奔走戦闘編 18
時刻は夕方四時半。晩飯狙いの孝子先生と一緒に長月荘へ。すると車が一台止まっている。いつもの黒のセダン、青柳だ。
「青柳さんじゃないですか、お久しぶりですね」
「斉藤先生、どうしてここに?」
「晩飯を奢れと言われてな。青柳こそどうした?」
「いくつか連絡事項がありまして、近くまで来ていたので直接と思いまして。ああ今来た所なのでご心配なく」
「そうか。まあ立ち話も何だから入れ入れ」
呼ぶ前にまさか来ているとは思わなかった。先に青柳の用事を済ませてしまおう。
孝子先生の存在を気にしている様子の青柳。
「あ、私に聞かれたらまずいのかな?」
「俺達が部屋に入るよ。覗くんじゃないぞ」
孝子先生にはテレビでも見ていてもらい、青柳と私は一旦部屋に入る事にする。
青柳の話を要約するとこうだ。まずは渡辺がいくつか武器を仕入れたという事。次に彼女達の為に、侵略者の襲撃で出た被害金額を国が肩代わりするという法律が検討されている事、そして海外からも彼女達へのアプローチがあるという事。ただしこれは友好的な話ではない。そしてそのために、彼女達を守るために、国が動こうとしているという事だ。
「彼女達がいなければ、侵略者のそれは町や国家単位ではなく、惑星単位での脅威ですから。しかしそれすらも理解出来ない国もあるという事です」
「もしも宇宙人がいたら今頃呆れ返っているんだろうな。まあとにかく話は分かったよ。なんかもう俺の手には負えない領域まで来ちゃってるなあ。彼女達が遠くに行ってしまう気がするよ」
「大丈夫、私も含めて味方は沢山います」
「ああ、ありがとう」
青柳との話も終わったので孝子先生と改めて合流。
「なになに? って言っても教えてくれないか」
「ちょっとな、当事者じゃないと聞かないほうがいい話だから」
「そういう言い方されちゃうとさー、工藤さんが遠い所にいるようで嫌だな。やっぱり工藤さんの肩書きは長月荘の主人じゃないと。今の工藤さん、らしくないよ」
なるほど、住人からしたら私も遠くに行ってしまっているのか。しかし今は立ち止まってなどいられない。私の覚悟のために、私自身がそれを裏切る訳にはいかないのだ。
「今は踏ん張り時でな、どうしても仕方がないんだよ。もう少しでどうにかなりそうなんだよ」
「そう。……正直に言うと、担任としても元住人としても、あの子達の事は心から応援したい。でもこの日常が壊れるのは嫌ですよ。そこの所は大丈夫でしょうね? もしもそんな事になったら許しませんからね」
「先生に怒られるのは勘弁だな。チョーク投げられちまう」
一番この日常を壊したくないのは私なんだがな。しかし今はやれる事をやり、後は受身で待つしかない。
「あ、そうだ。孝子先生が来る予定じゃなかったから食材が足りなくてな。悪いがメモするから買ってきてくれないか? 俺もまだ足が完全に本調子って訳じゃないからな」
さあ釣り針にかかるかな?
「えー」
やっぱり嫌そうだな。食いつかないか。
「……まあいいですよ。その代わり美味しいの期待しちゃうんだから」
おっと釣れた。
「えっとなあ、秋刀魚としょうが焼きとサラダにするから、秋刀魚と肉と生姜買ってきてくれ。あと卵も少ないから頼もうかな。うーん改めて冷蔵庫確認するか」
ちらっと青柳を見ると私の意図を理解しているようだった。チャンスは作ってやったぞ。押せ押せ。はっはっはっ。……あと白菜とキャベツも頼もうかな。
「結構多いなー。誰か車出してくれないかなーなんて」
おっと、孝子先生から仕掛けたぞ! しかし今の言い方は単に楽をしたいだけのような気もする。
「それは私の事でしょうかね。……構いませんよ。でも私も晩御飯に参加させてもらいます。工藤さんよろしいですね?」
「ははは。よし、そうしたら二人で行ってきてくれるかな。はい買出しのメモ。ついでだから三人の顔も見てきてくれないかな。どうせならそのままカフェで時間潰して子供達を拾って帰ってきてもいいぞ」
またとないほどの大きなチャンス。この好機を青柳は無事掴めるのだろうか。そうだ、おまじない硬貨を贈呈しておこう。無言で手を握る青柳。バッチリ分かっているようだな。
それから二時間、ようやく帰ってきた。後部座席からは三人が降りてきた。
「ただいまー」
「全員おかえりー」
青柳の表情からも孝子先生の表情からも、どうなったのかは分からないな。これはもしかして、青柳奥手説か? と思ったら孝子先生と三人に見えない所で一瞬親指を立てた。きっちりとチャンスを物にしたようだな。
晩御飯の料理中、遂にナオが台所に顔を出した。
「……」
一言も発する事は無いが、その威圧感たるや凄まじいものがある。あまりの事に私の包丁捌きも狂いそうだ。
「……」
嫌になるほどじーっと見つめてくる。仕方がない、誰でも出来そうな生姜の摩り下ろし作業を任せてみよう。その光景にサイキが思いっきり引いている。
「爆発させるなよ」
「これがどう爆発するのよ。摩り下ろすくらい出来ますって」
……残念ながら粒が大きく残り過ぎて失敗。涙目で自室に駆け込んで行ってしまった。しかし普通のおろし金と普通の生姜から何故こんな大粒の摩り下ろし状態になるんだ?
「これがナオの恐ろしさです。物理法則が仕事をしなくなるんだもん」
「あっちでの合流初日は惨劇だったって言ってたけど、あながち誇張表現ではなかったみたいだな。ナオには辛い選択だが、夢を諦めてもらうしかないな」
「ナオには料理の出来る旦那さんがいればいいんだと思うよ」
散々な評価をしつつ晩御飯の完成。ナオも降りてきたのだが、本気で悔しかったのだろう、涙目のままだ。
食事を終えた所で青柳から明日の予定を切り出してもらう。
「明日ですが、私と工藤さんは各所に足を運ぶ用事がありますので、予報では雨ですが我々のサポートは無いと思って下さい。襲撃時には三人だけで対処をお願いします」
「はい!」
相変わらず戦闘が絡むといい返事だな。
「それで、その用事って何なの? 最近何か隠しているけど、いい加減教えてくれてもいいんじゃないかしら?」
かなり強めの口調で来るナオだが、それでも教える訳にはいかない。
「大人の事情って奴だよ。例えお前達にでもそれ以上は言えない」
「それ信用してもいいの? 工藤さんと青柳さんの事だか疑いたくはないけれど、悪い事しているんじゃないでしょうね?」
中々食い下がらないな。やはり不安を抱かせてしまっているか。
「あんた達ね、今までこれだけ助けてくれている二人が、あんた達に悪い事するはずがないでしょ。それでも疑うって言うのなら、まずは自分のそういう心を疑いなさい」
孝子先生の強烈な一撃が入る。さすがにこれにはナオも観念し引き下がった。
「そういえば学校の予定はどうなってるんだ? 子供達からそういう予定って全然聞いていないんだよ」
「あんた達薄情だねー。えーと明日明後日が休みなのは聞いてますよね?」
「あはは……すまん、聞いてない」
驚く孝子先生。叱られる三人。聞けばリンカー内に情報を置いてあったのをそのままにしていたそうな。三人とも忘れんぼうだな。
「えーとですね、明日明後日は休み、来週から通常授業に戻って、二十四日に終業式。来年一月九日から三学期の開始です」
「うーん、そうしたら土曜日にサイキの言っていた相良の剣道場に行くか。日曜日に渡辺と会って武器の受け渡し。ちょっと忙し過ぎるだろうか?」
三人と青柳は問題ないとの事。はしこちゃんに連絡を入れておかねばな。
「あ、それじゃあ明日は早めにカフェでのお手伝いに行こうかな。はしこさんにはわたし達から話をしておきます」
「了解、任せたよ。しかし孝子先生、家に来てまで面談だったな」
「担任教師ですから!」
孝子先生が胸を張った所で解散。青柳は孝子先生を送る事になった。その表情は相変わらず厳しいものだが、歩き方が嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?
さあ明日だ。明日でこの後ろめたい気持ちから脱する事が出来る。そして結果が出れば彼女達にはとても大きな力になるはずだ。




