年代とは思えない若者の曲ばかりだ。もしかして息子や孫の車を借りているのだろうか。

 「こういうのが好きなだけですよ。妻には若作りし過ぎだとぼやかれますけどね」

 つまり私もこのような音楽を聴けば若返るのか。……我ながらありえないな。


 トンネルをくぐり、隣町に入った所で電話が鳴った。ナオからだ。

 「どうした?」

 「これからカフェに向かうので一応報告にね。工藤さんは今何処? まさか隣町にいるんじゃないでしょうね?」

 「よく分かったな。だから言っただろ、色々行かなきゃいけないって」

 すると数秒の間が開いた。何だろう、この妙な感じ。

 「……そう。分かりました。気を付けてね」

 「お前達こそな。戸締り確認しろよ」

 うーん、何か引っかかる言い方だったな。ピンポイントに隣町にいる事を疑ったし。まさか車を尾行されていた? いやいや、途中で乗り換えたのだからそれはないだろう。

 「子供の勘は鋭いですからね。普通に歩いていただけで子供に「あー刑事さんだー」なんて言われた事もありますよ」

 それだけならばいいんだがな。何かこう……釈然としない。


 それから十五分ほどで血縁者の居住地近くにあるコンビニまで来た。事前に約束は取り付けてあるので、電話で詳細な住所を聞くと、歩いてすぐだという。

 本当に歩いてすぐの所に直嶋家を見つけた。呼び鈴を鳴らし、ご自宅にお邪魔する。出てきたのはご夫人のようだ。

「DNA鑑定……ですか? またどうして?」

 驚くのも無理はないな。何処まで話せばいいのか迷ってしまったが、ここは全てを話すべきだろうな。

 「およそ百年前なのですが、隣の菊山市にある菊山神社で、三人が神隠しに遭遇し消えたという話があります。その中の一人が直嶋篤太郎という人物でして、今その人物の血縁者と思われる子供を預かっています。それで……」

 「少々お待ち下さい」

 私が話し終わる前に席を立ち、部屋を出るご夫人。やはり怪しまれたかな。


 少しして、車椅子に座るご老人がやってきた。

 「その名前は久方ぶりに聞いた。篤太郎は私の祖父です。私の父親はよく言っていました。「死んだなら骨が無いのはおかしい、俺の親父は何処かで生きている」と。神隠しですか。詳細をお聞かせ願えますか?」

 私は事のあらましを話した。百年前の神隠し、それが闇に葬られた事、そして直嶋篤太郎が別の世界へと渡り、その子孫、つまりナオが生まれ、帰ってきたという事を。


 「はっはっはっ、実に荒唐無稽な話だ。……しかし、わざわざそんな作り話を聞かせるためだけにこの老いぼれ爺さんの所まで来たなんて、そちらのほうが有り得んでしょうね。菊山市での報道は私も知っていますが、そうですか……。私の人生で一番面白い話だ。ご協力致しましょう。父親への良い冥土の土産が出来ました」

 私達は深々と礼をし、早速ご老人に協力を願い、血液採取を行う。鑑定結果を教えて欲しいという事だったので、近日中に大きく報道されるはずだと告知しておく。


 さて次だ。次は池田千鶴の血縁者であり、長月荘住人の高木の親族でもある。菊山市の南の海沿いに家があるはずだ。ここからだとまた一時間は掛かるか。

 「あの、一つだけ質問よろしいですか?」

 田中医師だ。協力していただいているのだから、答えられる質問ならば答えるつもりだ。

 「先ほどのご老人との会話の意味ですが、最近ニュースになっている、あの三人の子供の事ですよね?」

 「青柳それ教えてなかったのか」

 「診断書を書いて頂いた時点で気が付かれたかと思っていたもので」

 相手が医師なだけに、意思のすれ違いか。さてここで田中医師に改めて全てを話す。

 「……そうですか。ならばあの子達にありがとうと伝えて下さい。東病院前での事件の時に、私が宿直当番だったんですよ。てんやわんやの状況ではありましたが、おかげで私を含め、誰も亡くならずに済みました」

 同じ東病院だものな、こういう事もあるか。


 すると青柳が何かに気が付き指を差した。

 「工藤さん、あの光、そうじゃないですか?」

 見ると北の空から三つの光が飛んできている。色からしてあの三人に間違いないな。という事はこの先で襲撃が発生している。

 「田中さん、一旦何処かで止まって下さい。この先は今行くと危険だ」

 青柳はすぐさま電話を掛けて警官に指示を送っている。私はどうするか……。

 「工藤さんは何もせず堪えて下さい。それが最善です」

 私の苦悩する表情を見て青柳が指示してくれ、おかげで少しは楽になった。車はコンビニの駐車場で停車。待つだけしか出来ない私は居た堪れなくなり、コンビニで昼食と飲み物の調達をする事にした。何かをやっていなければ彼女達の応援に付きたくなるのだ。


 数分で再度光が飛んでいく。終わったようだな。

 「撤収を確認しました。今回は浜辺に出たようで被害は少ないようです。申し訳ありませんが、途中少し寄らせて下さい」

 車内で簡単な昼食を取り、現場前に到着。目的地までもかなり近かった。少しタイミングが違っていたら巻き込まれていた可能性もあるな。青柳はそこにいた警官と少し話をした後帰ってきた。

 「冬の浜辺なので、どうやら被害はゼロのようです。敵は赤鬼セットと大型の深緑が一体ずつと少数なのも幸いでした」

 よし、彼女達は仕事を全うした。次は我々の番だ。


 そこから三分ほどで目的地に到着。表札は佐藤だが間違いない。念の為血縁者候補である高木に電話。すると家の中から出てきた。

 「有給使いました。会社から消化しろと言われていたんで丁度良かったですよ」

 どうやら既にある程度の話はしてあり、後は最後の一押しだけだと言う。お宅にお邪魔して事情を説明。二度目なので少し慣れた。応対してくれたのは、高木と丁度似たような年齢に背格好の男性。

 「そういう事でしたか。それならば……」

 一旦席を離れ、何かを持ってきた。家系図だ。

 「僕がここですね。それで春明さんがここ。従兄弟同士ではあるけどあまり付き合いが無かったので、いきなり電話が来た時は驚きましたよ。それで池田千鶴は……ここですね。本人は子供を生む前に死亡した事になっています」

 やはりこちらも死亡扱いか。仕方のない事なのだが、何とも切ないな。

 「親族の中で一番血が近いと思うのがこっちの池田家なんですが、何せ今は北海道なので。次に近いのが池田千鶴の弟家系であるこの佐藤家なんですが、直系で今残っているのは僕しかいないんですよ」

 結構厳しいなあ。田中医師に聞いてみるか。

 「鑑定そのものには詳しくないので何とも言えませんが、血縁者である可能性は出ると思いますよ。ただ先ほどよりも確率は下がるでしょうね」

 やってみるしかないか。血液採取には快く応じて頂けた。高木にも協力してもらう。残すはあの相良家だ。


 道中やはり私の認識が甘かった事を思い知らされる。DNA鑑定と言えども数世代も離れていては難しいのだろう。落ち込んだ私の顔を見兼ねてか、青柳がどこかに電話を掛けている。

 相良家までは四十分ほどで到着。併設の稽古場からは元気な声が聞こえる。明日はここにサイキの声も響くだろう。到着した私達を見て、道場から剣道着のままの格好で、サイキの友達である相良が出てきた。

 「あー来た来た。こんにちはー。もうお父さんには話してあります。案内しますねー」

 何処まで話してあるのかは分からないが助かる。相良家はかなり広い。結構儲かっているなあ。そのまま相良の案内で居間に通され待機。数分で相良と、その父親がやってきた。やはりガタイの良い屈強そうな男性だ。


 「初めまして。いつも娘の美鈴がお世話になっています」

 「あーいえいえこちらこそサイキと仲良くしていただいてありがとうございます」

 この子、美鈴と言うのか。誰も下の名前で呼んでいないので知らなかった。

 「娘から大方聞いておりますが、友達のサイキさんと、美鈴とが血縁関係にあるかもしれないと、それを確かめるために協力をしてほしいという事でよろしいでしょうか?」

 「はい、そうです。そのためにDNA鑑定をしたいので、血液採取にご協力お願いしたいのです」

 「うーん、そもそも血縁関係にあるというのは本当なのでしょうか?」

 やはり疑うだろうな。娘の友達が実は世界を隔てた遠い遠い親戚でした、なんて信じられるはずがない。


 「およそ百年前に失踪、又は死亡したとされているはずの佐伯トミさんをご存知でしょうか?」

 「ええ勿論知っています」

 即答だ。相良から一応は聞いていたのだろうか?

 「この剣道場は元々は佐伯家のものでして、その中でも佐伯トミは、幼年から才能に恵まれ突出して強かった、という話があります。三十歳前に菊山神社の祭りの手伝いに行き、事故に遭い亡くなった」

 こちらの認識とぴたり符合する。やはり間違いないな。

 「その後剣道場は一旦潰れ、佐伯トミの妹の嫁ぎ先である相良家が貰い受ける事になります。私で三代目ですね」

 なるほど。最初剣道場で佐伯トミの名前を探しても見当たらなかったのはそういう事か。


 次にこちらの事のあらましを改めて説明する。ようやく納得して頂けた。

 「分かりました。ならば私の父からも採血すべきでしょうね。ちょっと呼んできますのでお待ち下さい」

 そう言って家の奥へと消える父親。すると見計らったかのように、相良が小声でこう言ってきた。

 「お父さんには内緒だけど……」

 「うん?」

 「お父さん注射嫌いなんだよ。だから自分は何としてもって、そういう事」

 「ははは、なるほどな。秘密にしておくよ」

 あのいかにも屈強そうな男性が、注射針に怯える光景……いかん、想像すると本人を前にして笑ってしまう可能性がある。


 数分して年配の方が来た。二代目ご当主だ。

 「話は分かりました。ええ、協力は構いませんよ。私と美鈴とで良いですかな?」

 「ありがとうございます」

 血液採取中、相良家の父親が自慢げに話してきた。

 「今こいつの兄が私の下について四代目として修行しているんですよ。実力は美鈴が上なんですが、兄より優れた妹なんて許せないと言って猛烈に追い上げています」

 「剣道場はこの先も安泰のようですね」

 やはり褒められれば誰だって笑顔になるのだな。その笑顔が注射針で……いかんいかん。


 このままでは本当に笑いそうなので、別の話をしよう。

 「そうだ、うちのサイキがこちらにお世話になりたいと言っていまして、よければ明日にでも連れてこようかと思っているのですが、どうでしょうか?」

 「それはいいですね。娘も張り合いが出るでしょう。そちらの事情も娘からうかがっていますので、稽古代などはオマケしますよ。明日ならば、十一時頃を目処にいらして下さい」

 「これはありがたい。ではそういう事でよろしくお願い致します」

 これでサイキも更に強くなれるだろう。相良への雪辱を晴らせるかもしれないな。


 全員分の採血も終わり、東病院で田中医師とは解散。再度彼女達にお礼を言っておいてほしいと伝言を頼まれた。後は青柳に長月荘まで送ってもらうだけだ。

 「皆さん協力的で助かりましたね。やはり彼女達の努力の賜物でしょう」

 「本当になあ。最初サイキが来た時は、まさかこんな展開になるだなんて思いもしなかったよ。でも俺の認識不足だったなあ。DNA鑑定ってもっと万能かと思っていたよ」

 若干気落ちする私。すると青柳が眼鏡を上げ直し、こう言う。

 「五割を超えれば充分信憑性が出る。七割を超えていれば決まったと言っても構わないんじゃないか、という話でしたよ」

 「誰が言ってるんだ? それ」

 「先ほど渡辺さんに電話しまして、そこから今回の鑑定の主任の方に話をうかがっていただきました。だから気を落とすのにはまだ早いですよ」

 そうか。ならば私も結果を楽しみにする事にしよう。



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