奔走戦闘編 15
翌朝、物凄く眠そうな顔をして彼女達が降りてきた。結局お泊り会で彼女達がちゃんと寝たのは真夜中二時を回った頃だそうな。
「これで点数が下がったら親御さんに示しが付かないな」
「大丈夫大丈夫ー、ここから撒き返すんだからー」
凄く不安である。中山が言うので余計に不安である。
朝食はカレーの残りと、野菜サラダを注文。
「昨日一条君に言われて野菜買っておいてよかったあ」
気が利く男子はモテる。芦屋家長男が好例だ。一条も実はモテているのかもしれないな。私の見た感じでは、男子は一条が、女子は木村がモテるのではないだろうか。魅力という点では泉さんがぶっちぎりだが。……何処の魅力がなのかは秘密だ。
朝食を終え改めて勉強を再会した七人。私は足の調子も戻ってきたので皿洗いをする。サイキが手伝いに来る事を見越して、先に突っ撥ねておいた。実はそこには巧妙な作戦が仕掛けられており、皿洗いで時間を潰して彼女達の警戒感をなくし、キッチンから勉強の様子を覗こうというのだ。
私の計画通り、七人は私に見られている事に気付いていない。勉強の様子を見ていくと、ナオは全員に教えつつ自分も勉強を進めるという器用な事をやってのけている。リタは特に数学には強いようで、話の教科が切り替わった途端に速度が上がる。サイキは満遍なくという感じだな。
一方の友達四人は、相良はあまり勉強が出来ない子なのか、頭を抱えながらどうにか頑張っている。木村は結構すいすいと解いている。中山はそもそも勉強に集中していない。泉はリタとイチャイチャしている。羨ましい。
十時頃、男子二名が来た。「最後まで付き合います」だそうな。
「そういえば今日のカフェはどうしてあるんだ?」
「普段通りお昼の二時からです。その時に解散だね」
「私もカフェでお茶したいー」
「お手伝いに行ってるのよ。お茶してる訳じゃないわ」
本当に中山は反応が早いな。そしてそのどれもがゆるい。
「そういえばカフェにテレビの取材来たらどうするんだ?」
最上からの質問。そして三人が順序良く答える。
「逃げるよ」「逃げるわね」「逃げるです」
「全会一致で逃げるのか」
大きな笑いが起こるが、実際にはそうそう笑っていられない状況になるだろうな。まあ私の中ではまだ余裕があるのだが。
「工藤さんも参加する? 男子の見てあげれば?」
おっと私に振られるとは思っていなかった。
「いやあ、もう四十年以上前の知識だからな。……一応教科書見せて」
一条の教科書を確認。あ、駄目だこりゃ。私の脳味噌に蓄積されているはずの知識はすっかり錆び付いているなあ。
「無理だな。そもそも俺優秀じゃなかったからなあ。でもな、だからこそ勉強の必要性を身をもって実感したんだぞ」
「えー何かあったんですかー?」
「結婚三ヶ月目で勤めていた会社が倒産したんだよ。もう少し勉強していれば良い会社に入っていただろうになあ」
「俺勉強しよっ!」
一条が大袈裟に机に向かう。可愛いもんだ。
「はっはっはっ。まあでもそのおかげで長月荘を始める事になったんだけどな。何が何処に繋がっているかなんてのは、実際にその時が来ないと分からないものだよ。皆だってこの繋がりが後々意味を持ってくるかもしれないからな」
「工藤さん……」
「うん?」
「自分の不勉強を良い話に摩り替えるのは駄目よ?」
「ナオ酷いっ!」
そしてまた笑いが起こる。おかげでしんみりし過ぎずに済んだ。これも計算の内なのだろうか? いやまさか……あの顔は狙ったな。なんていう奴だ。
お昼はネタ切れなので焼きそばでも作ろうかな。ちょっと足に力を入れてみるとやはりまだ痛みが走る。これ以上は無理はせずに子供達に任せよう。早速サイキが台所に立つ。
「ねーナオちゃんと私とで何か作ろうよー」
「それだけはやめてーー!!」
料理中にもかかわらず思いっきりサイキが止めに飛んでくる。それだけで全員察する。
「ナオさんの弱点、料理なんですね」
「や、やろうと思えば出来るはずよ! だって分量通りに作ったのよ!? あれは絶対に調理機器が悪かったの!」
「本当にどれだけ壊滅的な腕なんだお前……」
思わず可哀想なものを見る目で見てしまう。するとサイキが、冗談ではあろうが、とても深刻そうな声を出した。
「思い出したくもない惨劇でした」
「ちょっとサイキ、それは言い過ぎじゃない?」
これにはさすがのナオさんも怒り気味である。
「自覚がないのが一番怖いって。本当に絶対に世界が壊滅しても料理しちゃ駄目!」
「ここまで言われるって……最早ある意味才能だな」
すっかりふくれっ面になるナオ。それを横から突っつく中山と木村の両名。何だこの平和な光景。
午後二時前になり、お泊り会及び勉強会は解散となる。各々良い笑顔である。
「またやりたいねー。毎週やろうかー」
「あい子ったら、さすがにそれは無理でしょ」
「来るだけならばいつでも来ても良いわよ。雨の日は勘弁だけどね」
ナオ達の三人は中山が回しているな。そしてそのおかげでナオの意外な一面も見られた。私にとってもそれは収穫だった。
「私もまた来ていいかな?」
「いつでも歓迎です」
リタと泉の二人は最早切っても切れないほどの絆で結ばれているな。両者とも口数は少ないが、それ以上に表情が雄弁に語っている。
「んじゃ今度あたしの家おいでよ。剣道場もあるから稽古付けたげる」
「そうだなー俺らの家にもたまには呼びたいよなー」
「うん、皆の家にも行ってみたいなあ……。でもまずはやる事をやらないと」
サイキは今回の事で改めて強く意志を固めたようだ。唯一無理だけはしないでほしいものだが。
さて、一人だけまだ発言を残している。最上だ。私は少し期待している。この格好つけたがりの若造がやらかしてくれるのをだ。
「あ、あの……」
これは来るか? 否が応にも期待感が高まる。全員の視線も最上に集まる。皆考えている事は同じだな。
「サイキさん、改めて、付き合ってください! お願いします!」
頭を下げ、手を差し出す最上。全員の視線がサイキに向かう。さあどう出る!
「……えーっと……ごめんなさい!」
ああ残念っ! 紅鯨は去っていった。
「今は侵略者を相手にする事で一杯で、そういう事を考えられません。でも好意は本当に嬉しい。ごめんなさい」
「……あーやっぱりかー。俺もそう来るんじゃないかと思ってたから。うん、俺こそ変な事言い出してごめん」
そう笑う最上だが、やはり目は潤んでいる。本気だったのだな。
「若いっていいなあ」
思わず声に出てしまう。
「そうですね。若いんだからまだチャンスありますもんね」
この前向きさは賞賛に値するな。頑張れ若人。
その後は無事解散。自宅が商店街方面の泉は三人と一緒に、他はそれぞれ固まって帰っていった。彼女達九人にとっても大きな収穫だっただろう今回のお泊り会は、私にとっても大きな収穫であった。特に相良とサイキとの事は最大の収穫だ。私の足が治り次第、最後の一手を打つ。




