奔走戦闘編 14
「ただいまー」
「おかえりー。やっぱり十人分だと量が多いな」
帰ってきた八人の、特に男子二名の両手には一杯の買い物袋がぶら下がっている。
「ひえー重かったー」
「おつかれさん。サイキ飲み物入れてやれ」
すると頬を膨らませながらサイキが私の所へ。
「工藤さん! 作った事のない料理を作らせようとするなんて反則です!」
「え? どういう事?」
「工藤さん、私達にカレー作らせる気でいたでしょ? でも私達カレーって食べた事ないんだけど。長月荘に来てから一回も食べた事ないわよ?」
ナオがサイキの怒りの理由を説明してくれた。
「そうだっけ? そりゃー悪い事をしたな。いやーごめんごめん」
平謝りの私に頬を膨らませたままのサイキは目を合わせてくれない。こりゃー本当に怒らせてしまったようだ。
「あー、結局カレーになったんだ。あたしカレーなら作る自信あるよ」
相良が協力を買って出た。ここは一つ、サイキ・相良・最上の三人に任せるとしよう。
仕込みも終わり、いい匂いが漂い始めた頃、青柳がやってきた。
「お、来たな。これで遂に長月荘の最大人数記録を更新だ」
「何ですかそれ。ああ、先に自己紹介をしますね。私は警察の者で青柳と言います。三人のお目付け役といった所です」
子供達は各々頭を下げる。警察と聞いてか、はたまた青柳の鋭い眼光を感じてか、六人の子供達には緊張感が走る。
「さて、飯の前に先に戦果報告頼むわ」
「そうですね。それでは今回の戦闘での人的被害から。死者及び重体はゼロ。重傷者一名、軽傷者五名。三体同時、しかも大型が二体いるという状況にもかかわらず、ここまで被害を抑えられたのは評価に値しますね」
青柳の報告に笑顔になる子供達。実際かなり被害が抑えられており、敵の数から考えても今まででも上位に入る高評価だろう。
「物的被害ですが、こちらは道路一杯に大型が詰まった事もありまして、結構ガラスや車に被害が出ていますね。……一億円ほどでしょうか」
その被害額に今度は青くなる子供達。
「冗談ですよ? そこまで高額な請求にはなりませんよ」
「青柳も意地が悪いな。ははは」
どうにか場を和ませようと頑張る大人二人だが、あまり効果は無かったようだ。
「本当に冗談ですよ?」
さて晩御飯、サイキ・相良・最上の三人合作カレーライスの登場である。
「おお見た目も香りもいい感じだ。やるなあお前達」
「褒めるのは食べてからにして下さい。さあどうぞ」
一丁前に格好をつけたがる最上の一言で皆食事を開始。
「いただきまーす」
「うん、美味しい。普通に美味しいな。……市販のルウに何か混ぜたか? 少しスパイスの香りが強い気がするんだが」
「あ、分かりますか? キッチンにあったスパイスをちょっとだけ追加しました」
聞くと、最上が最終的に調味したとの事、この舌があれば俺と張り合えるぞ。一層サイキと似合いそうな気がしてくる。ただし格好つけたがりな点は直さないと許さん。
カレーを初めて食べる三人は恐る恐るという感じだが、一口食べると止まらなくなっている。別世界の住人にも日本のカレーライスは受け入れられる事が証明されたな。
「鍋の中身、後どれくらい残ってる? 明日の朝の分がないなら、何か追加で考えないといけないが」
「うーん、充分あるよ。おかわりも三回くらい出来るかな。どっちかと言うと作り過ぎちゃったかな」
それを聞いておかわりを申し出る青柳。張り合って一条もおかわり。その光景に笑いが起こる。何ともほのぼのとした、スパイスの香りに包まれた家族団らんだ。
食後、男子二人は青柳の車に乗せてもらい帰宅する。
「うおー覆面パトカー乗れるよーすげー」
「サイレン鳴らせるの?」
年相応にはしゃぐ男子二人。そうだな、そういう普通の反応がとても嬉しい。
「緊急走行以外で鳴らすのは駄目です」
色々な所に興味津々で青柳も困り気味。やっぱり男子たるものこうでなければな。
それじゃあお邪魔しました。また今度遊びに来ます」「その時はよろしくでーす」
三人を見送るとようやく落ち着いて勉強が出来るようになる。が、その前に。
「納戸に布団があるから寝る前に各自調達する事。ちょっとカビ臭いかもしれんが、我慢して使ってくれよ。何なら一つの布団を分け合ってもいいぞ、なんてな」
「えー七人で一つの布団?」「私ナオちゃん枕にするー」「何でよ」
等など。軽く笑いを取った所で私は自室へ。納戸の布団と言ってもずっと放置している訳ではなく、春と秋の二回必ず干しているので、それほど臭う事はないだろう。
自室に戻りSNSを確認。
実は既に、百年前の神隠しに遭った三人の血縁者は見つけている。しかもそのうちの一人は今この長月荘の中にいる。彼女からそれを切り出された時には、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。そして快く協力を承諾してもらった。相変わらず何という巡り合わせか、何という長月荘の”縁”か。
――時間を遡る事三時間ほど前。
八人が商店街まで買出しに出かけた頃だ。
「相良さんって言ったっけ。何でついて行かなかったんだい?」
「……実は工藤さんに話があります」
神妙そうな顔でこちらを見つめてくる。私が何かしでかしたのだろうかと勘繰っていると、本題へと移る。
「工藤さん、今菊山市の剣道場で誰か探していませんか?」
「え!? ええっと……」
驚き躊躇してしまう。何故この子がそれを知っているのだ?
「昨日うちの剣道場に電話がありました。とある人物の血縁者を探しているって。私のひいひい爺さんのお姉さん、佐伯トミって言います」
まさかこんな所に該当者が居ようとは、露とも思わなかった。
「……そこまで言ったのならば知ってもらうべきか」
私は一つ深く息を吐き、事のあらましを全て聞かせる。
「つまりあたしがサイキの親戚だっていう事ですか? 荒唐無稽過ぎる」
「まあな。だからこそDNA鑑定で白黒はっきり付けようとしているんだよ。今は俺の足がこの状態だから動けないけれど、治ったら他の二人の血縁者も見つけ出す」
相良は目線を外さず、じっと私の目を見てくる。
「……分かりました。あたしだって、本当にそうだったら嬉しいもの。協力します」
「ありがとう」
深々と頭を下げる私。
「それから、この事は三人には内緒にしておいて欲しい。もし違った時、相当落胆するだろうからな」
「はい。分かりました。……でも考えた事もなかったなあ」
そう言う彼女は少し嬉しそうだった。
――時間を戻そう。
夜九時前。風呂に入るかと尋ねると全員入りたいとの事。そのための着替えだものな。
「先に見てみたいな」
「ここのお風呂は大きいよ。三人入れるかな」
長月荘の風呂は敷地面積の関係で広くしてある。中学生三人ならば入れるな。各々に班に分かれて入るようだ。
「工藤さんは入りますか?」
「いや、俺は今日は入らないよ。最後にジジイが入るのも後味悪いだろ」
「あはは。うちは最後にお父さんが入るから、私は気にしませんよ」
「えーお父さんは一番風呂だよー」
「私はお母さんと一緒に入ってます。おかしい、かな?」
「あたしシャワー派なんだよねー」
各家庭にも特色が出ているな。
また一旦自室へと戻る。一応自室から音が聞こえないものかと耳を澄ませてみるが、全く分からん。もっと壁を薄くするべきだったか。
夜の十二時を回った。未だに居間ではキャッキャウフフと声が響いている。
「お前達、明日が休みだからって夜更かしするんじゃないぞ。頃合を見てちゃんと寝る事。あと戸締りよろしくな」
「はーい」
息の合った七人の女の子の可愛い声。
後は何事もないだろう。ジジイは一人寂しく就寝しよう。




