奔走戦闘編 17
木曜日は一日丸ごと三者面談に充てられており、我々は順番的に一番最後であり、午後三時からの開始。先にはしこちゃんには断りを入れておいてある。
当日、三人を従え一年B組へと進軍する。
「工藤さん、えーっと……どうせなら三人一緒にやっちゃう?」
「俺としては構わないよ。そちらにお任せ」
一応三人にも確認。異存はない様子。
「私としてもね、三人の特殊性を考えたらその方が楽なんですよ」
「まあそうだろうな」
話を始める前に、先に三人には教室に入ってもらい、孝子先生にはSNSでの話は三人には機密事項だと念を押しておく。彼女達、特にナオにはそろそろ最近の私達の動きに感づかれ始めている節があるのだが、まさかそれが百年の時を超えた大掛かりな事だとは到底思うまい。
「じゃあ最初にサイキちゃんね。相変わらず素行良し、勉強も中々出来るし、社会性も問題なし。今回のテストだけど、国語に関してはクラスで四位の好成績。点数はテストが帰ってきてからのお楽しみだけど、本当に満遍なく隙のない子だよね」
「しかも戦闘では一番強いと来たもんだ。本当に弱点と言える弱点がないもんな」
「ところがね! 昨日友達の相良に剣道対決で負けたんだよ。再戦した時なんか翼出したり凄い動きしたのに負けたの!」
「昨日って、一言も聞いてないぞ? ってか本気出しても負けたってか!」
サイキは、それはそれは顔を真っ赤にして恥ずかしそうだ。
「そうかそうか。はっはっはっ、いい薬になったな」
「次は勝つんだもん!」
「でもああいうのって実力がものを言うからね。すぐ再戦しても相良には勝てないよ」
孝子先生もよく分かっていらっしゃる。
「修行あるのみだな」
うつむき小さく頷くサイキ。どうやら本気を出しても勝てなかった事が、相当ショックだったようだな。
「次にナオちゃん。一言。百点満点」
「おーさすがだな」
どうだと言わんばかりの自慢顔だ。ならばその表情を崩してやろう。
「しかし弱点はあるぞ」
「え? 何?」「あー言わないで!」
「りょう……」「あーあー聞こえなーい聞こえなーい」
無理矢理に会話に割り込んでくる。
「お前は子供か!」
思わず笑ってしまう。
「あっははは。なーるほどねー。でも家庭科の小テストでは満点だったよね? それなのに何で?」
「テストでは計れないものがあるんだよ」
「だからあれは調理機器の問題だって! 絶対次は上手く作るって!」
「そう言って世界を崩壊させる異物を生み出されでもしたら、たまったものじゃないからなあ」
「そ、そこまで酷い訳ないでしょ!」
怒られた。そうだな、今度目玉焼きでも試してみるか。世界の終焉は近い。
「最後にリタちゃんだけど……相変わらず癖が強いねえ。とりあえず人心の掌握については特筆すべき才能を持っているよね。でも国語と英語の点数は残念。今回のも項目は全て埋めてあるから勉強したんだっていうのは分かるんだけれども、三人中ぶっちぎりの最下位」
がっくりと肩を落とし下を向くリタ。
「あはは、やっぱりな。勉強速度が目に見えて違うんだよ。数学は物凄い勢いではかどるんだが、国語や英語になると途端に遅くなる。教科書を見なくても何を勉強しているのか分かるくらいだ」
「私としては担当教科だから頑張ってもらいたい所なんだけれど。何でここまで苦手にしてるんだろうね」
目を背けるリタ。
「本人にもよく分かってないって所かな。まあ技術者だから数学が強いのは分かるが。ちなみに平均以上か? 以下か?」
「今回はジャスト平均。悪いって訳ではないんだけど、やっぱりもっと頑張ってほしい所。せめてあと十点取れればねー」
「……遠い十点です」
「仕方ない、ナオにみっちりしごいてもらうか。それで成績上がらなかったらナオの料理を食べさせると。完璧な計画だ」
「やめて!」
三人見事に声を揃えて否定されてしまった。それぞれ内包した意味は違うだろう。サイキはナオに料理をさせる事を、ナオはその話自体を、リタはこの罰ゲームを、だな。
「基本五教科ではこんなものだけど、私的に三人共通して気になる所があってね。それが、ちゃんと勉強が身になっているかっていう事」
「うん? どういう事だ?」
「ただ単語を記憶しただけで終わって、それを生かす事が出来るかっていう事。最終的には三人は帰っちゃう訳じゃない? そうしたらこっちで勉強した事の大半は無駄になる。彼女達の世界で、私達の世界の歴史なんて価値がないだろうから。そういう考えでいるんじゃないかっていう事」
なるほど。これには三人は何も返す術を持たないな。そしてやはり三人揃って押し黙ってしまった。
「大丈夫、そのうちまた帰ってくればいいんだからな。そのための長月荘だ」
「あそこには”行く”んじゃなくて”帰る”んだものね。元住人になっても、やっぱり長月荘は我が家なんだよね。聞けば皆そう言うはずだよ」
嬉しい事を言うじゃないか。やはり長月荘を再開して良かった。最近特にそう思う。そのきっかけをくれたサイキには感謝しかないな。
「それから五教科以外、体育音楽家庭科美術なんだけど」
「ああそっちは全く分からないからなあ。音楽センスなんてあるのかないのかさっぱりだ」
「まあ、まずは体育から。さすがと言うべきかな、皆かなりの好成績。相変わらずナオちゃんが突出して良くてリタちゃんは必要以上には動かないっていうね」
「リタはそういう性格だからそうそう変わらないだろうな」
「効率重視と言ってほしいです」
若干ご機嫌斜めのようだ。
「音楽はサイキちゃんが高評価。ここで初めてナオちゃんが抜かれる事になる」
「私満点逃したの?」
「この四教科は単純な点数じゃないからね。満点取れる生徒なんてそうそういないよ。音楽なんて、それこそ音大志望位じゃないとね」
少し気落ちしているナオ。どれほど全教科満点に固執しているのかが分かるな、
「五教科満点だけでもかなり凄い事なんだからな。あまり多くを見ると失敗するぞ」
「そうね、分かりました。ならば五教科満点で手を打ちます」
なんとなくイラっと来たが、まあここは置いておこう。
「それよりもサイキが高評価なのか。リズム感あるんだな」
「実技で点数が高いみたい。合計したらナオちゃんと殆ど点数変わらないけどね」
戦闘においてのリズム感もいいのかな?
「家庭科は三人とも高得点。でも実習になったらどうなるかなあ。魔物を生み出す人がいなければいいけど」
「先生までそれ言わないでよ」
「あはは。じゃあ自分としては本当の所、どう思ってるの?」
「ちゃんと作ってるつもりですよ。当たり前じゃない。でも、部隊で私だけ料理当番外されるし、包丁には近付く事すら禁止されていたし、サイキとの初日でのあれは……全部調理機器が悪いのよ!」
「うわあ……」
全員見事に引く。
「うわあって、そんなに引かないでよ! 私だって料理の出来るお嫁さんになりたいの!!」
「……お嫁さんねー」
「あっ……」
何か物凄い本音が飛び出したな。途端に顔が真っ赤になっていくナオ。なるほど可愛い夢をお持ちのようで。
咳払いを一つして、話を続ける孝子先生。
「えーっと、最後に美術だけど、ここで順位が大きく変動します。最下位ナオちゃん。料理センスだけじゃなくて美術的センスも無いみたいね」
「傷口に塩をこれでもかと塗り回してるな」
「あはは。そうねー戦闘センスに特化していると言い換えるべきだったかも」
「いいわよ、もう」
あららナオさんったらスネちゃいました。
「でー、その次がサイキちゃん。ほんっとうに何をやらせても優秀」
「という事は三人の中での最上位はリタか」
「三人の中というか、クラスで一位の評価。学年でも見ても三本の指に入る評価ね。造形に関しては本当に強い。何かを作るっていう事に昔から携わってきたっていうのもあるんだろうけど、才能かな」
眩しいほどの満面の笑顔のリタ。まるで後光が差しているかのようだ。
「そして、私的にこの中で一番の問題はサイキちゃんね」
「えっ、先生どうして? わたし点数悪くないよ?」
「言ってみれば、突出した特徴が無いんだよね。それが悪いっていう訳ではないけれど、あんた達三人の境遇から考えると、それ自体が弱点になる可能性があるっていう事。相良にも言われていたでしょ? 動きが読み易いって。それって相手に動きを学習されたら太刀打ち出来なくなるっていう事でしょ? 今回の相良がもし侵略者だったらどうする? そういう事」
孝子先生の話の意味を理解し、小さく肩を落とすサイキ。最早一番強いという自信はどこかに消え去っているな。
「……あの、相良さんの剣道場で一から学び直したい。日曜日だけでもいいから、お願いします」
佐伯家の血脈は長い時間をかけて回帰するか。その事をサイキが聞いたらどんな顔をするだろうな……。
「ああ、カフェには俺から話を通しておくよ。しっかり強くなれよ」
「はい」
こうして三者面談は終了。
「ああ工藤さん、この後予定ないならちょっと待っててもらえますか?」
「うん? どうした?」
「たまには晩御飯に誘って下さい」
「ああそういう事か。いいぞ、今日はもう予定は入ってないからな」
「やった。晩飯代が浮いたあー!」
「はっはっはっ、それが本音か」
三人とはその場で解散。私は教室で待たせてもらう。窓の外を覗くと三人が歩いていくのが見えた。
「お待たせしました。さ、長月荘に帰りましょうか」
という事で今日は孝子先生を交えた四人での晩飯になりそうだ。ん? 青柳を呼ぶという手もあるな。どうしてやろうか。




